トイレのしずかちゃん 3
こ、これ、ヤバいやつかも……!
そう思った時だった。花子さんが掴む手とは逆の手を掴んだ志津香が、ぐっと体を引き寄せてくれた。
「おい、花子。こいつをどこに連れてく気だ?」
「お兄さんと遊びたいの。ずっと、ずっと」
「……トイレで遊ぶだとっ? てめえらがやってたことは遊びなんかじゃねえよっ!」
何が志津香の琴線に触れたのか。それはすぐに思い至った。もしかしたら、年頃も花子さんくらいの時だったのかも。
個室に無理矢理連れられて行く僕に、昔の自分を重ねてしまったんだろうか。
「うおりゃ!」
だからって、その先の展開は素直に、ないな、って思った。
容赦なく志津香は花子さんを前蹴り。花子さんが僕の手を離して吹き飛んだ隙に、そのまま腕を引いてトイレから脱出。
忍び込んだ教室までダッシュして、勢いよく駆け込んだ教室の扉を内側からロックした。幽霊相手に鍵なんて意味がない気もしたけど、とりあえず教室の床に座り込んで、荒れた呼吸を整えていた。
「お、女の子を蹴っちゃ不味いでしょ……」
「しょーがねえだろ、あのままじゃお前が死んでたぞ。多分……」
僕も多分、そう思う。
根拠はないけど本能的にそう感じたんだ。僕も、そして志津香も。
「にしてもあいつ、あたしには何もしなかったのに碧斗には手を出してきたよな? やっぱ女子トイレに男がいたからか? それとも単純に、碧斗が気に食わなかったのか?」
そこは僕も気になっていたんだよね。だから、走りながら考えていたし、今の志津香の「男だから、女だから」って言葉が一つのヒントをくれた。
「全部が全部ってわけじゃないんだけど、花子さんの怪談の発信者は男の子なんだ。男子トイレに出るとか、男子トイレの三番目の個室とか言われることがあるし、噂話の語り口が男の子っぽいものも多い。だから、そもそも『トイレの花子さん』は男子トイレの幽霊って解釈の方が正しさで言えば高いんだと思う」
「けど、あたしが女だったせいで女子トイレに呼び込んでしまった……?」
「もしそうだとしたら、あの花子さんは男の子に対しての怪異だ。だから、女子である志津香には喋り掛けるだけで、それ以上は何もしてこなかった。花子さんの標的は男の子だから」
「それで碧斗には襲って来たってことかよ……! じゃ、じゃあ、今度から碧斗がトイレ行く時にあいつが出て来るってことか……?」
「あり得ない話じゃないけど、可能性としては低いかもね。僕は霊媒体質じゃないし、僕一人じゃ花子さんを呼ぶことはできないと思う。同じ学校に怪談を強く引き付けてしまう志津香って言う存在がいる以上、僕のところには来てくれない気がするんだよね」
「来てほしそうな言い方すんなっ……」
何で不貞腐れてるの?
僕が花子さんを一人占めしようとしてる、なんて思ってるのかな? そんなつもりは全くないんだけど……怪談とは言え見た目幼い少女に前蹴りしてしまう女に差し出すのもどうなんだろう。
「とりあえず、明日トイレに行って様子を見よう。僕の方に出たなら、噂通りの対応でどうにか乗り切れると思う。志津香の方にまだ出たなら、別の対策を考える必要があるね」
「別の対策ねぇ……。まあ、いいや。腹減ったな。何か食って帰ろうぜ」
「ご馳走様です」
「奢らねえし、寧ろお前の奢りだ、ボケっ!」
帰り道から少し離れたコンビニでカップ麺を買わされて、この時間のここなら誰も来ないだろうからって駐車場に座り込んでそれを食べ、志津香とはコンビニで別れた。
その帰り道、僕はスマホを操作しながら、更に「トイレの花子さん」に関する怪談を読み漁るのだった。
翌日、僕はいつもより早めに登校した。理由は簡単だ。誰もいないトイレに行くため。
志津香の話だと無人のトイレにしか花子さんは出ないそうだから、無人になりやすい早朝を選んだってわけだ。
とりあえず教室に鞄を置いて、トイレへと向かう。
よし、誰もいない。て言うか、花子さんすらいない、のかな……?
