【22】神の沈黙と魔女の笑み
「イレイナ、協力してくれて本当にありがとう」
リオが心から頭を下げると、イレイナはそっぽを向いて深いため息をつき、くるりと視線を戻して鋭くリオを睨みつけた。
「仕方ないでしょ!
あんた達がまたヘマをして、今度は警察無線で『キャデラック・エメラルド1967年型を発見次第、問答無用で連行しろ』なんて流れてたのを耳にしたって言うんだから!
――で? ちゃんと私が渡したナンバープレートに交換して、トランクの道具を隠してから運転手に預けたんでしょうね!?」
アーチボルトが即座に答える。
「勿論だ。道具ならここにある」
そう言って大きなズタ袋をドンと持ち上げた。
イレイナは冷たく鼻で笑う。
「……あんた、自分が原因だって分かってる?
未確認生物オタクを集めたあのくだらないチャットルームで、『セレニス・ベイにヴァンパイアが血液バーを経営しているらしい!』なんて与太話を真に受けたから、こんな事態になったんでしょうが!」
アーチボルトも負けじと声を張る。
「それがわしの仕事だ!
情報を集めて、本にする。それのどこが悪い!」
「人間っていいわねえ……馬鹿でも金儲けのネタさえあれば!」
イレイナは呆れ果てた声で吐き捨て、ビシッとアーチボルトを指差す。
「そんなこと言ってるんじゃない!
あんたのトイレットペーパー以下の本がベストセラーになろうがどうだっていい!
――問題は、何でノアとリオを誘ったかってことよ!
しかもリオの大学リーグのオフシーズンを狙って。
そうすれば絶対にリオはノアを誘う。
その結果、リオはスポンサーからのクラシックカーで悪目立ちしてセレニスにやって来る。
全部、あんたの計算通り!
しかも!
あんた、自分のピカピカの新車は節約癖で使わず、オンボロ車で移動して悪目立ち!
何か訂正することある?
あるなら言ってみなさいよ!」
イレイナの怒気に空気が震える。
アーチボルトは必死に肩で息をしながら声を絞り出す。
「計算じゃない!
取材も兼ねて……三人で休暇を楽しみたかったんだ! 最近会えてなかったから……!」
その緊張を切ったのは、ルシアンの低い声だった。
「イレイナ。
神は私に、ノアがセレニス州に入った瞬間、地球上の人間からノアとリオの記憶を消すよう命じた」
イレイナの視線が氷のように冷たく光る。
「――だから?」
「だから、とは?」
「だから!
なぜそんな命令を神が出したか、考えないのかってことよ!」
「私は神の命令に従うだけだ」
その瞬間、再び空気がビリビリと震え、イレイナが吐き捨てるように言う。
「これだから天使はイヤ!
馬鹿以上の間抜けで!
神の伝書鳩やってりゃいいんだから気楽よね!
神はノアの命を救う命令を出してる。
でもセレニス州では絶対にノアの命は脅かされないの。
それでも、人間からノアとリオの記憶を消させた……。
理由があると思わないの!?」
沈黙するルシアン。
そこへロクシーがぽつりと口を開く。
「……つまりセレニス州の特徴ってことだよね。
イーサン・クロフォードが無敵ってことじゃ……」
イレイナは高らかに笑い声を上げる。
「ホホホ! その通り! やっぱりあんたを雇って正解だったわ、ロクシー!
アーチボルト! ルシアン!! それに隠れてるつもりのルチアーノ! よく聞きなさい!
神は知っているのよ。イーサン・クロフォードとノアの運命を!
