公開目前 ― 案内文と“湯の作法”が整う日
薬湯、サウナ、露天風呂。
調整と実験を重ねた新しい“癒しの場”は、いよいよ一般公開を見据えた段階へと進んでいた。
ただし――
最後に整えなくてはならないものが一つ。
「利用者への案内」
それは、文化として根づかせるために欠かせない“最初の道しるべ”だった。
調律所の一室。
机には羊皮紙とペン、そして試作中の案内札が並んでいる。
ユウトは深呼吸しながら言った。
「――よし。
今日は“湯の使い方”をまとめよう」
ミリアがこくりと頷く。
「ちゃんと順番を決めないと、危ないですし……
せっかくなら、気持ちよく使ってもらいたいですからね」
リュウは腕を組み、真面目な顔で言う。
「作法を整えるのは大事だ。
武の稽古と同じだな」
ユウトは笑った。
「そうそう。
“好き勝手どうぞ”だと、絶対に混乱が起きるからね」
ユウトは一行目を書き出す。
一.湯に浸かる前に、桶に湯を汲み、身体の汚れを軽く流すこと
「まずはこれだね」
ミリアが首をかしげる。
「どうしてですか?」
「お湯はみんなで入るものだから。
身体についた汚れを軽く落としてから入ったほうが、気持ちいいし清潔だからね」
医局の医師も後日これを見て、
「理にかなっていますね」
と絶賛することになる。
ユウトは続ける。
二.湯の中では走ったり、騒いだりしないこと
「転ぶからな」
リュウ即答。
さらに――
三.気分が悪くなったら、すぐに湯から出て休むこと
四.長く入りすぎないこと
「ここは医局の助言も取り入れて……」
ユウトは慎重に言葉を選ぶ。
「“身体が楽になる場所”だからこそ、無理は禁物ってね」
ミリアが手を挙げる。
「あの……男女で浴場が分かれていること、ちゃんと書かないとですよね」
「もちろん」
ユウトは一番問題になりそうな点へと筆を進めた。
以前は
神の絵を左右に描き分ける案
が上がっていたが――
「信仰と混同すると、分かりづらいって意見も出たんだよな」
「なら、シンプルな方がいい」
リュウの意見も踏まえ、
分かりやすい象徴絵が採用された。
男湯の入り口には――
剣と盾、農具の絵
女湯の入り口には――
花と織機の絵
「力と守り、そして日常を支える美しさ……
悪くないですね」
神殿側も納得のデザインだった。
五.剣と盾の印の浴場は、男性用
六.花と織機の印の浴場は、女性用
※日ごとに浴場は交替します。
いずれの絵も、神への敬意を込めて描かれています。
ミリアは嬉しそうに目を輝かせる。
「これなら、迷いませんね!」
そして最後に――
ユウトは静かに書いた。
七.湯の中で祈りたくなったときは、心の中で静かに祈りましょう
ミリアは小さく微笑む。
「声に出さなくても、想いは届きますよね」
リュウも頷く。
「湯は争う場所じゃない。
心を静める場所だ」
その文章は――
神殿側からも深く感謝されることになる。
清書された案内文は
木製の綺麗な板に彫り込まれ、入口へ掲げられる。
“癒しの湯・利用の心得”
訪れる人々が
自然と目を通し、
自然と守れるように――
柔らかく、しかし凛とした文面だった。
その夜。
完成間近の露天風呂を見下ろしながら、三人は柵越しに外を眺めていた。
「柵も高くしたし、見えないな」
リュウが安心したように言う。
「植樹もしたし、風情も出ましたね」
ミリアも嬉しそう。
ユウトは胸を撫で下ろす。
(……よかった
“丸見え露天問題”は、二度と起きないようにしよう)
あの日の大慌て事件は
我々だけの秘密である。
神殿の絵画も完成し、
医局の安全指針もまとまり、
鍛冶屋のサウナ一号機も改良が終わり。
王城の新しい“癒しの場”は――
ほぼ、完成していた。
ユウトは深く息を吸う。
(いよいよ――だな)
民の前に姿を見せる日が
静かに、しかし確実に近づいていた。
胸の奥が温かくなる。
(この国が、少しでも優しい場所になりますように)
そんな想いとともに――
夕焼けの空を、しばらく眺めていた。




