39話目
ざ、ざ、ざ・・・奴は魂のはずだ。足音なんてないはず。じゃあ、今聞こえた足音のような音はなんだ?ほら、また聞こえる。ざ、ざ、ざ、ざ・・・。音のリズムはあくまでも一定だ。
ガチガチガチとうるさい音まで聞こえてくる。なんだ?と思ったら、それは私が恐怖で上と下の歯をぶつけてしまっていた音だ。ようは歯ぎしり。自分で出している音も、どこかで何かが出した音のように聞こえる。感覚が遠のいていく。まずい。とは思っていても、はっきり時間の流れがおかしい。
ざ、ざ、ざ・・・ざの音が大きくなる。前から聞こえているはずなのに、前からではない気がしてくる。
ざ、ざ、ざ。・・・音がやんだ。音がやんだ。私は下を向いていたのか、視界には地面しか映っていない。分かってる。分かっている。顔をあげて、今、奴が何をしようとしているかを確認しなくては、間違いなく死ぬ。私が死ねば、すべてが終わる。・・・分かっている。
「すべて・・・って言っても、私は一体何の心配をしているんだ?何が終わるというんだ?終わるのは私の命。それだけだ。それこそが、それこそがすべてだろう。なら、死ねない。だからこそ、私はまだ死ねないんだ!!」
ぐんと、表をあげた。私は悪魔の王の睨み付けた。睨み付けた気になっていた。その実、やはり涙で何も見えていなかった。王と思われる影を、ひたすらに睨み付けていた。
悪魔の王の足元の草は、その魂に触れたくないようで、魂には本来、全く重さもなくつぶれることはないのだが、草自体が折れて避けていたのだ。その音が鳴っていた。
私の吐く息も、真っ白になって見ることができた。寒い。肺の奥まで凍りつきそうなほどに、寒い。太陽までも逃げ出してしまったような気温だが、当然太陽は真上にある。これが、悪魔の王の力はこれほどか。こんな力が今まで私の中に宿っていたと思うとゾッとする。けど、それ以上に、これからも私の中に入れておかなければならないと思う方が愕然とする。
しかし、この力がなくてはレイスを倒すことは不可能だったというのも事実。厄介な選択をした。私は随分厄介な選択をしてしまったものだ。
「ふふふ・・・ははは・・・ふはははは・・・はーはっはっはっは!!!ははは、傑作だ。ははは。私は・・・ははは」
悪魔の王に感情が生まれていた。私に近づきすぎていた。魂だけでなく、肉体も拘束ではなく共有し始めている。黒の魂の色に、口と、片目が浮き出てくる。その口は耳元まで割けているようでいて、どう見ても笑っていた。私とは対照的で、自信に満ち溢れた笑い方だ。捕食者の笑い方。王と、雑魚。そんな図。客観的に見たらね。
「お前にしては、よく我慢したな」
二人の間に、光の何かが突き刺さる。長く厚みのあるその光の何かは、光のくせにやけに重たそうな、なぜか重量感がある。柱。柱と言えばいいのか?その光の柱はマリ・アの声と共に天空から落ちてきた。その柱の上にマリ・アが立っている。周りの木々よりも高く空と大地の境界線にマリ・アが立つ。空を見上げ、光の上に立つマリ・ア・・・太陽の光により柱は見えにくく、マリ・アはまるで空に浮いているようだった。
今まで木々の下にいたのだ。太陽の下は、随分まぶしかった。というか、いつの間にか朝になっていたようだ。全然気が付かなかった。まぶしい中でも、薄暗さの様なものもある。私は、この空の感じが好きだ。思いっきり空気を吸えば、森と空と太陽のにおいが混じり合った独特なにおいが鼻から体を通り、一周回って口から出ていく。そんな暇はないのだが、つい、空間と一体化してしまう。
「マリ・ア!!!」
リビィズの表情から本当に怖かったんだと見て取れる。半分安堵で泣きそうになっている。こいつ、逆に言うと私のことを信用していなかったのだろう。まあ、いい。それでもこいつは逃げなかったから良しとしよう。
「早く!!!影たちも使え!!!」
「あ、ああ」
リビィズが思い出したように動く。忘れていただろ。・・・何も言うことはない。影も、マリ・ア同様に光の柱と共に空から降ってきた。2つの影たちは悪魔の王の魂の左右に分かれて落ちてきた。
「リビィズ!!!仕上げを頼む!!!早く!!!」
「・・・もうやってるよ」
悪魔の王の背後に最後の神、リビィズも光の柱と共に上空から降ってきた。
「封印・・・だな」
悪魔の王の魂が、光の柱に囲まれ、事態をようやく察したらしいがもう遅いよ。激しく暴れ回る様は、やはりかわいそうであり、涙を誘う。ボロボロと流れ出る涙を止めている余裕もない。そんな私を見てか、リビィズの様子がおかしい。俯き、震えている。初め、笑われているのかと思ったがそうではない。
「リ・・・リビィズ?どうしたのだ?」
リビィズから、私と違った液体がボタボタと垂れ落ちる。何がどうしたのだ?わざとらしいと思えるほどに、いかにも苦しそうだ。その時、下から木々を、森を揺さぶるほどの咆哮が聞こえた。同時にリビィズの体がぶるっと、ぶるぶると震えた。お前か!?でも、なんで?
マリ・アが分からないのも無理はない。だが、私には大まかの見当はついていた。私の中に残る、悪魔の王の魂による影響だ。今、影を含め4人は、神の力で王の力を封じ込めている。その中で、純粋な神の力じゃない者がいる。当然、私だ。
私の中の悪魔の力は、王の力を無効化するような気もするが、真っ赤な間違いだった。逆に悪魔の王に付け入る隙を与えてしまったっているのだ。暴れられれば暴れられるほど、ダメージを受けていく。微弱といえば、微弱なのだが、あまりにも暴れ回るので、私も耐えるのに必死だ。
私や影たちは今、動きを完全に封印しているわけではない。牢獄のように閉じ込めているだけ。王の力が強すぎてそれぐらいしかできない。なので、私たちにはリビィズを直接助けることはできない。助けようとすれば、この光の牢獄を解くことになってしまう。それは絶対にだめだ。そんなことをしたら全滅は逃れられない。我慢してもらうしかない。残酷な話だが。
「ぐぅぅぅぅ・・・あああああああ。・・・あぁ・・・」
左腕が、ピクリとも動かない。正確には肘から指先まで。全く動かない。見た目に変化もない。全くない。しかし、事実、動かない。
「レ・・・イ・・・ス・・・・・何を・・・し・・・た・・・」
レイスが再び手を上げる。そして指をかざす。もう一度、その謎の攻撃を喰らうのは絶対にまずい。俺は、本気で飛び退いた。木の陰に隠れ、レイスから身を隠し、その一撃は何とか躱すことができた。見えないので当たってないことだけが攻撃を躱した証拠になる。当たればダメージ。当たらなければ、それがフェイントかどうかも分からない。・・・フェイントを入れられたらまずいな。
しかも、隠れたことによってこっちからもレイスが何をしているのか分からなくなってしまった。もはや、さっきまでいた所には気配がない。風が通り抜けても、何事もなかったかのようにただ流れた。
それはほんのわずかな刹那の出来だった。身を隠したのはわずかなひと時だった。呼吸も吸い、吐く中間。まばたきとまばたきの合間。たったの、本当にたったの一瞬だ。俺はただ躱すだけにとどめ、隠れなければよかったと本当に後悔した。
読んでくれた方、ありがとう