全知全能なんだから!」
観葉植物の陰からルチアーノが顔を出して叫ぶ。
「イーサン・クロフォードとノアの運命って何だよ!?」
だが次の瞬間、壁に叩きつけられて鼻血を噴き出した。
「イ、イレイナ……なに……」
「うるさい! その硫黄臭い香水をつけるなって何度言えば分かるのよ!」
「こ、この俺様が調合した……あだっ! 痛い! ごめんって!」
イレイナがパチンと指を鳴らすと、ルチアーノはその場で失神した。
ロクシーは吹き出しながら肩を揺らす。
「でもさ、神の御心はイレイナでも口にできないし。時間もないし、だよね?」
「そうよ」
イレイナは満足げに頷く。
「賢いあんたが、この馬鹿連中とつるんでるのが本当に謎だけど、その通り」
すると、アーチボルトが咳払いをして問いかけた。
「あの運転手は誰だ? 大丈夫なのか?」
イレイナは勝ち誇ったように笑う。
「彼は三十年以上前から私の秘書兼弟子よ。ダンスも上手で給料も弾んでる。
あんた達よりよっぽど信頼できるわ」
「でもどうやってキャデラックを運んで来たんだ?
警官がうようよしてる街中を?」
リオの問いをイレイナはバッサリ切り捨てる。
「筋肉しか取り柄がない考え方ね。
パトロール警官に止められたら、免許証を見せてこう言うのよ。
『主人がクラシックカーマニアでやっと見つけたんです』って。
それでも引き下がらなかったら? 私の通り名と登録証を見せるの。もちろん完璧な偽造だけどね。
――そして住所を見れば納得するわ。ここは州のトップしか住まない通りなんだから」
アーチボルトが渋面で尋ねる。
「それでキャデラックはどこに隠した?」
「はあ……」イレイナは深くため息をつく。
「少しはベストセラー作家らしい発言をしなさいよ。
車を隠すならガレージに決まってるでしょ!」
「でも、もし警察が来たら……!」
リオの焦りに、イレイナが面倒くさそうに返す。
「もう解体してあるわよ。
今頃、部品を積んだトラックがワシントンD.C.へ向かってる」
「解体!?」
リオとアーチボルトとロクシーの声が重なる。
イレイナは赤ワインを一口含み、三人を見回す。
「考えてみなさい。
中身が見えない車両運搬車を警察が見逃すわけないでしょ。
でも解体してしまえば? 食品運搬車にだって積めるのよ。
ノアを取り戻してD.C.に帰ったら、ゆっくり組み立てればいい。
秘書がガレージに入れておくわ」
すると、リオが小さく呟いた。
「……でも、ここでの足がなくなる」
イレイナは立ち上がり、拳を震わせる。
「リオ! あんたも筋金入りの馬鹿ね!
キャデラックは乗れない、それが前提でしょうが!
あーもう! 馬鹿が移りそう!
車を一台あげるから二度とこの屋敷に来ないで!」
「えっ……車をくれるの?」
驚愕するリオに、イレイナは鼻を鳴らす。
「そうよ。警察が絶対に怪しまないポルシェを、ね。
返さなくていい。邪魔になったら売ればいいわ。
それと、市内の五つ星ホテルのペントハウスを一ヶ月前払いで貸し切っておいたから!
はい、これがキー!」
ジャラリと音を立てて、車とホテルのキーがテーブルに叩きつけられる。
「……イレイナ! 何から何までありがとう!
イレイナって本当は優しいんだね!」
緑の瞳を潤ませるリオに、イレイナは素っ気なく返す。
「はいはい。礼なんていいからさっさと出てって。
車は玄関の噴水前にある。
あんた達が出て行ったら魔術が発動して、天使も悪魔も二度と入れないわ。
だから、もう絶対に来ないで!」
「分かった! 本当にありがとう!」
リオは笑顔で仲間たちを振り返る。
アーチボルトも安堵して微笑みを浮かべ、
「お邪魔のようだ、退散しよう。
ありがとう、イレイナ。元気で」
と言って扉に手をかけた。
だが、イレイナが「待って」と呼び止める。
四人が振り返ると、イレイナはにっこり笑って扉の前に立った。
「言い忘れたわ。
玄関に車椅子を置いてあるの。チタンフレームの最高級品よ。記念に持って行きなさい。役に立つから。
じゃっ!」
バタン、と派手に扉が閉められ、四人は廊下に放り出された。
ぽかんと互いの顔を見合わせる。
「……車椅子? なんで?」
ここまでお読み下さり、ありがとうございます(^^)
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