Another 4 〜side 佐々木〜 ギャルと伝説
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視界を遮る霧が晴れた後の、あまりにも穏やかな木漏れ日。その中心で切り株に腰を下ろすゴブリン――もとい、自称・役小角は、まるで数百年分の積もる話を一気に吐き出すかのように、朗々と語り始めた。
『この姿は仮初の変装などではない。これこそが、ワシの世界における実際の姿よ。……遠い昔、確かにワシはこの足で、こちらの地を踏んだことがある。その折も、この姿であったな』
脳内に直接響く思念は、老練な賢者の重みと、どこか茶目っ気のある軽妙さが同居していた。佐々木は、その圧倒的な存在感に気圧されながらも、必死に「鉄の二尉」としてのポーカーフェイスを維持していた。だが、その内面はすでに大パニックである。
(ちょ、待って待って! ゴブリンが本人の姿ってことは、飛鳥時代の日本人はゴブリンを「役小角」として崇めてたってこと!? どんなダイバーシティだよ! マジで意味わかんないんですけど!)
小角は、佐々木の困惑など露知らず、あるいは楽しむように言葉を続ける。
『そもそも「鬼」と呼ばれ、お主たちの絵巻物に描かれてきた者たちの多くは、ワシの世界からこちらの世界へと渡ってきた異邦の徒よ。千年ほど前、二つの世界の境界は今よりもずっと曖昧でな。多少の魔力を扱い、理を知る者であれば、世界を繋ぐ「道」を見つけることはさほど難しくなかったのだ』
「……境界が、曖昧だった?」
『左様。ワシは、その渡ってきた者の中でも、法を破り、こちらで無道を働く同胞を捕縛し、あるいは殲滅するために派遣されたのだよ。いわば、世界の秩序を守る番人といったところか。……まぁ、こちらの人間もそう易々とはやられておらなんだがな。力はなくとも、稀に突出した才を持つ者が生まれ、独自の呪術を編み出しておったわ』
(……え、マジで? めっちゃ喋るじゃんこのおづぬさん。相当、話し相手がいなくて寂しかったんだなー、これ。孤独な隠居生活が長すぎたタイプ?)
佐々木は内心でそんな失礼な分析をしていたが、隣の黒瀬は違った。彼女の瞳は、もはや知性の飢餓に耐えかねた獣のようにぎらついており、タブレットを持つ指がカタカタと震えている。
「では、この国に残る伝説の多くは、異世界からの来訪者がきっかけだったのですか? 桃太郎、金太郎、浦島太郎……彼らもそうなのですか!?」
黒瀬の、飢えた獣のような問いかけに、小角は可笑しそうに肩を揺らした。
『いや、桃太郎は違う。あれは当時のこちらの人間同士の領土争いや諍い(いさかい)に過ぎん。ただの人間ドラマよ。……だが、浦島太郎。あれは真実を穿っておるな。海底の民と、一人の漁師の邂逅の物語じゃ。海底人は今も、お主たちの知らない深淵に潜んでおるはずだぞ。……そして、金太郎。……ふむ、あれは何というか、ワシの息子じゃ。この山の反対側に住んでおったよ』
「……はぁ!? 息子ぉ!?」
佐々木の口から、思わず素の絶叫が漏れた。
(金太郎ってゴブリンのハーフだったの!? どんだけワイルドな家系図だよ! マサカリ担いでたのも魔力的なアレだったの!?)
しかし、黒瀬は驚きを通り越して狂喜乱舞し、猛烈な勢いでキーボードを叩きまくっている。
「やっぱり! だから『役小鬼』の伝説が、静岡の地にも色濃く残っていたんだわ! ここは静岡、山梨、神奈川の三県の境であり、当時は国の境……年齢的にも怪しまれるし、隠れ住むには絶好の、いわゆる『エアポケット』だったのよ! 役小角の息子が金太郎……。素晴らしいわ、日本神話の再構築が必要ね!」
歓喜するマッドサイエンティストと、爆弾発言を連発する伝説の呪術者。佐々木は、あまりの情報量の濁流に眩暈に襲われそうになった。
(どうしよう……これ、報告書にまとめるの、マジで無理ゲーなんですけど! ってかおづぬさん何歳なん?最近の寝不足の頭で、こんな歴史の裏側を処理しきれるわけないじゃん! ……よし。報告は全部、桜(黒瀬)に丸投げしよう。そうしよう。だって階級上だし、責任者だし、本人が一番楽しそうだし!)
内心で固く「他責」を誓い、震える心をどうにか自衛官の仮面で叩き直す。そして、一番気になった政治的な核心部分に切り込んだ。
「……派遣されてきたということは、当時の朝廷、あるいは統治機関と、そちら側の世界では正式な交流……外交関係があったということですか?」
『何ぞ、知らんのか? 天皇と呼ばれる者たちは、古よりこちらとあちらを自由に行き来し、国交を結んでおったぞ。何かしらの禁裏の資料が残っておると思うが?』
「……。…………。」
佐々木は無言で後ろを向き、両手で頭を抱えた。
(やばいやばいやばいやばい。これ、マジで普通に知っちゃいけないやつだ。公務員として、いや一人の国民として「パンドラの箱」を全開にしちゃった気分なんですけど! ってかやっぱり上の方はずっと異世界の存在知ってたんじゃん!私、下手に首を突っ込みすぎて、後で黒塗りの車に連れ去られて、存在自体を消去されるんじゃないかしら!? 歴史の授業とか、もう一生信じられないし!)
色々な意味で冷や汗が止まらない。これ以上の「世界の真実」は、自分の平穏な生活――帰りにスタバに寄って、今夜はパックして寝るというささやかな計画――を根底から破壊しかねない。
佐々木は深呼吸し、無理やり「鉄の佐々木」へと意識を強制チェンジ。これ以上過去を掘り返すと命が危ない。ならば、未来に目を向けるしかない。
「……貴重なお話をありがとうございます。さて、役小角殿。先ほど、捕縛と殲滅のためにこちらへいらっしゃったと仰っていましたが……。それはつまり、そちらの世界の『戦闘技術』を、あなた様が最高レベルで体現されているということでしょうか?」
大分、というか強引すぎる話題の転換だった。だが、佐々木は必死だった。
「……我々に、その技術の一端を教えて頂くことは可能ですか? 現代の我々は、未知の脅威に対抗する術を求めているのです」
役小角はその意図をすべて見透かしたように、皺だらけの顔で、ニヤリと不敵に笑った。
『……ほう。逃げたかと思えば、次は喰らいついてくるか。戦士の顔になったな。よかろう、ワシの退屈しのぎにはちょうどよいわ』
その瞬間、広場の空気が一変した。穏やかだった陽光が、刺すような鋭い魔力の粒子を帯び始める。
(よし、歴史の授業は終了!シンプルになった! ここからはガチの訓練ってことね。……まあ、座学で消されるよりは、体動かして死ぬ気でやる方が、全然マシ!)
佐々木は覚悟を決め、腰の装備を確認した。
佐々木は割と戦闘民族であった。
伝説の呪術者との、あまりにも異常な「稽古」が幕を開けようとしていた。
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