個室を全て見て回ったけど、昨日見た女の子の姿はない。
じゃあ、早速噂の検証だ……って、あっ、そっか……。
昔の噂でよくあるのは、トイレの扉をノックして「花子さん、遊びましょう」と問い掛けるもの。何番目の個室かとかノックの回数とか指定される場合も多いけど、大体がそんな内容。
けど、今のトイレって使用中じゃない場合、扉は開いてるんだ……。
無人のトイレをノックすると声が返ってくるって言う怖い話なのに、現代のトイレは無人のトイレをノックする必要性は全くない構造となってしまった。
まあ、入るだけ入ってみるか。
今でも公園の公衆トイレとか小さな駅のトイレには、完全に手動で開け閉めするタイプのものが残っている。そっちでなら存分に力を発揮できただろうに、志津香のせいで現代風なトイレがあるここに、呼び出されてしまったのかな。
「はーなこさーん、遊びましょー」
大声を出す勇気はさすがになかったので、普通に誰かと会話する程度の声で言ってみた。けど、それはトイレに虚しく消えていくだけだった。
それに引き換え、
「何で、おめぇはまだこっちにいるんだよぉおおおおおー!」
志津香の声はよく響くな……。ほんとにガキ大将じゃない?
トイレを出て、廊下で待っていると見るからに意気消沈した志津香が女子トイレから出て来た。僕に気付いて少し驚いたようだけど、すぐに状況は察したみたいだ。
「よお、碧斗。お前も様子見か」
「うん。けど、そっちに出たみたいだね」
「まあな。あいつ、あたしがどんだけ好きなんだか……」
幽霊、心霊現象、怪談に好かれる。普通は持ちたくない才能だろうけど、僕としては羨ましいんだよな。
「昨日のこと、怒ったりしてなかったの?」
「あたしが蹴り飛ばしたことだろ? それがさ、憶えてないみたいに花子はいつも通りなんだよな。あたしのことは憶えてるから、記憶がリセットされる、とかじゃなさそうだけど」
「突発的な出来事だったから、記憶されなかったとか、かな? まあ何にせよ、花子さんが怒っていないのなら良かったよ」
恨みを買って、これまで以上に付き纏われる状況になると僕にも、手の施しようがなくなってしまう。
「けど、これではっきりしたわけだ。あたしが花子を成仏させるしかねえってな!」
「僕もこうなることは予想済みだ。最良の解決を調べておいた」
「さっすが、碧斗! 頼りになるぜ! んで? その解決策って何だ?」
「テストで百点取る」
「……わりぃ、もう一回言ってくれ」
「テストで百点取る」
ぽくぽくぽく、と木魚を叩く音が聞こえてきそうなほど、志津香の顔は「無」になっていた。暫くすると、こめかみと頬の辺りをぴくぴくさせながら、
「できるわけねえだろ!」
と、叫ぶのだった。
「何でそうなるんだよ! テストがどう関係あんだよ!」
「関係性は僕にもよくわからないよ。ただ、調べてみた結果、花子さんを追い払う方法として百点の答案を見せるってものがあるんだ。それを見ると、花子さんは逃げていくらしい」
「だから、何で!」
「何度も言うけど、これは小学生の子供が作り出した怪談なんだ。理由とか理屈なんてないようなものだよ。敢えて理由を付けるなら、小学生くらいのテストなら百点を取ることはできないこともない。その頑張った証を怖い存在に見せ付けてやればいい、って感じじゃないかな」
一瞬納得したかのように見えた志津香だったけど、すぐに青褪めた様子で頭を抱え始める。
うん、そうなんだ。問題はそこ。
小学生くらいのテストなら百点は可能だ。けど、高校生のテストでそれを取るのは奇跡に等しいもの。
「あ、碧斗……お前、高校入って百点って取ったことあるか……?」
「あるわけない。精々、八十点後半がいいところだよ」
「あたしなんて赤点回避がやっとだぞ! それが百点なんてカンニングしても無理だよ!」
「まあ、全教科百点取れって言うわけじゃないんだ。敢えて言えば得意、って科目だけを重点的に勉強して、その教科で百点を目指せばいい。残念だけど、他の教科は捨てるしかないね」
