城①
数えきれないほどの争いと大災厄が繰り返され、この星の可住面積は僅かなものとなっていた。科学技術や土木技術の多くが失われ、生き残った人類は細々と生存を続けているという状態だった。そのため、セントラル連合の船団が彼方からやって来て彼らの支配下にはいるようにと勧告してきたときにはこの星の中枢に抵抗するような力はまるでなく、ただ無条件にセントラル連合の管理下の辺境惑星の一つなる道を選ぶしかなかった。
今後の支配の方針を決めるためにこの星に入ったセントラル連合の調査団が下した結論は、ここから奪うべきものも滅ぼすべきものも何もなく倫理的にはむしろ保護すべき星という判断だった。この惑星の住人が飢えることがないよう、生態にあわせた栄養剤が配合され、定期的に必要物資とともにセントラル連合から輸送されてくるようになった。セントラル連合の辺境総督はこの小さな星にまるで興味を示さず、結局、統治はこの星の者に任された。セントラル連合の支配下に入ったことで変わったことといえば、定期的な栄養カプセルや資材の配給があることで労働しなくても生存可能になったことくらい。そこから平穏な日々が長く続いた。
なぜか状況が変わり始めたのはぼくやユキムラが十代に差し掛かった頃だった。ぼくたちにも大人たちの不安げな会話や言葉が耳に入るようになっていた。辺境総督の代理という形でこの星を統治していた長官が次々と公布する方針はいつの間にか過激なものとなっていき、反発の声が高まっていた。いずれ大きな騒乱が起きそうな気配が漂い、反長官派、クーデターなどという物騒な言葉をぼくは幾度も漏れ聞いた。
ところが反発はいつしか沈静化した。大人たちは突然黙り込むようになった。あれほど怒っていた彼らは急に静かになり表情から生気が消えていくのが手に取るように感じられた。その沈黙は伝染病のように静かに確実に広がっていき、新たな規則が生活にどんな変化をもたらすものであろうと怒りの声を聞くことはなくなっていた。
その過程で人が少しずつ消えていった。連行や暗殺、急死の噂がひそひそと囁かれた。それすら声高には語られず、大人たちの表情や口調から、何かとてもよくないことが起こっているのだと察するだけだった。
人々の急死は「死の矢」によるものだと囁かれるようになった。けして公にではなく密やかに。家庭内ですら不必要な会話を禁じるとの規則が定められたことで、ぼくたちの世界は一変した。何が起きようとしているのかほとんど誰も把握できていないまま、学校などの集団で活動する場も次々と閉鎖され、学習はリモートとなりそしてそれすら禁じられていった。情報を入手する手段が失われ、学ぶことが禁じられ、家庭から書物を提出することや破棄することが義務づけられた。そして今までは黙認されていた支給の栄養剤以外の飲食も、栽培も生産も狩猟も採集も全て禁じられた。監視システムを使って規則違反をチェックすることが公表され、もはや誰も危険を犯そうとはしなくなった。いつキンっと音を立て「死の矢」が飛んでくるかと誰もが怯えていた。この流れは今思い出しても驚くほど、あっという間の出来事だった。急にぼくたちの日常や家族とのごく普通の暮らしが、決して戻ることのない過去に変えられてしまい、それを嘆くことすら危険だった。
それまではぼくたちには家族がいて普通に暮らしていた。家族もいたし友も何人かはいた。でも、その頃から急に、政府はぼくたちの絆を恐れるかのように、関係性を断つことに躍起になり始めた。ぼくたちはバラバラにされた。家族や友だちと暮らすことも過ごすこともなくなり、それぞれが政府に居住エリアをあてがわれ移動させられた。今まで住んでいたエリアからはみなバラバラにされた上、立ち退きを余儀なくされごく狭い範囲の居住エリアに移されたのだ。住んでいた家や地域がどうなっているかを見ることもない。居住エリアと職務エリア以外に立ち入ることは禁止されているからだ。ぼくは親友のユキムラとも家族とも引き離されそこから一人で生きることになった。それ以降、父や母がどこでどうしているのか未だにぼくは知らない。年齢を考えたら、彼らはもう生きていない可能性もあるだろう。
それからは指示された単純な仕事を繰り返す毎日だった。ぼくはドームと呼ばれる工場で縫製作業をしたり、浄水場の管理業務についたりした。そんなある日、ぼくに転機が訪れた。ラオ爺の助手をするようにという指示がきたのだ。それは、居住エリアに住むようになってから10年後のことだった。




