24話目
本当に、夜空を見たのは久しぶりだ。魂のない間、私はこの夜空にあこがれていた。・・・あの頃の私は、夜を待たずして眠りについていたから。私は、何年何十年と、あの空を見ることがひとつの願いだった。こんな時に何を思い出しているんだか・・・。
「私は、・・・そう・・・私はまた、しくじった。私は・・・過去に私を・・・私を殺した人間を・・・今度は必死になって救おうとして・・・またしくじってしまっている」
「ふっ・・・そうか」
体はまだここには来ていないが、リビィズの意思はここに残っているようで、私の独り言が聞かれた。でも知っていた。聞かれていても気にしないことにした。しゃべりたかったのだ。聞かせたかったのだ、誰かに。誰でもいいから今の、今までの私の本音というものを。
「私は、長い時間・・・リビィズの中にいた。・・・私は、神だ。神の宿命と言うべきか・・・それとも、神たらしめている・・・神であるがための呪いというべきか・・・」
星は見えなかった。まだ私が神だった頃は、夜空は星があるから夜空だった。
「星は無くとも・・・空は、こんなにも美しいものだったのか・・・。私は体を取り戻し、記憶を取り戻し。そしてまた失ってしまうのかな?」
「それはどんな気分だ?」
リビィズの声が、とにかくにやけていた。分かっているのだろう。どんな気分かなんて聞かなくとも。分かっているのだろう?
「分かっているのだろう?・・・分かって、聞いているのだろう。悔しいに決まっている。悔しいに・・・決まっている。私の1000年は無駄に終わってしまった。とさえ思っている」
「実際にその通りだろう。何か間違いでもあるのか?」
リビィズとの距離が段々と近づいているのが分かる。もうすぐ近くまで来ている。私はあまりにも出血していた。服が、赤く染まる。冷たくなっていくのも実感しているが、同時に、暖かさすら感じるのが不思議だ。しかし、生温かさを感じていた血のぬくもりも、もうすでに冷たくなってきている。
「確かに・・・私はもう直死ぬ。だろう・・・。だが、私が・・・私自身が選べる死もあるはずだ。私は・・・私の選べる死を選ぶまでだ」
「訳の分からんことをいう。・・・お前の選べる死だと?死ぬと言うのに、まるで未来を暗示しているような言い回し。そんな強がりはいらないと思うぞ?」
確かに、そんな強がりはいらない。けど、せっかく記憶が戻ったのだから、1000年ぶりの誰かとの会話だよ?それがクズ野郎のリビィズだとしても、死ぬ前には話をしたいものだ。
「母さん・・・父さん・・・じい・・・今まで言えなかった・・・けど、ありがとう。とても、私はとても感謝しているから。私が・・・私が神だったからといって、私は育ててもらった恩を・・・決して忘れはしない」
「・・・神が人間なんかに感謝か。それは笑えるな。ははは・・・。確かに、それは笑える」
じり・・・その音は、確実に命が歩く音。すなわち、肉体の音に他ならなかった。遂に来たか。遅いっての。リビィズは他の影たちと違って、闇から出てきたとき、その姿は間違いなく実態であった。リューキはまだ起きない。それほどまでに彼のダメージは深刻だった。私が彼を抱きかかえられなくなったことなど、すでにこいつは知っている。ちらりともリューキのほうを見ず、私だけを見ていた。
「久しぶりですね、リビィズ。改めて、言っておきますよ」
私も、横になった体を起こそうともせずに視線だけリビィズに置きながら、話しかける。リビィズは気取った感じで佇んでいる。むかつくな、こいつ。
「1000年前も、そうやって佇んでいたよな。そうやってお前は私を簡単に殺した。むかつくよ」
「まあ。どう思われてもいいんだが、ムカつかれるのが一番いい。殺し甲斐がでてくる。それに私はもう神じゃない」
「じゃあ悪魔か?」
確かこいつは悪魔の力も得た・・・奪い取った言っていたな。なんにせよ、こいつはクズだ。確かに神ではなく、確かにクズだ。
「私は悪魔でもない。当然、クズでもない」
「あっそう」
聞こえたのか?それとも本人もそう思っているから否定したのか?どちらでもいいけどね。
「私は悪魔も神も超越した存在となったのだ」
リビィズのその一言に、夜の闇が重なって、辺りは恐ろしいほど静まり返った。世界は、こんなにもいろいろな音で包まれていたのかと、逆に思い知らされるほど、この世界は静かでいてやかましく、いろいろな生物、生命、自然で構成されていることに気付かされた。ありがとうリビィズ。お前のくだらない発言も、たまには役に立ちました。私もこの世界の一部であることを思い出させてくれたことと、いくら強がっていたところでお前もこの世界の一つにすぎないと笑わせてくれた。
