表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
22/44

22話目

虚無。空っぽ。脳があるから知識はある。脳があるから、人の心や表情、感情は学べる。それでも、その学んだものの真の意味は理解できなかった。なぜなら、私の心にはそれがなかったから。ないものはどんなに学習したところで、真の理解はできない。

私にはそれが本当に怖かった。その感情ですらが、生きているうちに学んだ知識の結果を真似しているにすぎず、ますます、私の心は虚無になっていく。

「私は誰だ?」

答えるはずもない草木に問いただしてみると、いつも私にははっきりと聞こえる。

「あなたはマリ・アよ」

草木は柔らかい風にそよそよと煽られながらも、しっかりとした生命の力強さで地面に根っこをはやす。

「人なのか?人であると、胸を張って言ってもいいものか?」

私はいつも、その言葉に悲しみと哀愁を込めて言います。きっと、傍から見たらいつもと変わらず無感情に見えたのだろうけど、一生懸命、学んだ感情を表現している。

「はい」

草木の返事は簡潔だ。やはり、そんなことでは自信など持てなかった。

今にも、朽ち果てそうな動物に手を差し伸べてみたある日、信じられないことが起きた。その動物は手をかざされた部位から力を取り戻し、ぴょんぴょんと飛び跳ねるようにその場を立ち去って行った。私には、これが愛だと思った。自分の行いや、そこから来る結果に、理屈や説明をしなければ、人間だという証明ができないのではと思った。証明は一種の、生きることに繋がっていた。

抱きかかえるリューキを見て、産まれて初めて、本当に初めて涙が流れていた。それを、涙だと気付き、涙だと理解するまでに時間もかかった。それこそ無意識に流れ出ていたものだったから・・・。

「あなたは、本当に今までつらい思いをして、この時代まで生きてこられたのでしょう。いつ出会えるかもわからぬ私に会うために、あなたは長い年月、途方もなく長かった年月を、あのリビィズと共に旅をしてきたのですね」

本当に殺したい、殺すべき相手と共に歩む旅の辛さ。心を取り戻した私には容易に理解も想像もすることができた。だからこそ、大粒の涙は滝となり、雨粒のようにぽたぽたとリューキの顔に一粒ずつ落ちていくのだ。だからとて、事態は何も変わらない。理由は分からなかったけど、私の傷を癒す力は彼には効かなかった。

私たちがこの街より逃げられないのには理由があった。一つは、当然、街の人々や両親に対する心配。この街からこの2人がいなくなったと分かったら、リビィズは何をしでかすかわかったもんじゃない。怒りで無関係な人間や街を破壊するなんざ、リビィズにとってはどうってことはない。

もう一つ、街から離れられない最大の理由が存在した。今、私に神の記憶と力が戻っているのは、単にリビィズとの距離がまだ近いから、多少の影響を受けているからに過ぎない。それがあと少しでも離れれば、また今までのマリ・アと変わらない、魂の抜けた者に戻ってしまうのだ。そうなれば多分、私はリューキも何もかも忘れ、今度は別の場所で生きていき、やがては見つかって殺されるだろう。それは理解できていた。

だから、リューキが回復する間、私は彼を守り続けなければならないのだ。しかし、それも困難なものになりつつある。神同士の波長か?今まで近くに2つの神の魂の鼓動を感じていたのが、なぜか1つ、また1つと増えていくのが分かったから。

「リビィズ・・・何をしているんだ?・・・ま・・・まさか・・・!?自分の中の神の魂を・・・自分から解き放つことができるのか?」

安全と作戦がひとつずつ減っていく感覚に、私は恐怖を感じてリューキの体を思わずグッと抱き寄せた。彼は無反応。お気楽に寝息を立てているのが、せめてもの救いだ。

「しかし・・・まずいわね」

こちらに奴らの魂を感じられるということは、当然ながら、向こうにも近くに隠れていることがバレバレである。しかも、こっちにはリューキまでいるのだ。リューキはリビィズに魂を束縛された、いわば奴隷だ。下手したら、リビィズにはリューキの正確な位置までもが分かっているのかもしれない。それに、影の数はまだ増えていく。

