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雫が落ちる日  作者: 登坂啓太


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第一話

 大あくび。

 誰も見ていないから、大口を開いて声量も気にせず豪快なあくびをする。

 ここは俺が通う高校の屋上だ。鉄柵で囲まれているので落下の心配は少ないが、乗り越えようと思えば簡単に乗り越えられる高さでもある。

 天気は晴天……とは少し言えないものの、青々とした空の色が雲の隙間から薄らと見える程度。雲はかなり白くて薄いので雨が降る心配はないだろう。

 両腕を頭の後ろに回して枕にして寝る、よくあるスタイルで過ごしていた。

「ずいぶんと大きなあくびね」

「うわぁっ!?」

 飛び起きる。

 ずっと寝転がっていたものだから、急激な体勢変化と驚きで心臓がバクバクする。

 校庭から遠く響いてくる掛け声や、少しばかり強く吹いている風の音。たまに鳥も鳴いているような気がする。

 そんな想定された雑音とは違う、意味のある音声が耳に飛び込んできたことに俺は驚いた。

 あまり気にしてはいなかったものの、この屋上に人が入ってきた気配はなかったのだが。

「びっくりした……いつ来た?」

「たった今よ」

「でも、ドア開く音とか何も聞こえなかった」

「完全に閉め切られてなかったみたいだから、ドアノブを捻ったりする音が鳴らなかっただけよ」

 なるほど。

 そうして俺に声をかけたのは、成績不良の俺とは似ても似つかない、俺のクラスの学級委員さまだ。

 一応断っておくが彼女は女性だ。自分は髪型には詳しくないが、かなり強めの黒色でセミロングより少し短いといったところだろうか。

 目は大きいがキリッとしていて少し怖いというか、威圧感がある。

 この高校の制服としてブレザーを着用しており、乱れたところも汚れたところも一切ない整然とした身だしなみである。

「学級委員さまが、こんなところまで何をしに?」

「あなたに用があるのよ。分かってるでしょ」

 心当たりは、まあある。

 彼女は入学の日に学級委員に立候補して以降、何かと俺に付き纏ってくる。

 もちろんそれは個人的な興味などではなく、俺の行動に問題があるらしい。

「赤坂(とおる)くん。あなただけなのよ。プロフィールカードを提出していないのは」

「俺の名前知ってるじゃん。じゃあいいんじゃないの」

「名前だけじゃない。あなたがどういう人間を提示してと言っているの」

 入学初日に担任から言い渡されたのは、趣味や特技など簡単なプロフィールを書いた用紙を提出しろという宿題だった。

 この期限は3日ほどだったが、俺は取り立てて語るような特技も趣味もないなぁと思って迷っていたところ、すっかりすっぽかしていたのだ。

「そもそも赤坂くん、あなたは問題だらけなの。学級委員として看過できない」

「水瀬さん……そこまで気張ることはないよ。俺の人生の責任は俺にあるだろ」

「クラスの一員である以上、あなたのこの学校での言動の責任の一部は私にもあるの……っていうか私の名前知ってたのね」

「そういうもんか。そりゃすまないね。提出する気はないけど」

 驚きによって引き起こされていた動悸も落ち着いてきたので、再び屋上の地面に寝転ぶ。

「そもそもどうして自己紹介程度のことを面倒臭がるのよ」

「面倒というか……自分の特徴とかが思いつかないのと、提出する意義とか考えてみると、別に出さなくてもいいかなって……」

「提出しないことによって先生や私から追及が続くことへの労力は考慮しないの?」

「言うことを聞くのがそもそも嫌いなんだよ。自分が提出したくないと思ったものは断固として提出しない」

「その芯の強さだけは尊敬に値するわね」

やれやれ、というような仕草を両手で軽くしてから水瀬さんは諦めて去ろうとする。

 俺はそのまま目を瞑りつつ、一つ気になったことを尋ねる。

「そういえば水瀬さんって下の名前なんだっけ?」

「……興味あるの?」

「まあね、よく考えたら知らないなって」

「……しずく。水瀬雫っていうの」

 雫、か。いい響きだ。

「そっか。ま、よろしく〜」

 軽く手を振ると、そのまま無言で彼女は背を向けて去っていったようだった。


 その後も彼女は頻繁に俺に絡んでくるようになった。

「赤坂くん、3階の窓割ったのってあなた?」

