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茨姫のプロポーズ  作者: くらげ
白の指輪伝説
7/7

使者

 それからの展開は、アレスの想像を大きく超えていた。


 実家に戻って母を問いただそうとしたら、知り合いの歴史学者から実家に使いが来た。

 歴史学者シリウス・レイスは死霊王子の伝説を調べている変人学者で、死霊王子の伝承が残るアレスの故郷をたびたび訪れていた。


 シリウスは『僕は幽霊が見えて話せるから、昔のおもしろい話いっぱい知っているんだ』と言って、幽霊から聞いたという話を幼いアレスに冗談めかして聴かせてくれた。

 『死霊王子は実在していた』と言う話もその歴史学者から聞いたのだ。


 その使者から告げられたのは、父トリスの危篤の言葉。

 母は顔を真っ青にして悲鳴を上げるわ、それを見たまだちっさいローリエ(末妹)が泣き出すわ、それにつられて息子のレイまで泣き出すわ。だがなだめている暇はない。

 

 とるものもとりあえず、アレスがかっぱらった馬車と使者が走らせて来てくれた馬車に分乗し実家近くに住んでいるロゼッタ(姉)夫婦とともに王都に向かった。途中ローズ(妹)夫妻も拾う。

 妊娠中のローズには『父が怪我をした』とだけ伝え、イリーナとロゼッタの子供たちと一緒にもう片方の馬車に乗ってもらい、アレスと母と長女ロゼッタは使者の話を聞く。 

 

 馬車の中で聴いた使者の話を要約すると「シリウス・レイスが国王を長年苦しめた死霊王子として逮捕されて、それに抗議したトリスが逆上した国王に刺された」と言うことだった。


 国王の奇行を通り越した愚行にアレスは一瞬、気が遠くなった。


 お偉い歴史学者様と知り合いと言っても父はただの庶民で、王に会おうと思っても会えるはずないのだ。なのに……


「何で刺されなければならないんだ」

「申し訳ございません」


 使者は深々と頭を下げる。


 なぜ父がという悔しさと怒りで、怒鳴り散らしたくなるが、怒鳴るよりも先に確認しなければならないことがある。アレスは目を閉じて深呼吸をして、もう一度目を開ける。

 

「マルスが父の刺された場にいたのは確かなんですね」


 アレスが口を開く前に姉ロゼッタが、青ざめている母の肩を抱きながら尋ねる。

 マルスというのは、アレスの弟だ。


「正確にはもう一方(ひとかた)……」

 

 腑に落ちないことだらけ。

 国王はなぜ、シリウスを捕らえ、父を刺さねばならなかった?


「あの手紙はどういう意味だ?」

「そうよ。あれってどういうこと?」


 アレスの問いに姉ロゼッタも追随する。


(つまりは、ロゼッタも同じ手紙を読んだということか)


「トリスの許可が無ければ話はできない」


 母に真っ青な顔で言われたらそれ以上聞くことができない。

 

 この時点で、アレスはまだ『父親がシリウスのとばっちりをくらった』のだと信じていた。

 

「五日前に『ゾンビ王子探し』のお触れが出て、最初はいつも通りの賑わいでしたが、……その、一昨日ギロチンが大広場に設置され、王都の雰囲気は一変しました。まるで火が消えたようになって、その日のうちに逮捕者が出て……」


「すごい手際だな。証拠がないと捕まえられないだろう?」


「よくはわかりませんが、主人の持っていた資料の中に、死霊王子の事件をまるで見て来たかのように克明に記した手記が見つかったとか。その、それと主人の知り合いの誰かが……シリウス=レイスは幽霊が見えると密告したようで」

 

 一昔前に流行った噂では、国を乗っ取られたゾンビ王子は、王家の男子を次々と呪い殺し、姫君は自分の花嫁にするために生かしているとか。

 まあ、その話も三人目の王子が生まれた今日(こんにち)では、すっかり人の口に上らなくなった。

 ……今度は憤死した前王妃の呪いが降りかかるんじゃないかと言うのがもっぱらの噂であるが。


 シリウスも『幽霊が見える』なんてわざわざ吹聴して回っていたわけではないだろう。

 アレスが幽霊話を聞いたのは子供の頃に数度きりだし、成長するにつれてそんな話はまったく信じなくなっていた。

  

