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トイレのしずかちゃん



 授業中、志津香からメッセージが送られてくるのは珍しかった。と言うか、そもそも志津香からのメッセージ自体が珍しいんだけど。

 しかも、珍しいのも然ることながら、これがなかなかの長文で読むのに苦労してしまった。慌てていたのか焦っていたのかな。平仮名が多くて文字数が余計に増えてしまっているせいもあるかも。


 けど、読んでしまえば何てことのない、予想通りの内容だった。

 志津香の体質か能力のようなものはもうわかっている。彼女の言う「変なもの」は怪談だ。しかも決まって、古臭い昭和の遺物。


「トイレの花子? 誰だ、それ?」


 その日の放課後、志津香と落ち合ったのは口裂け女と対峙した、あの廃寺だった。ここは地元住民も肝試し以外では近付かない場所で、密会するにはちょうどいい場所だ。

 しかも、お互いの家からそう離れてなくて、帰宅に差し支えないのも好都合だった。

 廃寺に着くと志津香はジュース片手にお菓子を頬張っていて、僕もお堂の階段に腰掛け、まずは志津香が出くわした怪談について話してあげた。


「僕も軽く調べてきたんだけど、怪談の原型は口裂け女よりも古い、一九五〇年頃にあるみたいだよ。志津香が出会った『トイレの花子さん』の話が流行ったのは一九八〇年代だね。口裂け女と同様、小学生たちの間で流行った。けど、流行度で言えば口裂け女よりも凄いのかも。花子さんの怪談は全国各地にあって、それぞれ違ったパターンの噂話があるんだ」

「ご当地怪談、みたいな感じか?」

「譬えが観光地のお土産物みたいだけど、まあそんなところ。一番ポピュラーなのは、校舎の三階のトイレの三番目の個室を三回ノックして『花子さん、遊びましょう』って言うと『はぁい』って返事がある、みたいな体験談かな」

「ん? こっちから遊びに誘うのか? あたしが出会った奴は、向こうから誘ってきたぞ」

「そのパターンもあるよ。そのオチもいろいろあって、誘いに応じるとトイレに引き摺り込まれる。断ると追い駆け回されるとか、殺されるとか」

「結構物騒な奴だな、おいっ」


 ここまで全国に広がって、全国に根付いた怪談も珍しい。現代だとSNSなんかで全国どころか世界中に発信できる世の中だけど、昔はそんなものもなく人から人へと伝わっていった。

 そんな伝言ゲームのような広がり方だったからこそ、こう言った地方それぞれの怪談のバリエーションが存在するんだろう。


「その花子って何者なんだ?」

「正体に関してもいくつかパターンはあるけど、その多くは学校のトイレで死んだ女の子、だね」

「……学校のトイレで死ぬってどんな状況だよ?」

「随分とバカにした言い方だけど、僕は経験あるよ。小学生の頃、トイレに閉じ込められた。まあ、イジメだね。用務員の人が見付けてくれて助かったけど、冬場だったしあのままだったら凍死か餓死していたかもね」


 一瞬。ほんの一瞬だけど、志津香が息を呑んだような、気がした。


「わ、わりぃ……。バカにしたつもりはないんだ……。あたしも経験あるし」


 意外、とは思わなかった。前に、中学時代は敵が多かったと言っていたし、そのお蔭で喧嘩が強くなったみたいなことも言っていた。だから、彼女にも不遇の時代があったとしても不思議じゃない。


「碧斗の経験ほどじゃねえけどな……。小学校の頃から男っぽかったからか、あたしには男子の友達が多かった。けど、女子はそれを見て面白くなかったんだろうな。トイレ掃除の時にホースで水掛けられてさ。水攻めっての? 個室に逃げ込んだら、今度はバケツで上から水被せられてさ……」

「それで、その子たちをぶっ飛ばしたの?」

「いや、笑ってやった。びしょびしょじゃん、冷てえよ、って。イジんなよ……って」


 今では似ても似つかない真逆の性格だけど、根本は同種。志津香も同じことをした。僕と同じように、学校と言う隔離された世界の格差社会を生き抜いてきたんだ。


「イジメって、自分も他人も目を背けるんだよね。自分はイジメられているんじゃない、あの子はイジメられているんじゃない。自分は、あの子は『イジられているんだ』ってね。イジられているだけだから大丈夫。遊ばれているだけだ。イジメじゃない。イジ『メ』られている、ってことから『め』を背けて『め』を掻き消して『イジられている』って思い込ませるんだ」

「……お前、そんなのだから友達いないんじゃね?」

「どう言う意味だよ。て言うか、普通に友達いるし」

「無駄に頭良さげでキモい。ツネオのくせに綺麗に纏めた感じ醸すな」


 どこでどう道が分岐したのかな。根本は同じはずなのに、成長するとこうもわかり合えないものなんだね。


 話が随分と逸れてしまった。それを戻すため、僕は買ってきた缶コーヒーを一口飲み、一呼吸を置いた。


「花子さんの出自はともかく、花子さんの正体は確かに重要だ。花子さんの噂話は派生が多すぎて、志津香がどの、どんな花子さんに出会ったのかがわからない。場合によっては出会っただけで終わるし、場合によっては殺される。慎重に花子さんを見極めて、的確な解決策を出さないと面倒なことになるかも知れない」

