牢獄の先客
兵士たちに引きずられるようにして建物の奥へ進むと、空気が急に冷たくなった。
湿った石の匂い――地下だ。
きしむ鉄の扉が何重にもある。
そのたび響く「ギィィ……」という音が、心臓にまで沁みてくる。
「ここに入れておけ。魔女絡みかどうかは後で調べる」
そう言って俺は、暗闇に押し込まれた。
ドン、と背中に重い音。鉄扉が閉まる。
薄暗い牢の中。壁は苔むし、床は冷たく湿っている。
というか……臭い。なんとも言えない臭気だ。
今まで生きてきた中で嗅いだことのない臭いで気分も悪くなってくる。
「……最悪だ……なんでこうなるんだよ……」
半ば泣きそうになりながら目を慣らしていると、奥の方で何かが動いた気配がした。
「おい、新入りか?」
静かながらも、よく通る声。
「うわっ……びっくりした!」
声の主は、暗がりの中で壁に寄りかかって座っている青年だった。
黒髪を後ろでひとまとめにしている。
肌はやや浅黒く、体格は細いが、筋肉の綺麗なラインが浮いていた。
そして……目つきは鋭いのに、不思議とどこか優しさを感じる。
牢という状況なのに、まったく暗さを感じさせない雰囲気がある。
「いきなり驚かせて悪いな。俺はリュウ。……よろしく、新入りさん」
「よ、よろしく……ユウトです」
「ユウトか。面白い名前だな」
リュウは壁にもたれたまま、薄い笑みを浮かべた。
「で、お前は何をした?」
「いや、何も……ただ倒れていただけで……」
転生したことから説明すると、余計怪しまれる気がしたが――
この状況では説明する材料が他にない。
「実は……たぶん、異世界から……来たっぽいんです」
リュウは一瞬、目を丸くした。しかし。
「ふむ。そういうこともあるだろう」
「信じるの!?」
「いや、だってこの国は魔法も怪異もあるしな。
突然異界からやってくる奴がいても、不思議じゃないだろ」
そのあっさりした受け止め方に、逆に俺の方が驚く。
続いて、リュウは自身の身の上話を語りはじめた。
「俺は……暗殺ギルドの見習いだった」
「え。……暗殺?」
「ああ。他国の王や貴族を仕留める組織が昔からある。
俺はそこで、針を使った急所攻撃を学んでいた」
淡々としているが、内容は物騒すぎる。
「けどな……どうも俺は“人を殺す”って行為が向いてなかったらしい」
リュウは自嘲気味に笑った。
「最終試験の時だった。標的の寝室に忍び込み、針を心臓に刺すだけのはずだった……けど、どうにも手が震えてな」
「……殺せなかった?」
「ああ。結局逃げ出して、そのまま捕まった。
ギルドにも見放されて、今ここだ」
彼の言葉は清々しいほど正直で、嘘の匂いがまったくしない。
「根が優しいんだろうな。俺は。
暗殺者ってのは、“迷いのないやつ”が向いてる」
そう言うリュウの横顔は、どこか寂しげだった。
けれど――本質的に悪い人じゃない。
むしろ、誠実で、真っ直ぐに見える。
「でも……俺の異世界の話、疑わないんですか?」
「別に。俺もたいがい変な人生だし、お前が言うなら信じるさ」
笑いながらそう言われて、初めてこの世界での緊張がふっとほどけた気がした。
ここが牢獄でなければ、握手でもしたいくらいだ。