 今日は気分を変えて中庭で昼寝をしていたのに、また叩き起こされた。

「おいおい、ちょっと素行が悪いからって何でもかんでも俺のせいにしないでくれよ……そんなことしない」

「悪かったわね。じゃあ、プロフィールカードを……」

「さあて昼寝の続きでもするかぁ」

「提出しないと私の妨害が続いて気持ちよく昼寝なんかできないわよ」

それを聞いた俺はムクッと起き上がって少し考え込むような素振りをしてみせる。

「それは困ったな。水瀬さん、一緒に昼寝する?」

「ギリギリセクハラとして訴えてもいいけど?」

「じゃ、じゃあ遠慮しとくよ……」

 しかし彼女は案外話しやすいというか、ジョークの通じる相手な気がする。会話をしていて大きなストレスがない。

「そういえばあなた、数学の宿題は提出したの?」

「ん? そんなことも学級委員が受け持つのか」

「まあね。あなたが提出しているとは思えないから、気になって」

「意外かも知れないが、数学は得意だからな。提出済みだ」

「へえ……」

 自分で言っておいて何だが、心底意外そうな顔をするので何だか少しだけ心外だ。

「まあいいわ。また来るから」

「学級委員さまは大変だねぇ」

「そう思うなら少しは協力しなさい」

 彼女の反論は無視して俺はまた体を横にして目を瞑った。



 とある休日のこと。

 俺にはあまり友達がいないので暇を持て余して映画館まで来ていた。

 『全世界が泣いた!』という触れ込みの映画でも観賞して、それが真実かどうか俺が確かめてやろうという計画だ。

 とは言え有名アニメの劇場版や、名監督の新作ハリウッドアクション映画なんかも捨てがたい。

 映画ポスターがズラッと並んだビルの壁面を見つめながら、実際どの映画を観ようか決めかねていたところ。

「ねえ」

「ハイッ!?」

「そう驚くことはないのに。生活圏が同じな以上、会うこともあるでしょう」

 視線を声のした方向へ向けると、そこに水瀬雫が立っていた。

 しかし私服を着た彼女は学校内で出会う際の学級委員然とした佇まいとは印象が違う。

 そう、案外ガーリーというか、薄いピンクや白を基調としたワンピースを着用していて、ワンポイントでリボンが胸元に付いている。

 何というか、そう。可愛らしいのだ。

「に、似合ってるじゃん」

「何キョドってるのよ。セクハラ?」

「いやいや! 今のはセーフだろ!?」

 俺が彼女に向ける視線を訝しげな表情で警戒する雫。

 しかしその一連の流れを綺麗さっぱり忘れたかのように、彼女は再び口を開く。

「まあそんなことどうでもよくてね。あなた、一人で映画観に来たの?」

「一人で悪かったな!」

「あら、別にバカにしているわけじゃないのよ。そんなこと言い出したら私だって一人でここまで遊びに来たんだから、お互い様よ」

「ほう。じゃあ何の用だ?」

「私が話しかけたのは、意外な親近感を覚えたからよ。あなた、この映画に興味があるの?」

 雫が指を差したのは、確かに俺が興味を唆られていた『全世界が泣いた!』系の感動映画だった。

「まあね。この映画が本当に涙を流すに値するかどうか、俺が見定めてやろうと思ってね」

「そう。動機としては私も似たようなものよ。映画を見て泣きたい気分だったの」

 ポスターを見つめながらそう言っていた雫は、チラリと俺の目を見て声を出す。

「一緒に見ない?」

「え?」

 まさかの展開。

 俺は彼女に、嫌われるまでは行かなくても好かれてはいないと思っていたから、意外も意外。

「別に俺は構わないけど……人と一緒に見た方が、感想も語り合えて楽しいし」

「じゃ、決まりね。チケット2枚買ってくるわ」

「あ、ああ……」

 格好こそ違えど立ち居振る舞いはいつもと変わらぬ水瀬雫だ。

 だらしなく見える素振りは一切なく、一定の歩幅とリズムで券売機まで向かっていった。

 チケット購入の手続きについても迷いも滞りも全くない様子だ。

 もちろんその程度のことは俺にもできるが、雫のスムーズな所作を見ていると彼女は何も間違うことがないのではないかという感情が湧いてくる。

 ぼーっと彼女の姿を見つめていても現実感がない。

 なぜ俺は水瀬さんと一緒に休日を過ごしているんだろうか。これは一種のデートなのではないか。あまり彼女を女性として意識したことはなかったけれど容姿はかなり綺麗だと言えるだろう。目鼻顔立ちが凛としていてカッコいいとすら思える。