「いや、既に面倒だし。トイレする度に付き纏われるんだぞ? 出るもんも出ねえって」

「志津香って凄いね。学校でできるんだ?」

「うんこって言ってねえだろうがっ! お前は小学生かっ!」

「僕もうんことは言ってないけど?」


 また話が逸れたので、コーヒーを一口。けど、すぐには口を開かないで、少し逡巡する。


 志津香のメッセージや話の内容から察するに、彼女が出会った花子さんは体験談寄りの怪異だ。敵意や害意があるようには見えないそうだし、数回出くわしても遊びに誘うだけで危険な目には遭っていない……。


「花子さんと遊んでみたことってある?」

「遊んだかどうかわかんねえけど……一回、用事もないのにトイレに行ってやったことがあるんだ。何て言うかな、用もないのにトイレに行った時もあいつは出るのか試したかったんだよ。

 そんで、その時は誰か入ってたみたいだから、スマホでゲームしてて一人になるのを待ってたわけよ。パズル系のやつ。

 んで、一人になった途端やっぱり花子が上から覗いてきてさ。また遊ぼうだの言われんのかなって思ってたら、その時だけ『そこ違うよ』とか言ったんだ。そんで花子の指示通りにしたら、勝てた」

「それって普通に遊んでない?」

「けどまあ、それだけだ。いつの間にかあいつはいなくなるし、トイレの外までは付いて来ない。トイレに行かなきゃ会わないで済むけど、あたしがまた呼び出してしまったんなら成仏って言うか、いるべき場所へ帰してやりたいんだ」


 志津香は花子さんの誘いに応じた。一緒に遊んだのに何もされない、消えもしない。って言うことは、別の方法でないと花子さんは志津香の前からいなくならないと言うわけだ。

 そうなると、僕としては情報不足だ。これ以上、花子さんについて知っていることはない。帰って調べてみるしかない、か。


「わかった。僕も他の方法を探してみるよ」

「だったらさ、お前も一回会ってみないか? 花子と直接話せば、何かのヒントになるかも知れねえだろ?」


 ちょっと前から気にはなっていたんだけど、彼女が「花子」と呼び捨てにすると、自分の妹か姪っ子のことを言っているように聞こえるんだよな……。


「そうしたいけど、今回はちょっとな……」

「何だよ、乗り気じゃねえのな。口裂け女とか人面犬と違って花子はほぼほぼ人間の見た目だから、今度は写真に写るかも知れねえぞ?」

「まあ、そうなんだけどね……。でもさ、花子さんに会うのって女子トイレだよね? カメラぶら下げて女子トイレに入ったら、僕本気で友達なくしそうなんだけど……」

「あっ……」


 志津香も気付いてくれたか。カメラを持って女子トイレに入ったら、盗撮目的にしか思えない。そうじゃなかったとしても、被写体が女子トイレなんて重度の変態だ。


「……だったらさぁ」


 そこで志津香が何を閃いたのかはわからなかった。けど、彼女はどこか嬉しそうに、にやりと口許を緩ませる。


「誰もいなきゃいいじゃん。碧斗、夜中の学校に忍び込んで肝試しやろうぜ」

「……何でそうなるの?」

「まあ、肝試しはついでみたいなもんだよ。夜中なら誰かに見られる心配はないし、前にお前が言ってた『心霊写真を撮る条件』ってのを試せるチャンスにもなるんじゃないか?」


 僕は僅かに息を呑んだ。それは思い付きもしなかったな……。

 確かに志津香が言うように、深夜の学校はよく怪談の舞台になる。それが幽霊や心霊現象に出くわしやすいタイミングだとするなら、心霊写真が撮りやすいタイミングとも言える可能性は十分にある。


「前にテツたちと肝試しやったから、忍び込む手段はわかってる。しかも、今回は校内をうろつくわけじゃねえ。目的の場所はトイレだけだ。しかも、花子はどこのトイレでも出る。ミッションとしては簡単だぜ」

「何か妙にテンション上がってるみたいだけど……確かに僕も気になる。心霊写真が撮れる可能性もそうだし、そう言う不良みたいなことをやってみたくもあったんだよね」

「さすがツネオだな。よっ、ガキ大将の下僕!」

「じゃあ、きみはヒロインの名前を持つだけの、中身ガキ大将ってことだね」

「カラオケ行ったら耳元で音量マックスにして歌ってやるよ」


 けらけら笑う志津香。迷惑な奴。

 けど、僕は少しだけ想像してしまうのだった。スクールカースト上位の志津香と、その底辺の僕が一緒にカラオケに行く未来を。カラオケの個室で、楽しそうに笑う僕たち二人を。


 何を考えているんだろう……。僕が志津香とカラオケに行くなんて、あり得ない。


 少し自己嫌悪に陥りながら、志津香と夜中の学校に忍び込む算段を整え、この日は解散となった。




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