紙くずの山も宝の山
茨姫のプロポーズから二百年後。
「ラハード伯爵。この本についてご意見を」
リオン・ラハードが年若い女性記者から差し出された本は『ある侍女の回顧録』だった。
歴史学者シリウス・レイスが侍女の幽霊の話を聞いて、『ゾンビ王子』の真実を知るという内容の本だ。
ゾンビ王子……本名シャムロック・ラハード。ウエスト・レペンス国最後の王子。
何でも悪い魔女の呪いによって、ゾンビになり今も“王子の森”をさ迷っているという。
『悪いことしたらゾンビ王子に食べられる』というおとぎ話の悪役で有名だ。
「お客様が、訪れてくださって、喜ばしいです。皆様もぜひこの茨の城『ウエスト・レペンス城』を訪れて、物語の世界を感じてください」
少し、ぎこちないが彼は営業スマイルを浮かべることができた。
茨の城といえばメルヘンな感じだが、実際は管理を怠ると城の中まで蔦が侵入してしまう始末だ。
お客には『旅の土産に好きなだけ持って帰って』と言っている。
たまにどこぞの品の無い業者が根こそぎ持っていくことがあるが。
『ある侍女の回顧録』については気が進まないながらも一応リオンも一通り読んだが、素直に『ホラー小説に興味は無い』と感想を述べるわけにはいかない。
物語の舞台を訪れるのを聖地巡礼というらしいが、この城の観光客が増えたのは『ある侍女の回顧録』が出たおかげだ。
「侍女エリエールの話は真実だと思いますか?」
侍女エリエールがいたか不明だが、『ある侍女の回顧録』を出したレイス家は本物の学者の家系だ。
ラハード家の親戚にも当たる。そして、歴史学者シリウス・レイスも実在していた。
その本の中では、婚約者のイーストレペンスの姫が王子を裏切って他の男と逃げ、王子は男に呪いをかける事に失敗してゾンビになって森の中に入ったことになっている。そして、跡継ぎを失ったウエスト・レペンスをイーストレペンスが吸収したと。
「シャムロック・ラハードが実在したことは事実だが、今の時代にさすがにゾンビはないだろう」
当時の王家に対する不満を物語の形で記したという意見と、ゾンビの部分はフィクションとしてほとんど真実だったのではないかと言う議論も出ている。
ただ分かっているのは当時の王子の墓だけはどこにもないということだ。
「シリウス・レイスは自分の死後百年後にこれを世に出すように言ったそうですが、彼は何を残したかったと思われますか」
『知るか』と言う言葉は喉元まで出掛かっていたが、なんとか口で押し留めた。
エリエールという幻影を自身の代弁者にして、歴史学者が何を伝えたかったのか、そんなことは学者に任せれば良い。
「それは、それを読む人が、それぞれ考えることだと思いますが」
「死霊王子と初代伯爵よく似てらっしゃいますよね。中には直系の子孫ではないかと言う者もいますが。初代伯爵の出自についてどうお考えですか?」
間髪いれず、記者は“本題”に入った。
ただの薬師だったアレス・ラハードがなぜ爵位を賜れたのか。
なぜ、滅んだ国の王族の姓を名乗ったのか……。
エントランスに飾られているウエストレペンスの王族と伯爵家の肖像画。
死霊王子の絵は未完成で、二百年後、城を修復した際に完成させたものだ。
アレス・ラハードは未完成のその絵をわざわざ自分に似せて修復させたとも言われているが……
「もし、死霊王子が生き延びていて、子孫を残していたとして、アレス・ラハードが爵位についた時点で二百年も経っていたのですよ。誰が子孫だっておかしくないと思いますが」
「アレス・ラハードは国王の隠し子だった、または跡を継いだ第二子は実子ではなかったとされていますが、それについてはどう思われますか?」