「・・・誰も、何人も・・・どの生命どの存在も・・・私を殺すことはできない。すべての支配者になったんだよ」
「そうか・・・それなのに、私と会うまでやたらに慎重じゃなかったか?偉そうに大見得切ってご託並べているけど、本当はこわいんだろ?リビィス・・・お前はただの怖がりの臆病者だ」
リビィズは何を言ってるんだと鼻で笑って見せたが、お前の心は見透かされているぞ。強がりは臆病な本心、本性を隠すカモフラージュに過ぎないんだろ?大したカモフラージュでもないし、ウソもへたくそ。大した奴だよ、お前は。
「レイス・・・」
その名を口から出した途端、リビィズは気にしなければ気が付かないようなピクッとした反応を見せた。ポーカーフェイスを気取りすぎてか、むしろ不自然なほどに黙りこくってしまった。分かりやすいな、すべてを超越した者よ。演技力も超越してるわ。
私も口を閉じようとはした。閉じる努力はした。でも、隙間から漏れてしまっていた。笑い声が漏れた瞬間、リビィズがキレた。
「まあ待ちなさい」
リビィスが瞬間、もう頭のそばに来ていたが私は冷静だった。未だに起き上がれずにいるけど勝算はある。だが、それには準備が必要だ。その準備のために、私はまだ、リビィズに話しかける必要があった。このまま、私の制しを聴かず、リビィズが攻撃をやめていなければ、勝算は限りなくなくなってしまっていただろう。それでも0ではない。勝てるチャンスはまだある。
「ねえ、リビィズ・・・」
私は極力やさしく諭すように話しかけた。柄にもなく怒りで理性を失いつつあるリビィズには、多少効果的な言い回しだったのだろうか?奴が心臓を貫こうと伸ばした手を、ゆっくりと戻し、その手を首に回した。いつでも殺せると言いたいんだろう。でも話は聞くようだ。
「・・・この街に、私がいると知っていながらすぐに来なかったのはなぜ?・・・すぐに殺せるんでしょう?神も悪魔も超越した存在になれたんでしょう?1000年前に人間を使って神殺しをさせた時にあなたはすべてを逸脱した存在になれたんでしょう?」
「・・・」
「・・・それでもすぐに私のところに来なかったのは。・・・魂のない、ただの人間であるはずの私のところに来ることをためらっていた理由は、私に会うまでどの神の肉体かわからなかったからでしょ?」
「・・・」
喉を掴む指の力が、徐々に強まっている。指の形に血がにじみ出ているのが分かるが、見えないので気のせいかもしれないし、気にしている余裕もない。
「・・・レイスが怖かったんでしょ?」
その瞬間、リビィズの目が見開き、私の首の骨をへし折った。私はそれでも、まだ生きていた。肉体的には死んだが、魂でまだ繋がれていた。しかし、私の体はまだ不完全。このままでは本当に死んでしまう。でも、私はそのまま死んだふりをすることにした。擬態。チャンスを待つ。時間は無くとも、ゆっくりと待つ。
首の骨を折る感触が指から腕に、腕から頭に伝わり、マリ・アは死んだ。人間の体とはいえ、その死にざまは美しく、まるで死んでいるようには見えなかった。もっとも、死んだけど。
「レイスか・・・。確かに私はあいつを恐れている。あいつだけは、今の私に対抗し得るのはあいつしかいない。・・・私は、あいつを・・・あいつを殺し、完全な神になるためにこの旅を・・・」
そこらへんに転がるリューキに視線を移し、つぶやく。
「こいつも、今回のこれでやはり裏切ることが分かったからな。・・・殺しておくこともできるが、レイス殺しにはこいつが必要不可欠。レイスさえ殺してしまえば、もういつでも殺していいのだが、今はまだ殺せない。しかし・・・こいつの感情は殺しておくか。なるべく、レイスに対抗できるために人間性を残しておきたかったが、それではまたいつ裏切られるかわからない」
リューキはまだ眠っている。それだけのダメージは与えておいた。ゆっくりと、リューキに近づく。ゆっくりではなく、さっさとやればよかったのだが、私にも懐かしむ感傷という心があるようだ。思えばリューキも、私の唯一の仲間だったと思える。・・・いや違うな。忠実な奴隷だった。それでも、会話のできる奴隷だから、今後何千年と生き続けなきゃならない私にとっては、よき暇つぶしになると思ったのに。
「それでも、レイスを殺すにはリューキが必要だ」
そう呟いた時、何かが突然引っかかった。足が、何故か前に進まない。それは体の硬直ではない。体の異常などではない。何かの力が私の動きをそれこそ完全に静止させた。
読んでくれた方、ありがとう




