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エボシオリ  作者: 緑兵 鍊
3章

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44節 アジト

 退院から翌日。

 俺は今、大学の地下に来ている。

 何やら月ヶ瀬から話があるらしく、資料室に来て欲しいと昨日の夜に電話が来た。


 相変わらず不気味な雰囲気を漂わせている廊下を慣れた足取りで抜け、資料室という名の物置部屋の扉を開ける。


「何してんだ…?月ヶ瀬。」


 暗闇の中で、金色の光がゆらゆらと揺れている。


 その中心に、月ヶ瀬がいた。

 神器を解放したまま、電気もつけずに机に腰掛けている。


 壁に取り付けられているスイッチを押し、部屋を明るくする。


「ああ……長助……!」


 光が満たされた状態で見る月ヶ瀬は少しだけ元気がない。


「話があるって言ってたけど、どうした?

 電話じゃダメだったのか?」


「大事な話だから直接言わないとって思って…。」


「大事な話……?」


 小さく頷く月ヶ瀬。

 その緊張が伝わってきて、俺も無意識に表情を固くする。


「うん…長助の暗殺任務のことなんだけど……。」


「…!」


 暗殺任務。

 内容は、『熊坂の秘蔵』という神器の保管庫を受け継ぐ俺を始末しろというもの。

 実際には、俺は相続を放棄しているのでそんなものは全く知らないのだが。


 月ヶ瀬は俺を殺すために送られた刺客で、暗殺部隊の一人だというのは記憶に新しい。


「昨日、幻神隊に帰って任務の報告をしたんだ。

 その時に、任務を取り下げて貰おうといろいろ掛け合ってみたんだけど……。」


 言いづらそうに目を伏せながら話す月ヶ瀬。


「その様子だとダメだったんだな?」


「うん……ごめん…。」


 だとしたら、一つ気になることがある。


「連中、なんで島で俺を始末しなかったんだ?」


「え?」


「神津島で戦闘部隊に見逃されたんだ。

 暗殺対象なら見逃すはずないだろ?」


 月ヶ瀬は一瞬だけ目を見開き、すぐに答えた。


「知らなかったんだよ。

 暗殺任務は極秘扱いだから、ターゲットは上層部と任務を受ける暗殺部隊しか知らないんだ。」


「へぇ…味方にも秘密なのか。」


「政府にとって都合の悪い相手を消すために作られた部隊だからね…。

 一般の隊員は、暗殺部隊がある事自体知らないと思うよ。」


(隊員にも秘密の部隊……そういうのって本当にあるんだな…。)


 現実味のない話のはずなのに、不思議と納得してしまう自分がいる。


「とにかく——」


 月ヶ瀬が顔を上げた。


「これからは、別の暗殺部隊が長助を狙ってくるから気をつけて。」


 俺は黙って頷く。

 とはいえ、今の俺の戦闘力であの魔法成女レベルを相手にできるだろうか?


 加賀さんとの約束まで後二日。

 それまで何事も起こらなければいいが……。


「そ、それと……!」


 少し上ずった声。

 見ると、月ヶ瀬がまだ何か言いたそうに口をモゴモゴさせて視線を彷徨わせていた。


「どうした?」


 声をかけると自身無さそうに俯くが、少しして勢いよく顔を上げた。

 その目には、どこか覚悟めいたものが宿っていた。


「こ、これから先!何があっても……!長助はぼ、ぼくが守るよ!!」


「…………。」


 思わず言葉を失う。


「あ……ええと……ぼくなんかじゃ頼りないかもしれないけど……その……。」


 反応が無いことが不安だったのか、しどろもどろになり言葉を繕う月ヶ瀬。


「月ヶ瀬。」


 そんな勇敢な意気地なしに若干のいじらしさと敬意を評し、今の気持ちを素直に吐き出そうと思う。


「頼りにしてる!」


「……うんっ!」



 ―――



 二日後の朝。

 日課のトレーニングを終えた俺は、外出用の服に着替え、リビングへ降りる。


 リビングでは、母さんとタマが一足先に朝食を取っていた。


「美味しいでちゅか〜?タマちゃ〜ん?」


「ニャ〜。」


 山盛りになった魚のすり身をガツガツ食べ進めるタマと、それを蕩けた顔で眺める母さん。


 タマが来てからというもの、ウチの母の溺愛っぷりが酷い。

 食事はもちろん、遊び風呂トイレと身の回りの世話全てを率先して行っていた。


 まあ、体調不良で休んでいたのもあって暇だったのだろう。

 俺も学校があって昼の間は面倒を見れなかったのでとても助かっているが、今日からそうはいかない。


「母さん、今日から仕事だろ?電車遅れるぞ?」


「走れば間に合うからヘーキヘーキ!」


 子供みたいな言い訳を、平然と口にする母。

 体調が戻って何よりだが、これはちょっと…。


(元気過ぎるだろ……。)


「やれやれ…これじゃどっちが子供か分かったもんじゃない……。」


 俺は眉をひそめながら海鮮丼を頬張る。

 始めは美味しかった海鮮類も三日目ともなれば飽きが来る。


 しかし、それも今日の朝食で最後だ。

 冷蔵庫に詰まっていたお土産の魚は今食卓に出ている物で全てになる。

 そう考えればこれも特別美味しく…はならないが、達成感が感じられる。


「ごちそうさま。」


 空になったどんぶりとタマの皿を片付け、急いで家を飛び出す母さんの背中を見送る。


「……よし!