『されている』と、九割がた確定しているような言い方をされた上、そこで言葉を区切られてもこちらとしても答えに困る。
たとえ答えの一端を握っているとしても。
「初代伯爵アレス・ラハードが死霊王子の直系であるなら、第二代伯爵イリア・ラハードも実子だと考えるのが妥当だと思いますが。何しろそっくりですから」
イリア・ラハード。初代伯爵の一家がそろった絵画の中で、父母と兄と一緒に微笑んで、赤ん坊の妹を見つめている姿は、父にも兄にもよく似ている。
『ある侍女の回顧録』が出た後、それに便乗する形で『初代伯爵アレス・ラハード』にも注目が集まったのだ。何しろ、変な噂と謎がてんこ盛りの人物だ。
ダンスを申し込んだ貴婦人の靴を踏みつけたり、妻に男装をさせていたり……
時の王妃とは気が合ったようで、よく城に招いていたらしい。
それも二人のただならぬ関係を示しているとか。そして浮上したのが領地を引き継いだ二代目『イリア・ラハード』が王妃の子供だったとかいう話だ。
はっきり言って、子孫に大迷惑な先祖である。
「その答えは墓の中だ。知りたければ、霊媒師でも呼ぶんだな。城の宣伝をよろしく頼むよ」
そう言って、リオン・ラハードは立ち上がり、自ら扉を開いて、記者の退出を促す。
記者はしぶしぶといった様な表情で、応接室を辞した。
◇
現存している肖像画を見ても初代伯爵アレス・ラハードはそれなりの美形であったと伺えるが、彼自身は、シャムロック・ラハードの直系であることを否定も肯定もしていない。
実は当時の資料で、いくつか残っているものもあることにはある。地下書庫の奥の奥。
書き損じた紙の裏に……
リオン・ラハードは妖精の形をした光で地下書庫の奥……元は隠し宝物庫だっただろう部屋に入っていく。
その部屋には、紙くずがこんもりと山を作っている。
歴史学者にとってはある意味宝の山なのかもしれない。
伯爵になった当初のアレス・ラハードは確かに、舞踏会で貴婦人方の足をわざと踏んだり、その他の言動も粗野な所が目立っていたが、五年もすれば、その言動は目に見えて落ち着いていったことになっている。
リオンは山のてっぺんの丸められた紙を何個か取る。
『世の中の女なんて熱した鉄板で裸足で踊ってればいい』
『○○伯爵夫人は灰にして三つの川に流したる!』
『××男爵夫人を埋めてもばれない山どっかに無いだろうか』
アレス・ラハードはどうやら、いらない紙の裏に暴言を書きなぐって、溜まっていたストレスを発散していたようである。
(思いっきり『王様の耳はロバの耳』だよな~)
かなり過激なことを書いているが、領内で鉄板の上で焼かれた女性はいない。
リオンも領外までは責任が取れないが。
『いつものごとく王妃は子供の様子を尋ねた』
王妃は城に訪れるたび、アレスの子のことを気にかけていたのは確かなようだ。
なぜ、アレスが伯爵位を次男に継がせたのか。それを知る術はこの大量の紙クズの中に埋まっているかもしれない。
一族の中にはこの紙くずに興味を持った者がいたかもしれないが、今まで表に出なかったということは“そういう事”なのだろう。
(実名ばっちり載ってるもんな~)
リオンはしわしわの紙をくしゃくしゃと丸め直して、紙くずの山に当てた。てっぺんがほんの少し崩れたが、彼は気にせず秘密の扉を閉めた。
さて、真実はどこにやら。
◇登場人物紹介◇
リオン・ラハード……第十一代ウエスト・レペンス伯爵。家族は娘が一人。妻は故人。魔法を使える。
古井戸の底の呪いの人形も、寺の落書きも平安時代の物って歴史的価値がありますが……
呪いの人形、呪った相手の名前が残っている物が……。
千年後に掘り返されて、研究対象になっているなんて……呪った人は想像もしていないことでしょう。