14.帰ろう
帰りの車の中ではみんな無言だった。というか佐倉に関しては爆睡していた。
「私は家に着くまで絶対に寝ませんからね。だって私が寝たら絶対に二人でいかがわしい事をするじゃないですか!」
と言っていたのに3分で寝た。赤ちゃん並みの寝つきの良さである。
既に日は傾き、オレンジ色の光が眩しく車内を照らしている。助手席に座っている黒木さんは黄昏ているかのように、ずっと夕日できらめく海を眺めていた。
「星くん、ありがとうね」
唐突に黒木さんが口を開いた。
「いやいいですよ。そんな事より怖い思いをさせて申し訳なかったです」
俺は少しバツが悪くなって頭を掻いた。
「ううん、いいの。それも含めて楽しかったわ」
黒木さんは俺の方を向いて続ける。
「私、聖職者の家に生まれて何不自由なく生きてけれど、こういう友達と一緒に遠くへ行ったり、冒険したりすることって一度も無かったの。だから、すっごく新鮮で、楽しかったの。星くんにも佐倉ちゃんにも、本当に感謝しているわ」
友達、ね。何はともあれ黒木さんが喜んでいるようで本当に良かった。実際俺が黒木さんを誘ったのは純度100%の下心からだった。だが海水浴に来て本当に楽しそうに笑ったり、怒ったりする黒木さんを見て、この人ともっといろんな体験をしてみたい、もっと一緒に思い切り遊びたいという思いに変わっていった。
だから黒木さんと海に来て、もちろん佐倉もいてくれて本当に良かったと思っている。
「俺も黒木さんと一緒に海へ来れて本当に楽しかったです。ありがとうございます」
「その、次はね」
黒木さんは何故か急にモジモジし始めた。
「つ、次はその、二人で海へ行きたいなって……!」
黒木さんの言葉に俺は驚いた。というか踊りたかった。え? それはつまり? 俺と二人っきりでいたいという解釈でよろしいかのう? 俺が「もちろん」と返答しかけた時だった。
「すぇんぱぁい……」
殺気!
背筋が凍りそうだ。バックミラー越しに後ろを確認してみる。そこにはまるで井戸から元気よく這い出してくる髪の長い女のような、目をギョロつかせた佐倉の顔があった。危うくハンドル操作を誤りそうになる。
「先輩、騙されてはいけませんよ。二人きりで海なんて、きっと黒木さんは危ない儀式とかするつもりですよ。命を取られちゃいますよ」
いや今回の旅行で俺が身の危険を感じたのはだいたいお前のせいだったんだが。
「黒木さんと二人で海に行くんなら私と二人でリンゴ狩りに行かなければ釣り合いがとれません」
何なんだその不等式は。
「駄目よ! 佐倉ちゃんは星くんと一日稽古する予定なんでしょ? それで満足しなさい。聖書にも『あるもので満足しなさい』と書かれているわ」
「黒木さんこそ、もう充分先輩とイチャコラしたんだから良いじゃないですか。そんなに海へ行きたいのなら一人で沈んできてくださいよ」
「『佐倉ちゃんこそ一人でリンゴをむさぼり食べていればいいじゃない』って聖書にも書かれているわ!」
いや絶対それは書かれてない。
「っていうかお前らケンカすんな! 帰りの車の中くらい仲良くしろよ!」
しかし俺の叫びもむなしく、二人の口喧嘩は止まらなかった。まあ、そのうち二人とも飽きて寝てしまうだろう。俺は夕暮れの空を見上げて溜め息をついた。どこまでも広がる空には、紫色に染まる入道雲が浮かび、その横には一つ二つと星がきらめき始めているのだった。
おわり
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