少しだけ近づく距離
数日後。
城下町の朝は、いつもより少し早く動き始めていた。
調律所の前には、すでに数人が並んでいる。
その列の中に――
銀髪の魔族の女性と年長の男の姿があった。
外套はいつも通り。
気配も抑えている。
だが前回とは違う。
今回は並んでいる。
女性が小さく言う。
「今日はちゃんと入るんだね」
男が静かに答える。
「観察だけでは限界がある」
「内部での確認が必要だ」
女性は少し楽しそうに笑う。
「うん、同感」
前に並んでいる町人の会話が聞こえる。
「昨日来たらさ、腰が軽くなってさ」
「分かる、あそこは本当に違う」
「無理に押されないのがいいんだよな」
女性はその言葉を聞きながら思う。
(“無理に押さない”)
(やっぱりそこが大事)
列が少しずつ進む。
やがて――
「次の方どうぞ」
扉が開く。
女性が一歩前に出る。
室内。
木の床の感触。
静かな空気。
前回よりも、はっきり分かる。
(……整ってる)
魔力が荒れない。
むしろ落ち着く。
ユウトが振り向く。
「いらっしゃいませ」
女性は軽く頷く。
「お願いします」
自然な流れで座る。
ユウトは軽く様子を見る。
「前も来られました?」
一瞬。
ほんのわずかに間ができる。
女性はすぐに答える。
「……少しだけ」
「体がまた硬くなってきたから」
ユウトは頷く。
「分かりました」
「前回と同じように整えていきますね」
女性は目を細める。
(覚えてる……?)
(いや、違う)
(状態を見て判断してる)
ユウトの手が肩に触れる。
軽く動かす。
「ここ、少し硬いですね」
女性の呼吸が少しだけ深くなる。
(やっぱり分かる)
無理に押さない。
だが確実に変わる。
ゆっくり。
少しずつ。
(……流れる)
魔力ではない。
だが確実に、魔脈が整う。
女性は小さく呟いた。
「……不思議」
ユウトが軽く笑う。
「よく言われます」
「でも体は、ちゃんと変わってますよ」
女性はその言葉を聞いて、少しだけ驚いた。
(ちゃんと分かってる)
施術が進む。
背中。
肩。
腕。
「ここも少し硬いですね」
「呼吸を止めないで」
女性は素直に従う。
(……楽)
(でもそれだけじゃない)
(安定する)
施術が終わる。
女性はゆっくり立ち上がった。
「……軽い」
ユウトは穏やかに言う。
「良かったです」
「間隔を空けすぎない方が楽になりますよ」
女性は少し考える。
「……また来てもいい?」
「もちろんです」
自然な返答。
それが逆に、女性には新鮮だった。
外。
日差しが少し強くなっている。
男が聞く。
「どうだった」
女性は少しだけ黙ってから言う。
「確信した」
男が視線を向ける。
「何を」
女性はゆっくり言う。
「この人」
「感覚じゃない」
「理解してる」
男は静かに頷く。
「私も同じ結論だ」
少し間。
女性は空を見上げる。
「……ね」
「なんだ」
「そろそろいいんじゃない?」
男がわずかに目を細める。
「接触か」
女性は笑う。
「うん」
「観察はもう十分」
そして静かに続ける。
「聞いてみたい」
「どうして分かるのか」
男は少し考える。
そして言った。
「慎重にいく」
「段階を踏む」
女性は頷く。
「うん」
そして振り返る。
調律所の扉。
その向こうにいる人間。
「……ユウト」
今度は、はっきりとその名前を口にした。
まだ知らないことの方が多い。
だが一つだけ確信している。
この人間は――
ただの人間ではない。
そしてその出会いは
もうすぐ
“観察”から“対話”へと変わろうとしていた。




