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学園の氷の姫と現場の中卒

【大和視点】

「……マジかよ。同じ日本に、こんな世界が本当にあんのかよ」

重厚な正門をくぐった瞬間、そこが俺の住む世界とはまるで違う『遠い場所』だと分かった。私立紫苑(しおん)学園。大理石の敷き詰められたアプローチや宮殿のような白亜の校舎すべてが、中卒で泥にまみれて4年働く俺に、目に見えない圧倒的な格差の壁を突きつけてくる。すれ違う生徒たちが避けるように冷ややかな視線を向けてくるが、俺の心は動かない。そんな目線には、この4年間でとっくに慣れっこだった。「……はぁ」と小さくため息をついて重い足場板を担ぎ直し、日に焼けた左耳のルビーのピアスに触れた。これは、俺に残された宝物だった。


【六花視点】

休み時間が終わり、大勢の生徒が教室へ向かう中、私は一人、心を閉ざして歩いていた。小学3年生の時に両親を事故で亡くし、伯父の家に引き取られて以来、私の心はずっと凍りついたままだ。入学当初は男子生徒から何度も告白され、女子生徒たちも近寄ってきたけれど、私があまりに冷めていて素っ気ない態度を崩さなかったため、いつしか周囲から『氷の姫』と噂されるようになっていた。唯一の心の支えは、右耳でかすかに揺れる『紅いピアス』

高校生になった春、私はお母さんの形見であるルビーのピアスを初めて耳に飾った。それを見咎めた伯父は、氷のように冷たい視線を私に叩きつけた。「その右耳に付いておる軽薄な装飾品を外せ。それは雑鳥が男に媚びる為に己を売ろうとする為に付ける浅ましき物!白鳥が着飾るか?東雲の家に相応しくない、佇まいは許さん」威圧感に足が震えそうになるのを堪え、私は冷たく澄んだ声で言い訳を返した。「伯父様の指示する教育も、用意される未来も、すべて受け入れます。東雲の完璧な淑女として、これからの言いつけには何一つ逆らいません。ですが、これだけは身につける事をお許し下さい。雑鳥に騙された愚かな白鳥が私に授けたただひとつの忘れ形見ですので…。人前では髪で覆い隠します。誰の目にも触れさせないと約束いたします」私のただならぬ拒絶と、引き換えに提示した絶対の服従を前に、鳳玄はフンと鼻で笑い、「勝手にしろ。ただし一族の恥を晒すな」と言い放ち、背を向けた。

 大丈夫、このくらい何でもない。このピアスは大和くんとの絆の証だ。自分に言い聞かせながらガラス張りの渡り廊下を進む途中、女子生徒たちの噂話が何気なく耳に入った。「ねえ、あちらのグレーの髪の職人方をご覧になって? 耳元にピアスをなさっていて、何だかとてもお格好よろしくてよ」本当に、ただなんとなく窓の外を見た。日陰の資材置き場で、一人の青年が壁に背を預けてタバコを吸っている。その左耳で、きらりと光を反射した、小さなルビー。(嘘……大和、くん……!?)10年ぶりの衝撃に、私は我を忘れて階段を駆け下りた。


【大和視点】

「大和……くん……?」タバコを吸っていた俺の前に、息を切らせた真っ白な髪の美しい女の子が立っていた。なぜ俺の名前を、と固まる。誰もが憧れるような見事な佇まいのお嬢様だが、俺の記憶にはない。


 「あの、あんた……誰――」


【六花視点】

大和くんが完全に困惑しているのが分かった。私だと気づいてもらえていない。焦る胸を抑え、私は震える声で必死に言葉を絞り出した。

「あの……うち、北九州で……」


【大和視点】

その瞬間、キーンコーンカーンコーン――と非情な予鈴のチャイムが響き、「おい大和! 休憩終わりだ!足場、組むぞ!」と先輩の怒鳴り声が降ってきた。

「わりぃ、仕事戻らんと怒られるけ!」


【六花視点】

彼は背を向けて足場へと走り出した。私は涙をためたまま、ただその背中を見つめることしかできなかった。


(第1話・了)

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