「他人事だと思いやがってっ……!」
頭を小突かれてしまったけど、これでもそれなりに心配してやってるんだ。普段なら、今更トイレの花子さんを調べることなんてないし、人助けも人を選ぶよ。こんな、見た目ヤンキーなんて助けたいとは思わないし。
「今度の中間は英語、現代文、古典、日本史、オーラルコミュニケーション。文系クラスで良かったね。暗記系の教科が多いし」
「あたしが理系なわけねえしな。てか、オーラルって何であんだよ? 英語二つもいらねえだろ。一つに纏めろよ」
「僕に言われてもね。筆記と英会話の違いって感じじゃない? それより、志津香はこの中で敢えて言うなら、何が得意?」
うーん……と、唸る志津香。
どれも同じくらいのレベルなんだろう。わからないでもない。僕も何か特出して得意な教科があるわけでもないし。
「得意ではないんだけど、一回だけいい点取れたのは……日本史だな」
「日本史か。いいんじゃない? 完全に暗記教科だし、一つに絞ってテスト対策するには好都合な科目だよ」
「い、いや、けど……あたしの日本史のノート、真っ白なんすけど……?」
「和田くんにノート借りて、今日中にテスト範囲分は書き写して。あと、過去の小テストの答案もコピーさせてもらうこと。うちの日本史の先生は二十点分丸々、小テストの問題を載せてくれるんだ。確実にこの二十点は貰っておきたい」
「……お前んち、塾か何かか?」
「両親は至って平凡なサラリーマンと専業主婦だよ」
都会の私立高や進学校だとテスト科目はもっと多い。もちろん、そんなところに僕や志津香のような人間が通えるとは思っていないけど、平凡で平和な田舎の高校に通っていて良かったな、とふと思ってしまった。
「僕は更に問題の範囲を狭められるように探りを入れておくよ。幸い、あの先生には嫌われていないみたいだから。テスト対策で個別授業をしてほしい、って言えば付き合ってくれるし」
「あぁー……あのババア、碧斗みたいなタイプ好きそうだもんな」
「そのお蔭で僕はテストの点は平均以下でも評価は『4』貰ってるからね」
「は、はあ! 何だよ、それ! 贔屓してんじゃん!」
「きみのその金髪と同じだよ。僕が染めたら怒られるのに、きみなら許される。きみがそう言う居場所を確保したように、僕も内申点で評価を上げられる居場所を確保したってこと」
「お、お前まさか……! あのババアとヤっ――」
「してない。人聞きの悪いこと言わないでくれるかな……」
ヤンキーは考えが短絡的すぎるんだよ。けど、このヤンキーのお蔭で僕の内申が上がっているのも、確かな事実ではあるんだけどね。
「日本史とか、あと古典とか。みんな普通に寝てるよね。だって、面白くないもん。僕だってそうだ。けど、そこで僕は興味もないのにただただ板書してる。居眠りしている奴らが多い中で、真面目にノートを取っていたら、先生の印象はどうなるかな?」
「めっちゃ真面目な奴に見えるけど……真面目に板書しても平均点以下なのか……?」
「面白くもないし興味もないからね。書いたことなんて数秒で忘れる。僕も志津香寄りの頭だよ。けど、その授業態度だけで、寝ないでノートを取っているだけで評価されるんだから、テストの点なんてどうでもよくなるよね」
「お前……意外と腹黒なのな」
「世渡り上手、って言ってよ」
どうしても悪目立ちしてしまう志津香たちのグループを踏み台にして、僕は悠々と内申点を貰っているんだから、確かに腹黒いのかも知れないな。けど、それくらいの恩恵がないとやってらんないよ。
スクールカースト底辺の人間にも何かご褒美がないと、学校は本当に何もない場所になってしまう。
「とにかく、今はテスト対策だ。志津香の初めての百点作戦、遂行!」
「は、初めてじゃねえよ! あたしだって小一の時くらいに百点取ったことあるわっ!」
小一と高二のテストを比べられてもな……。
よければ、いいね ブックマークして頂けると励みになります。
引き続き宜しくお願い致します。