「ねえ、聞いている?」

 なんて思考を矢継ぎ早に巡らせていたら、すでに雫はチケットの購入を終えてムスッとした顔で眼前に立っていた。

 片方のチケットを右手で差し出して、受け取れというように少しその手を揺らしている。

 恐る恐るチケットを受け取ると瞬時に手を引っ込めて背を向ける。

「さあ、行くわよ。意外と時間がないんだから」

「ああ……」


 とりあえずで普通サイズのポップコーンとコーラを購入して雫と合流する。

 彼女はどうやら飲み物だけ買って先に入場口の近くで待っているようだ。

「お待たせ! そろそろ入るかぁ」

「ええ。少し時間に余裕はあるわね」

 チケットを読み取り機にかざすと、そこにいた係の人は映画の小さなパンフレットをくれた。

 今回の映画の特典のようだ。

 そのパンフレットは表紙をチラッと一瞥してお尻のポケットにしまう。

「えっと、6番シアターは……5階だから、この上か」

 この映画館フロアは4階だ。

 なので4番シアターの奥にある、手前側に伸びた上階へのエスカレーターに雫に続いて乗り込む。

 僅か一段の段差しか離れてないとさすがに密着しすぎなので、一つ飛ばした位置に立つ。

 雫は先ほどのパンフレットを軽く開いて確認しているようだった。

 重大ネタバレが書いてあるわけではなく、映画内の登場人物の相関図など、概要が記載された薄い冊子だ。

「この中西って俳優、最近大人気よね」

「ん? ああ、俺でも知ってる。すげえイケメンだからな」

「演技も本当に上手いから、正当に評価されている印象ね」

 映画を観ようと提案されたこと自体もそうだが、雫とこうして雑談をしていること自体が何となく不思議な感覚がした。


 劇場内に入ると、人はまばらに座っている程度だった。

 まあ、人気映画ほど上映館数も回数も多いし客は分散するんだろうな、などと考えを巡らせていたら、前を歩いていた雫が急に立ち止まる。

 ギリギリ踏みとどまりぶつからずに済んだが思わず雫に対して文句を垂れる。

「おい、急に止まったらポップコーンをこぼすだろ!」

「悪いわね。席、ここだから」

 それにしたってそんなにピタっと立ち止まる必要はないだろう。まるでロボットのようなやつだ。こんなやつがこんな映画を見て泣くことなんてあるのか?