「歴史学者なら、過去の資料を持っているのは当然だし、幽霊が見えるってのは九割がた法螺だろう。

 大体、彼のどこがゾンビだ?」


 十割とは言い切れないのは、自分が魔法を操るからだ。

 だが、シリウスの力が真実であれ嘘であれ、とても大人が間に受ける話とは思えない。


「その、死霊王子の転生だから幽霊を見ることができるのだと」

「転生? 生まれ変わったってのか? 不思議な力を持っているだけで、死霊王子だって言うのなら――」


 母がアレスの方を見て首を振る。


「逮捕の現場に居合わせたトリス殿とマルス様は、ステム村に戻り村人に呼びかけ助命嘆願の署名を集めてくださったのです」


 シリウス・レイスは、村の有望な人間をわざわざ養子にしてまで農民の子供が大学に行く道を切り開いてくれた。

 村人は協力を惜しまなかっただろう。

 

「トリス殿は腰を痛めたとおっしゃって、マルス様とサヤカ様が先に王城に向かわれ、後からトリス殿が援護に行かれたのですが……」

「サヤカ?」


 アレスは聞き慣れない名前に首を傾げる。少なくともここらではあまり使われない名前だ。


「数日前からうちで預かっている娘さんよ」


「王城でのことはマルス殿に聴かれたほうがよろしいかと。 主人と共に帰ってこられたマルス様とサヤカ様は血まみれで、トリス殿は背中をばっさりと……」


 そもそも、ただの『祭り』であるはずのゾンビ王子探しで逮捕や傷害と言う話になるのだ。


 国王はシリウスを、どこぞの貴族は父トリスをゾンビ王子だと言った。

 いったいどうしたら、二人が死霊王子だなんて話が沸いて出てくるのだ?


 

 アレスたちの焦りとは裏腹に王都は異様な熱気に包まれていた。


「これのどこが“火が消えたよう”なんだ?」


 アレスは馬車の窓の外を睨みつけた。

 

 人々の笑顔に腹が立つし、歓喜の声が耳ざわりだ。どこから沸いて出たのか、大通りには人が詰まっていて、馬車がなかなか進まず、苛立ちがさらに増す。

 もう一台の馬車のほうは妊婦と赤ん坊を乗せているので、スピードはさらに遅い。まだ王都にたどり着いていないだろう。


「ここで降ろしてくれ」

「え?」

「レイス家の場所は知っている。すまないが猫をお願いする」


 こんな人ごみでナナを抱いていて、もし逃げられでもしたら、探し出すのに骨が折れる。

  

 アレスとロザリー、ロゼッタ、それに御者の隣に乗せてもらっていたロゼッタの夫は、一旦馬車を降りる。

 大通りの両端には屋台が並んでいて、家の軒軒には、派手な模様のリボンや大きな布が飾られている。通常の『ゾンビ王子探し』以上の賑わいだ。


 大通りを避けて、一つ裏の通りを行く。さすがに四つも奥の通りだと、治安がよろしくないのだが、一つ二つ奥くらいなら、警吏の巡回もあるので比較的安全だ。


「第一王子」「即位」「クーデター」


 聞こえてくるざわめきとささやきを総合すると第一王子が父王に強制的に退位願ったようだ。


「ついに王子様も堪忍袋の緒が切れたか」


 王と第一王子が長年対立していたのは知っていたが、なぜ今頃、このタイミングで? という想いが拭えない。もっと早い段階で事を起こせただろうに。

 この騒動と関係があるのだろうか?





 ――昼前、アレスたちはレイス家にたどり着いた。




◇登場人物紹介◇


シリウス・レイス……歴史学者。幽霊が見えるらしい。アレスの父母と同年代。


ロザリー・フォレスト……トリスの妻。アレスの母。


ロゼッタ……トリスとロザリーの娘。アレスの姉(長女)。結婚して子供が二人いる。


ローズ……トリスとロザリーの娘。アレスの妹(次女)。


ローリエ・フォレスト……トリスとロザリーの末娘(三女)。歳は10歳ほど。


マルス・フォレスト……トリスとロザリーの息子。アレスの弟(次男)。歳は16歳~17歳。






馬車A……アレス、ロザリー、ロゼッタ、使者、猫(御者の横:ロゼッタ夫)

馬車B……イリア(レイ)、ローズ、ローリエ、ロゼッタの子供二人、(御者の横:ローズ夫)


 かなりギュウギュウです。

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