第5話「放課後、距離感バグ発生中☆」
放課後の教室は、やけに静かだった。
窓から差し込む夕方の光が、机の上のノートをオレンジ色に染めている。
俺は一人、シャーペンを走らせながら問題集と向き合っていた。
「……ふぅ」
一問解き終えて、軽く息をつく。
この時間は嫌いじゃない。むしろ、落ち着く。
「ふっふっふ……見つけたのだぁ☆」
その静寂を破るように、背後から声がした。
振り返ると——
金髪ロングを揺らしながら、伊井野芽衣咲が立っていた。
「なんだ、その登場の仕方……」
「偶然通りかかったら、努力する者の気配を感じたのだぁ☆」
「そんな能力あったっけ……」
くすっと笑いながら、芽衣咲は俺の隣の席にちょこんと座る。
「ねぇねぇ、何してるのだぁ?」
「自習だけど」
「ほほぅ……知識の研鑽、というやつなのだな☆」
相変わらず大げさな言い回しだ。
「ここ、ちょっと分からないのだぁ」
そう言って、芽衣咲はノートをぐっとこちらに寄せてくる。
自然と、距離が近くなる。
「どれ……ああ、ここは——」
解説しようと顔を近づけた瞬間、ふわっと甘い香りがした。
「なるほどなのだぁ……つまり、こういうことか?」
「そうそう、それで合ってる」
「すごいのだぁ……やはり貴様、只者ではないのだな☆」
顔を上げると、芽衣咲と目が合った。
「……」
「……」
一瞬、空気が止まる。
赤い瞳が、じっとこちらを見つめている。
気づけば、さっきよりさらに距離が近い。
「……どうしたのだぁ?」
「いや、その……近くないか?」
「む?これくらい普通なのだぁ☆」
そう言いながら、芽衣咲は少しだけ身を寄せる。
「いや普通じゃ——」
ガラッ!!
「ちょっと何してるのよアンタたち!?」
勢いよくドアが開き、水吹和泉が現れた。
「距離近すぎでしょ!?ありえないんだけど!!」
「ち、違うこれは——」
「むぅ、和泉ではないか」
芽衣咲はひらひらと手を振る。
「勉学に励んでいただけなのだぁ☆」
「どこがよ!?どう見ても違うでしょ!!」
和泉はズカズカと歩み寄り、俺たちの間に割り込むように座る。
「ほら!離れなさいよっ!!」
「むぅ……仕方ないのだぁ」
しぶしぶ距離を取る芽衣咲。
和泉は一瞬こちらを見て——すぐに視線を逸らした。
「……ったく、油断も隙もないわね……///」
「で、何してたのよ?」
「自習してたところに、芽衣咲が来て質問してきて——」
「ふーん……ほんとにそれだけ?」
じーっと疑うような視線。
「アンタ、ちゃんと教えてただけなんでしょうね!?」
「いや、ちゃんと教えてたけど……」
「ならいいけど……別に心配してるわけじゃないんだからね……///」
「む、ツンが強いのだぁ☆」
「うるさいわね!!」
ぷいっと顔を逸らす和泉。
その仕草が、少しだけ分かりやすい。
「……まあいいわ。せっかくだし、私も混ざるわよ!」
「え?」
「一人より三人の方が効率いいでしょ!」
そう言って、ノートをバンっと広げる。
「ほら!教えなさいよ!アンタ教えるの得意なんでしょ!?」
「まあ、いいけど……」
さっきまでの静けさは、もうどこにもない。
「ふふっ、これは面白くなってきたのだぁ☆」
「遊びじゃないのよ!?ちゃんとやりなさいよね!」
三人でノートを囲む。
問題を解きながら、自然と会話が増えていく。
「……こういうのも、悪くないか」
小さく呟く。
「ん?何か言った?」
「別に」
「怪しいわね……///」
「気のせいなのだぁ☆」
夕焼けが、ゆっくりと教室を染めていく。
一人だったはずの時間が、いつの間にか三人になっていた。
——なんでもない放課後。
でも、少しだけ特別な時間。
そんな気がした。