 と、失礼極まりないことを考えているところを見透かされたのか、雫は少し不満そうな表情をしてこちらを睨んでいた。

「さ、さあ、座ろうぜ。俺の方が奥だよな」

「私たちの席を交換する分にはあんまり問題ないけどね。だったら私が通路側にさせてもらうわ」

 二人分の席は通路に面した連番の席なので、俺が一つ奥のほうに座る。

 俺が席についた途端、劇場全体が暗転する。

「水瀬さん、携帯電話の電源はちゃんと切るんだぞ」

「あなたからマナーを教わるとは思わなかったわ」

 そうして予告編が上映され始める。

 間もなく本編が上映開始されるので、俺たちは黙った。

 チラッと雫の横顔に目をやる。暗闇で見ると彼女の顔は神秘的にすら思える美しさだ。

 思わず映画ではなくそちらに見惚れてしまいそうだ。

 まじまじと観察していると彼女に怪訝に思われてしまうだろう。俺はスクリーンに目線を戻し、映画を楽しむ姿勢に入った。


 実際に映画が上映され、それから1時間ほどが経過した頃。

 ふと雫の顔を見てみると彼女はハンカチを目に当てている。涙を流しているようだ。

 少し意外な感じはしたが、これといって特別なことではないだろう。

 俺自身も、涙腺が刺激される程度の感情を持てる内容の映画だとは感じている。

 人によっては感極まって涙が止まらないという人もいるだろうということは想像に難くない。


 それからさらに1時間が経ち、映画は感動のフィナーレを迎えた。

 泣ける映画ではあるが同時に爽やかなハッピーエンドでもあり、後味が非常にいいと感じた。

 素直に観て良かったなと思える映画だ。

 雫も泣いていたので、概ね同じような感想なのだろうなと感じていたところで照明が付いた。

「さ、終わったな。結構満足できたよ」

「ええ。私も泣いてスッキリできてよかったわ」

「そう……か」

 何か小さな違和感を覚えたが、その正体が何なのか分からないまま席を立つ。

 いつもと変わらぬ凛とした立ち姿で歩みを進める雫を見つめながら、俺もその後ろについていく。

 

 パンフレットなどグッズの販売所を通り過ぎ、帰りのエレベータに乗り込む。この回は人がまばらだったのでエレベータに乗り込んだのも自分たち二人だけだった。

 扉が閉まり二人きりになったタイミングで、気になったことを尋ねる。

「水瀬さんさ……今の映画、ほんとに楽しめたか?」

「え? 楽しめたわよ。私、何か変?」

「いや、正しく言うと……」

 俺が感じた違和感を正確に言葉として表現するとしたら。

「なんで、映画を見て嘘泣きなんかするんだ?」

 エレベータが目的地の1階に到着し、小さな加速度とともに静止する。

 雫は俺の言葉を聞いたあと僅かだがハッとした顔をし、まるで石像のようにピタッと動かなくなってしまった。

 エレベータの扉も開いて、ここから外に出なければならないのだが。

「えっと……とりあえず、行こうぜ」

「……ええ」

 呆然と立ち尽くしていたように思えた雫だったが、俺が語りかけると普段の彼女の立ち姿に戻っていた。

 

