32話目
リューキに寄り添うマリ・ア。そんなことをしてる場合じゃないぞ。ほら、屋敷が崩壊していく。ほら、早く止めないと。マリ・アがそれに先に気が付いた。咄嗟にリューキを抱えようとするマリ・アを、逆にリューキが抱えて崩れ落ちる屋根などの瓦礫からマリ・アを守る。すべてが崩壊する前になんとか屋敷を脱出した2人。そのなくなった屋敷の四方から、8体の影が出てきたことに反応した。
「これが、さっきノウンが言っていたお楽しみってやつか?今さら影が8体出てきたところで、何の役にも立たないぜ」
それはどうかな?そろそろ、また集まってきたぞ。下級の悪魔たちが。
「またか!」
マリ・アが怒りを吐き捨てるように叫んだ。マリ・アは悪魔を見上げて、影から見を切ってしまった。その声に合わせるようにリューキが近くにいた影に斬りかかる。しかし、その攻撃は不発に終わった。そりゃそうだ。リューキの武器はほとんど距離を持たないあの短剣。避けるのは簡単だ。
私は影にたった一つだけのことを命令していた。それは、時期が来るまで、攻撃はせず、必ず逃げ切れと。削る分にはいい。ただ、致命の一撃は考えようとするな。それは大きな隙を生み出すだけで、何の意味もない。ただ、時期を待てと。
8体の影は私の命令に忠実に動いてくれた。私は思わず歌ってしまっていた。その歌を8体も歌いだしてしまった。おいおい。まあいい。リューキもマリ・アも突然のオーケストラ顔負けのアカペラに一瞬身をひるませた。何かの呪文だとでも思ったのか?いいや、違う。ただの鼻歌だぞ。教えてやりたかったがそれも出来そうもない。する気もない。
「このやかましい歌に、悪魔たちが引き寄せられているのか?」
マリ・アがこの8体の歌が織り成すハーモニーに吹き飛ばされた。神の力を持つ者たちの歌声は、そう、その歌声自体に力があり、その歌声が重なり合うと爆風に匹敵する力を醸し出すハーモニー。ほう、歌にはそんな決壊の効果もあったのか。その爆風にリューキはさすがに吹き飛ばされない。しかし、勢いを見事に殺し、リューキはうまく動けないようだ。
どうしたどうした?またさっきみたいに魂と魂の融合を見せてくれればいいだろ。それでなければ、私の影ですら倒すことは当然できないぞ。しかし、そんなことはしないだろう。くだらない非合理的な考えを捨てられない限りな。
歌が醸し出すハーモニーは、予想外の結果ももたらしてくれた。歌声の刃は、集まってきた悪魔たちもどんどんすりつぶし、8体の中心にその魂と肉体を集めていく。まるで見えない炎の竜巻が起こっているような、巻き込まれた悪魔たちが次々に落ちてくる。そうだ。形など気にするな。どんな姿になろうとも、関係ない。悪魔1匹ずつの力をすべて無駄に使わなければ、さっきのような失敗はしない。
「中央に、光の玉が・・・できてきている」
その光は悪魔の魂・・・そのものだ。ただ、濃縮されている。ひどく濃く。何十、何百・・・何千と、ある程度の地域を浄化してしまうほどの数の悪魔の魂。海も陸も山も空も・・・あらゆる悪魔たちが引き込まれ、玉に・・・影たちに吸い込まれていく。空の悪魔は、あまり集まってはいないようだ。・・・そういえば、先の失敗でそのほとんどが浄化してしまったんだっけ?
マリ・アの森の木々は、それでも煽られるだけでしっかりと大地に根を張り、この台風のような歌声にも屈せず生き抜いたらしい。さすが、神と共に生きた森だ。だが、その木々も、巨大化した悪魔の前では紙同然だった。8つの神の力を持つ、数千の悪魔の集合体。その生物は、まるでクジラ。特撮映画のように馬鹿でかく、倒れなかった木々よりもはるかにでかく、そしていつの間にか歌うのをやめていた。幅も、木々を倒したよりもはるかに長く、50メートルほどあった。
「寄せ集めか、また」
そうリューキがぼやくと、その巨体は顔という概念が特にないようで体の塊からランダムに8つの目玉が現れ、ぎょろっと2人を見据えた。一つでその2人を捕らえても余りそうなほどに、1つ1つのその目玉はリューキとマリ・アを合わせたよりもでかかった。
体から、数十本の腕が、突如として現れ、リューキとマリ・アを殺しにかかる。2人にはそんな攻撃、不意打ちだとしても当たることはない。空振りした数十本の腕は、無情にも木々を何本か宙に回す。マリ・アもリューキも飛んで逃げたから、下から飛んでくる木々は邪魔であろう。
「でかいだけあって、動きは遅いようだな」
リューキは木や石のカス弾に当たり、切り傷のように皮膚が裂け、血が飛び散るもすぐに止まった。気にせず、飛んできた木にしがみ付き、余裕すら見せる。見せるのも束の間、寄せ集めの悪魔が再び、ぎょろっとその16個の目玉を2人に向けた時には、流石にぎょっとしていた。マリ・アはまだ、空中にいる。捕らえるのは簡単に思えた。リューキがそのことに気が付き、咄嗟に力いっぱい叫んだ!!
「逃げろ!!マリ・ア!!!捕まるぞ!!!!」
「え!?」
皮肉にも、リューキの叫びはマリ・アの注意を叫んだ彼へと向けてしまった。まあ、どちらにしろ逃げられはしなかっただろうが。さっきとは反対側から飛び出たもう数十本の腕が、マリ・アを掴まえた。掴まれた瞬間、腕の隙間から隠れたマリ・アが発したまばゆいほどの光が八方に伸びた。光は突き刺し切り裂くように、空や地面を貫いた。寄せ集めの数十本の腕も跳ね飛ばし、マリ・アが姿を現す。光に包まれるマリ・アは美しい。儚いものほど、美しく見えるのは不思議だ。
光のごとき一瞬。マリ・アは波におぼれるような表情を残し、再び闇の中に消えてしまった。切り裂いた腕は確かに消滅したが、次の腕たちはもう後ろに控えていて、消滅した腕の再生を待つ必要はない。腕は影らしく、防ごうとし顔の前でクロスさせたマリ・アの体ごとすり抜け、そのままマリ・アを影の中に閉じ込めたのだ。
「マリ・アーーーーー!!!!」
叫びと同時に、リューキがしがみ付いていた大木が粉砕した。粉砕し、空と同化して消えた。リューキも不思議と消えていた。どさ、と何かが落ちる音のほうを向くと、マリ・アを包んだ腕が、塊のまま地面に落っこちていた。私の影が落とすはずもない。手が滑ったなどなおのこと。それなら影ごと落ちるのは不自然だ。
「リューキか・・・・」
読んでくれた方、ありがとう




