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30話目

 空が、見上げれば悪魔しか見えなくなってしまっていた。月はどこに行ってしまったのか?もしかしたら逃げてしまったのか?あるはずの月がまったく機能してないのか、闇夜は空と街の境界をなくしてしまった。

灯台は、影が大きくなったとき、その巨体がぶつかり破壊された。リューキは?灯台は破壊された瞬間に私はリューキとマリ・アの姿を見失っていた。自分でやっておきながら、何たる失態か?と、後悔している間もないほどの次の瞬間、有り得ないことが起こった。

集結し、必要以上に強大な体を得た悪魔が、影が、静かに消滅していく様を私は見ていた。それはあまりにも信じられない光景だった。黒い悪魔が白く・・・透明になっていく。波にも揺るがない、強き大地のような、岩のような、山のような・・・大地に根付いたような何人にも動かせない柱のような力を未だ漂わせているその体は、力強さを残しながら消滅していく。

「な・・・何が起こったんだ?」

原因が考えられない、有り得ないことが起こっている。空が月を取り戻すのを逸るように、禍々しい漆黒の力を浄化しているようにも見える。更に、消えていく影の体の上からこちらを見ている者がいることにも気が付いた。いや、気が付かされた。そいつは私と目があったことを確認すると、いやらしく、実に変態チックにニタ~――――と笑った。同時に私の位置も正確にインプットされてしまっていた。

「大きくなったのが仇となったわね」

リューキの口はまだニタ~――――と笑っているので、その声はリューキのものではない。そもそもリューキは何もしゃべっていないし、なんの音も発していない。マリ・アだ。マリ・アが伝えてきているのだ。それはやはり私の位置がしっかりとばれていることを裏付けた。

「あなたの影、悪魔たちを吸収し始めたところまでは本当に負けたと思ったわ。絶望に襲われてた。でも、それゆえの弱点もあったようね」

悪魔は胸の部分まで消滅している。雪の粉のように空に舞い散る欠片は、悪魔の断末魔か「きぃぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ」という人間には耐えがたい音を発している。リューキは耳も抑えず、そんな騒音の中でまだノウンを見ている。動くなら、どこに行くかを見ているのだろう。絶対に逃さないという意思が、リューキから痛いほど伝わって、体の一部が切れたのか私の血が静かに流れた。偶然だと思うが、実際に流れている。

「あなたの影であるコア・・・固定されて逃げられなくなっていたわよ。それをリューキが倒すことは、とても簡単だったわ」

「なる・・・ほどね。それはよき勉強になったよ」

私の額に汗が走る。己の経験不足に嫌気がさす。それに、単なる人間と、神の中でも大したことのない低クラス。そんな奴らに煮え湯を飲まされるとは。考えただけでも怒りで訳が分からなくなる。

俺は、もうすでに腰まで消滅している悪魔の体から陸地に飛び移ると、気持ち明るくなってきた空を見上げた。普通の星より少し大きくてまぶしい星が映り、妙に気になった。

「ノウンは、あそこにいた。・・・今から倒しに行くぞ」

マリ・アが答えた。

「でも・・・殺してはいけない」

俺は頷くだけで何も言わない。

「・・・・」

殺したら、悪魔の王もレイスの魂も解放されて自由を、本来の自由と本来の力を使えるようになってしまうんだろ?

「今は、リビィスの器に収まっているから、脅威ではあるけど、のちにレイスと戦うよりは少しマシ。今なら、悪魔の力も私の力で何とか防げるわ。完璧じゃないけど一撃ではやられることはないはず」

俺の肉体が膨張していく。ノウンに会う前に行く場所があった。確か、通り道のはず。

「・・・レイス。そいつはそれほどまでに強いのか?」

移動中に俺はマリ・アに聞いてみた。マリ・アはしばらく黙っていた。おいおい、と思っているのは・・・ほら、もう目的地に辿り着いてしまったから。今、目の前にマリ・アの死骸がある。

「あ・・・」

ノウンがいる方向ではあったが少しずれた場所。波の音と街の匂いと海の香り。入り乱れた埠頭だ。マリ・アは、なぜ俺がこんなところに来たのか分かったようだ。そう、ここは初めにマリ・アが逃げ込んだ街のはずれ。俺は、マリ・アの肉体にその魂を返そうと思っていた。これは、これをすることによって、ノウンを倒せる確率はぐっと下がる。でもいいんだ。いいんだ。

「自分の肉体に魂を戻して、マリ・アは生き返ってくれ。いや、生き返ってほしい」

「・・・」

マリ・アの魂がマリ・アの体に移動せず、まだ俺の体の中にいる。何を迷っているんだ?

「・・・何も気にすることはないんだぞ。ノウンは、俺一人で殺せるし・・・まあ、正直に言うと、かなり自信はないけど。・・・こんなこと言うとまた、気にさせてしまうか」

「・・・私はじゃまですか?」

魂から魂へ、悲しみが伝わってくる。マリ・アの悲しみが、俺の心に入り込む。やめてくれ。と思うと、何故と聞いてくる。早く行けよ。と思えば、何故か黙り込む。

「・・・・・・」

「・・・・・・」

「・・・こ・このままだと、人間の肉体に戻らなければ、戻っても人間性が失われてしまう」

「・・・それが、それがなんだというのだ?」

俺は、少し黙った。マリ・アも沈黙する。

「・・・お前とは、戦いたくない」

「・・・それが、本音ですか?」

「・・・ああ。お・・・お前も、レイス・・・てやつとの戦いでは、その・・・そいつの味方を・・・するんだろ?」

「・・・きっと、神のままなら、そうなるだろう」

「・・・なら、なら人間に戻ってほしい」

「・・・そんな理由なら、嫌です」

この期に及んで、なんでそんなことを言い出すんだ。と思えば、マリ・アの魂はひどく落ち込んだようで、やれやれだぜ。

「・・・分かったよ。言うよ。お・・・俺は、君に・・・人間でいてほしいんだ」

「・・・戦いたくないから?それとも?」

「・・・それとものほう・・・だ」

「・・・・・・・わかったわ」

「ありがとう」

「ありがとう」の言葉はマリ・アと重なった。マリ・アの魂が、俺の体から抜けて行く。それは、今まで感じていた、実感していた力の増幅が抜けて行く感覚と共に、すぐに理解することができた。

私の体は、ひどく傷を負っていて、その肉体は・・・死んでいた。しかし、私の云わば心とも呼べる、魂が肉体に帰還したことにより、その体はまさしく息を吹き返した。私と一緒に。

「リューキ・・・」

私は、彼になんて言えばいいかわからなかった。そんな私の心を見透かしたように、リューキは私に手を差し伸べてこう言った。こう言ってくれた。

「おかえり」

私は彼の笑顔につられるように、笑っていた。そして、私もこう言い返した。

「ただいま」

私は、それしか言えなかった。リューキも、それ以上は何も言わなかった。やるべきことは分かっているし、これは、元々余計な道草だった。だから、私はそれ以上何も言えなかった。


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