 俺たち二人は近場のカフェに入る。

 なぜだか水瀬雫は俺と話がしたいと言い出して、そのカフェへと引っ張って行ったのである。

 時刻は夕方に差し掛かろうという頃。

 店内はそう混んではおらず、手っ取り早く二人席を見つける。

 雫のアイスティと俺のカフェオレの注文をさっさと済ませて席に座った途端、何やら水瀬雫から重苦しい雰囲気を感じる気がする。何かまずいこと言っただろうか。

「ねえ」

「はい……!?」

 何を緊張しているのだ。俺は何も悪いことはしていない。

「どうして、嘘泣きだって思ったの?」

「ど、どうしてって……見りゃ分かるだろ」

「もっと詳細に教えてよ」

「詳細にってなぁ……あ、あれだ。顔色一つ変わってなかったからだよ!」

「ふーん……」

 そんな感嘆詞を口にする彼女の顔色は、何一つ変わっていない。

「まず一つ。確かに嘘泣きだと認めるわ」

「そ、そっか」

 認めるも何も、あれは嘘泣き以外の何物でもない気がするが。

「こうして話そうと思ったのは……そんな風に言って来たの、あなたが初めてだったから。気になったの」

「そうなのか? 他の奴、あんな涙に騙されてるんだな」

「……そういえば、私のことを人形のようだと形容する人もいたわね。あれも、私の涙に対する言葉だったのかもね」

「人形?」

 人形というよりは、ロボットのようだとは思ったりはするが。

 そこで雫はアイスティをストローで一口啜って、ため息を一つ。その後口を開く。

「心霊番組とかで、人形が涙を流すなーんていう下らない話があるでしょう?」

「く、下らないかな?」

 正直、その手の話は少し苦手なのだが。

「人形の表情は一切変わらないの。それなのに、涙を流す。だから不気味。それと同じことを言っていたんじゃないかしら」

「確かに不気味だ」

 言ってから失言をしてしまったように思ったが、彼女は特に何も言わない。彼女の表情はやはり変わらない。

 ムスッとした表情をすることはあるし、今だって少し不満そうにしているようには見える。

 しかしその感情が根本的に心の内から出ているようには見えないというか、あくまでシステマチックな所作、学習によって反応を覚えただけのAIのように思えてならない。

 そんなことを考えていたときに、今日ずっと感じていた一つの疑問を口にしようと思えた。

「……なあ、一つ聞いても良いか?」

「なんでもどうぞ」

「水瀬さんみたいなその……天才タイプというか、なんでもこなせちゃう委員長タイプの人間ってのは……俺みたいな奴のこと、嫌いじゃないのかなって思ってたんだ」

「あなたのことを私が嫌いって?」

 彼女は、そこで初めて苦笑や微笑みのようなものを見せたような気がした。

「嫌い何てことないわよ。むしろ――」

 その続きの言葉に男子としては少し期待してしまうが、それを知ってか知らずか雫は淡々と期待を裏切る。

「……むしろそんな風に自由奔放に生きられるのは羨ましい、と思うわ。素直にね」

「そ、そっか。でもさ、学級委員としては本当に面倒な存在だろ、俺って。自分勝手だし素行不良だし。それを嫌いにならないって凄いことだな」

 面倒をかけておいた身分で言うのもどうかと思ったが、素直に思うことだ。

「人間は根源的には自らの為に生きているのだから、好きなことをやって生きて行くことが何よりよ。他者へ貢献することが自分のやりたいことだったら、ボランティアでもすればいい。私は学級委員という皆の先頭に立って指揮を執る仕事が性に合ってると考えたからやっているだけ。あなたも、人の言うことを聞くのが自分の性に合わないと思うからやりたくない。これはカテゴリ的な問題であって、私個人があなたを嫌う理由にはなり得ないのよ」

 案外とよく喋るなという印象だけが残り、内容をあまり理解できなかった。

 つまるところ、役割の問題だろう。

「ま、プロフィールカードみたいな提出物に関しては別問題だけどね。私の仕事だから、私が卒業するまで言い続けるわよ」

「あ、あはは……」

 一口アイスティを口にした後、ほんの少しだけ顔を俯かせて雫は静かに呟く。

「それでも……本来私は、あなたのような人間は全く嫌いではないわね。むしろ親近感が湧くくらいよ。私が嫌なのは……自分勝手にさえ――」

 そこで彼女は言葉に詰まる。

「いえ、なんでもないの」

「……」

 水瀬雫は、案外俺に近い人間かも知れないと思った。

 根拠も理屈もない。ただ、ロボットやAIじゃない。違うところばかりでもない。同じ人間だと思ったのだ。

「なあ……じゃあ、もう一つだけいいか?」

「ええ」

「噓泣きをするのは、なんでだ?」

「……至極当然の疑問ね」

 少しだけ顎に指を当てて考えるような仕草をしたものの、回答にかかった時間は数秒だった。

「答えるわ。『泣きたかったから』よ」

「泣きたかった?」

「私は感動を誘う映画を毎週のように見に行って、その度に泣いている。『嘘泣き』しているのよ。隣に人なんかいなくてもね」

「へえ……」

「そういった作品に、心を動かされたい。その一心で、嘘泣きを続けているの。一度、心の底から泣いてみたいから」

「泣きたい……か」

「映画を見たあと、あなた聞いたわよね? 『映画を楽しめたか?』って。つまりそういうことよ。映画を見ても漫画を読んでも、何を聞いても何をされても。感情が動かないのよ。自分には心がないんじゃないかって思うくらいにね。だから、嘘泣きをして自分を誤魔化しているの」

 様々な創作。他人の経験。そして、自分に降りかかる出来事。

 それら全てに対して心を動かせない。

「でも私、食べることは好きなのよ。変よね」

 そこで彼女は、再び苦笑してみせた。

 この笑みも作り笑いだというのだろうか。いや――。

「君に心がないとは、俺は思わない。笑った顔とか、不満な顔とか……そういうのは嘘には見えないんだ」

「……そう、かな」

「そうさ。それに君は、俺とこうして話してくれる。俺を羨ましいとも言ってくれた。それって心があるってことなんじゃないかって思う」

 柄にもなく力説してしまったが、本当に思うことだ。

「赤坂くんって、表面だけ見たら最悪だけど……中身は私より優れているわね」

「そ、そうか?」

 褒められて有頂天になりそうになったが今のセリフを少し思い返すと。

「つか、表面が最悪ってなに!?」

「そのままの意味よ。あんまり見習いたい人種じゃないのは確かでしょ」

「言わせておけば……!」

「学校での態度を改めればこの発言も撤回するわ」

「くっ……それは俺のアイデンティティだ、改めるわけにはいかん!」

その日からというもの、水瀬雫は赤坂徹の友人になった。

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