「さあ、どうすればよいものかしら」

日は傾き、やがて夜になる。街は、まだいつもの今日だ。私がいなくなったことも、街中に影がはびこっていることも、まだ街の人々は知らない。幸運なことに、この場所もまだ、リビィズには気付かれていないらしい。

「マ・リア・・・様でございますか?」

突然何者かに名前を呼ばれた。しかも微妙に間違っている。私は、その声の主がどこにいるのか探るも、その姿は見えなかった。それにしても、その声はまるで目の前にいるかの如くはっきりと私に届き、そして、失礼な奴だという印象を残した。

「誰です?一応訂正しておきますが、私の名はマリ・ア。なので、人違いかもしれないですよ」

「ああ、マリ・ア・・・様でしたか。それはそれは、とんだご無礼を働きました。誠に申し訳ございません」

未だに声の主の姿は見えない。私はリューキをそっと地面に横にし、すっと立ち上がった。

「お前は誰です?姿を見せず、名乗ろうともしない方が、名前を間違えることよりもよっぽど失礼だと思いますが」

「おお。それは確かに失礼でしたね」

そういうと、暗闇に中から人間に似た・・・しかし、闇を切り抜いたように出てきたのか肌が漆黒に近い人間がそこには立っていた。隠れていたのか、それともたまたま闇と同化していただけだったのか?そんなことはどっちでも構わないが、一つだけ言えるのは、こいつは悪魔だ。

「僕の名前はイデオル。ええ、御察しの通り、悪魔です」

「悪魔が、私になんのようだ?」

私は自己紹介させたにもかかわらず、あえて悪魔と呼んだ。そんなことは気にせず、イデオルは人を小ばかにしたような笑いをすると、これまた小ばかにしたように答える。

「分かっているんでしょう?あなたや、その後ろで寝ている人、そして、この街にいる人間の命を奪いに来たのですよ」

途中で、その言葉は口から出ずに、イデオルの頭の中だけで唱えていたことに、イデオル本人は全く気が付いていなかった。闇夜を照らす、あの空高くに浮かぶ月よりも、光輝く私の腕から発せられた刃は、イデオルに最後まで言葉を言わせることを許そうとはしなかった。

引き裂かれたイデオルの胴からあふれ出した闇は、辺りにまき散らされることなく、そこらじゅうにある闇という闇の中に吸い込まれるようにして消えていった。

「体の中が闇というよりも体が闇でできている悪魔だな、お前は」

イデオルには、きっと痛覚はない。だから、上半身が地面に転がったところで平然と答えても不思議ではない。

「そうです。あなた方、神の力を持つ者に惹かれてこの街に来たのです。失われたはずの神の力に巡り合えるなんて・・・こんな幸運はまずないですから」

転がった上半身の顔が、気持ち悪くにやける。その顔に激怒してしまった私は、生まれて初めて声を荒げて叫んでしまった。

「ふざけるな!!!きさまら悪魔に好きなようにさせるか!!!」

人口の光をはるかに上回る、まさに光だけならあの太陽をも上回る輝きに包まれて、私の姿もリューキの姿も隠れてしまった。ただ目立っただけだけれど。光は悪魔を闇から引きずり出すように、闇の化身のようなこの悪魔のシルエットだけはどこにも逃げられないでその場に現れた。

「ちょ・・・ちょっと待ってほしい。ま・・・待ってくれ。お・・・お願いだから。ま・・・まだ死に・・・死にたくない・・・たくない」

光で、どんな表情をしているか読み取れなかったが、きっと、ただの命乞いだろう。本当はもう、何もしなくてもイデオルは死ぬ。首と体が離れているし、そこから神の力も流れてきている。これは、単なる怒りの感情。

私は最後に言った。

「もっと、真剣に、命について考えてみろ。自分も・・・人間も・・・」

「し・・・真剣ですよ」

それがこの悪魔、イデオルの最後の言葉だった。光が私とリューキとイデオルを照らし、その3人の脇を通り抜けた後、残った夜の闇の中に残っていたのは私とリューキの2人だけだった。ただ、イデオルを殺すために、私が発した光は少し大袈裟すぎた。神の光はリビィズには分かりやすいほどの大きな狼煙だ。私はこの場を離れることにした。しかし、すでにここは街のはずれ。一体どこに逃げればいいのだろうか?


読んでくれた方、ありがとう

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