 それじゃあ俺達も行くか!」


「ニャ〜!」



 ―――



『白麓』


 長い電車旅を終え、温泉宿に到着した俺達は、前回と同じく富士の間に案内された。


 襖の前で中にいるであろう加賀さんに一声掛けると、どうぞと返答があり、ゆっくり襖を開く。


 だだっ広い部屋の中に見覚えのある白髪の老人。

 俺を見るなり、目を丸くして嬉しそうな笑顔で出迎える。


「……!

 また大きくなったなぁ!長助くん。」


「いやいや!前に会ってからまだ一ヶ月も経ってないですよ?」


「ハハハッ!

 逞しくなったって意味さ!

 さあさあ、座って座って!」


 加賀さんに促されるまま、座布団に正座する。


「今日は夜千代いないんですね?」


「ん?ああ、声は掛けたんだけども会う相手が君だと言ったら、『アイツなら大丈夫、行かない』ってね。」


「ふーん…。」


 その時の状況を思い出しているのか、苦笑しながら話す加賀さん。


「俺に会いたくなくて同行を拒否するとか、盲導犬失格っすね。」


「盲導犬?

 ……ああ、ハハハッ!そうだね!

 でも、そういう意味じゃないと思うよ?」


「…?」


 俺が理由を聞こうとする前に、リュックからガサゴソと音が聞こえ、タマが顔を出す。

 お昼寝から目覚めたらしい。


「おお!この子が例の神様かい?」


 例の神様。

 白羽命様のことを言っているのだろうが、タマは本物の白羽命様ではない。


「ん〜…ちょっと違うけど…はい、そうです。

 タマって名前です。」


「そうか〜タマちゃんっていうのか〜。

 おお〜よしよし〜〜可愛いね〜!」


 加賀さんに抱きかかえられてまんべんなく頭を撫でられる。

 寝起きだからか、目が開いていない。


「首輪に付いてるペンダント…これが神器だね?」


「あ、そうです。母さんが作ってくれて…。」


 左右に翼のように広がる、ややハート型っぽい白いペンダント。

 タマの大事なものだと言ったら、デザインして首輪に取り付けてくれた。


「原型は残したまま綺麗に装飾されている。

 これなら力を解放しても何の支障もない。

 流石は紡来ツムギさんだ。」


 加賀さんがペンダントに触れようとする。


「あ!加賀さん、ちょっと待って――」


 その瞬間――


「シャー!!」


 タマの目が大きく見開き、激しく威嚇する。

 俊敏な動きで、加賀さんの膝から降りて全身の毛を逆立てていた。


「おっと…!ごめんよ。

 もう触らないから許しておくれ。」


 両手を上に挙げて盗る気が無かったことを示す加賀さん。

 それが伝わったのか、タマはすぐに穏やかな顔に戻って俺の隣に伏せる。


「すいません…タマのやつ神器に触ろうとすると怒るんですよ。」


「いや、問題ないよ。

 誰だって自分の神器を触られたら嫌だからな。」


 そう言って加賀さんはおおらかに笑う。

 陽気な人ではあるが、こういう大人の余裕も持ち合わせている所が俺は好きだ。


「…さて、色々話したいことはあるけど、そろそろ本題に入ろうか。」


 加賀さんの声色が低くなり、一瞬にして真剣な空気に変わる。

 俺もその空気につられて顔が引き締まり、無言で頷く。


「まずは、遠路はるばるご苦労様。

 俺のお願いに応じてくれてありがとう。」


 深々としたお辞儀。

 慌てて俺も頭を下げる。


「そして、非常に申し訳ないんだが…。」


 言いにくそうに言葉を濁す加賀さん。

 まさかここまで来て神器は渡せないとでも言うのだろうか?

 俺は次の言葉をソワソワして待ち構える。


「皆が『君の事を見極めたい』と言っていてね。

 神器の受け渡しは別の場所で行ってもいいかい?」


「あ、はい、大丈夫です。

 ……皆?」


 その言葉の意味を俺はこの後すぐ知ることとなる。


「悪いね…。

 それじゃあ行こうか。」


 一拍置いて、加賀さんは言った。


「——盗賊団のアジトへ。」

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