#21 二人の始まりの日
「あっ、そこに居るのは染井君だね? お早う」
再び後ろから掛けられる挨拶に、思わず振り返る。
「え~っと……豊原君、だよね? お、お早う……」
豊原伯雅、織辺利恩、徳永七香、徳永晴蘭の四人組だ。
昨日の記念撮影といい、一緒に登校するほど仲が良いようだ。
「……ん? そっちの彼女は……もしかして……」
「はい、クラスメイトの吉野仁香です」
確かめるようにまじまじと顔を見る織辺君に向けて、吉野さんがにっこりと名乗る。
最も接していた僕でさえ一瞬誰か分からなかったのだから、その他の者なら猶更だろう。
「えっ? 昨日とは随分見た目が変わってるけど、どうしたの?」
「思い切ってイメチェンしました。俗に言う高校デビューです」
徳永七香の問いにも、吉野さんは堂々とした笑みで応じる。
「春は出会いと別れの季節。過去の自分にさよならするには、良い頃合いだとは思いませんか?」
「出会い、ねぇ~。それってそこの彼とのこと?」
七香の従姉妹、晴蘭が口をニヤニヤとさせながら、僕のことを顎で示す。
「で? 昨日のアレは何だったの?」
「昨日……? ──ああッ……!!」
ここで、僕は極めて重大な事実に気付いた。
あの後、僕もループの原因だという吉野さんの話や、ループが終わったことへの解放感や高揚感など色々あって、ものの見事に失念していた。
「本気で運命だと思う、だっけ? 妙にロマンチックな言葉を使っていたね。お揃いで」
「確かに言ってたな。ウケ狙いのエイプリル・フールネタ、とかだったのか?」
「それとも、やっぱり愛の告白だったりするの? ねえどうなの? ねえ?」
「え、ええっ……こ、告白……!?」
エイプリル・ループが終わったということは、前回──否、昨日4月1日に発したあの爆弾発言は虚構にならなかった。
目の前に居る豊原君、織辺君、徳永従姉妹──更にはあの場に居た全員の記憶からも消えないまま、事実として今日4月2日へと引き継がれているのだ。
う……うわああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!
と、心の中で羞恥心という名の火山が大噴火、悶えるような絶叫が精神世界を揺るがした。
全身が燃えるように熱く、今なら顔面でベーコンエッグが焼けてしまいそうだ。
「え、ええ~っと……あれは……その……吉野さん、どうしよう……?」
クラスメイトたちに詰め寄られ、どう答えたらいいものかと隣の彼女に助けを認めると、
「どうやら私たちは、見事にカップル認定されてしまったようですね」
困るどころか、むしろこの状況を楽しむかのようにクスクスと笑っていた。
「笑ってる場合? 他人事じゃないんだよ?」
「忘れたんですか? 先に言ったのは染井君ですよ?」
「うっ……それは……仰る通りです」
そう言われては認めるしか無かった。
「で? 二人はどういう関係なの? 実は昔からの知り合いだった、とか?」
「特別な関係です」
好奇心という火の中へ、吉野さんはあろうことかバケツ一杯の油を投じてしまった。
それも、満開の桜の如き笑みを崩さず。
「ト、トクベツ……! もうちょっと具体的に教えてくれる?」
「それは……とても言葉では表せない関係です」
「コトバにできないッ……!? えっ、えっ? もっと詳しく教えて頂戴!」
「すみません。後はご想像にお任せします」
「ちょっとちょっと、昨日言ってたじゃない、明日話すって。今がその『明日』なんだけど?」
正直に話した所で信じて貰えるようなものではないのだが──何故だろう、吉野さんの言い方のせいで著しい誤解が生じている気がしてならない。
「そう急かしてやるなって。教室でじっくり聞けばいいだろ」
織辺君は特に興味が無いらしく、他の面々に先に教室へ向かうように促してくれた。
「面白そうな人たちですね」
クスクスと笑む彼女に、僕は呆れながらも釣られて笑みを零し、
「……本当に変わったね。初めて会った時はこの校門の先にも進めないほどオドオドビクビクしてたのに……まるで嘘みたいだ」
「今日は4月2日です。エイプリル・フールは昨日ですよ?」
紛れも無く、目の前に居るのは吉野さん。
別人などでは断じてない。
「それとも……染井君は、今の私は嫌いですか?」
一歩。
詰め寄った吉野さんが、可愛らしく小首を傾げる。
「まさか。嫌いじゃないよ」
「嫌いではない、ということは? つまりどういうことですか?」
更に一歩。
互いの顔が近付く。
「だから、その………………──、です……」
刹那、強めの風が辺りを撫でた。
桜の枝が音を立て、サワサワと心地良い音色を奏でる。
舞い散った花弁は、まるで結婚式のライスシャワーだ。
「……今、何と言ってくれたんですか? 風のせいでよく聞き取れませんでした」
「え、え~っと……それは……」
季節は春の盛りだというのに、真夏の猛暑日の如き熱が僕の中で湧き上がる。
二度もあんな言葉を口にしたら、いよいよ顔面が物理的に大炎上してしまいそうだ。
「ほら、お二人さん。いつまでも青春してないで、早く教室に向かったら? みんな昨日の件の説明を待ってるわよ」
晴蘭の呼び掛けで、この会話は一旦終わり。
そう言えば、クラスメイトたちにどう説明したらいいものか、全く考えていなかった。
「ですね。そろそろ行きましょう、春一君」
「う、うん。……あれ?」
頷き、しかしそこで違和感に気付く。
「吉野さん、今……」
数歩進んで立ち止まった彼女が、振り返ってフフッと微笑む。
「何か……おかしなことでもありましたか?」
「──いいや。何でもないよ、仁香さん」
僕らは並んで校門を潜る。
隣り合った手に、幸せの温もりを感じながら。
今日は4月2日。
長くて短い嘘が散り、真実が咲き始める春の日だ。
──Fin──




