【15】科学捜査が暴く、馬鹿の集まりの矛盾
「イーサン。
あの滅菌室の入口で身元確認をしていた制服警官に、また話を聞いたんだって?
何かあったのか?」
S.A.G.E.のラボに、ベックが飛び込んで来る。
「ああ、一つ気になる点があってな。
病院には行ったか?」
ベックは大型画面に映されたアーチボルト・サーストンとロクシー・フーバーの情報を見ながら訊く。
「ああ、行ってきた。
健康そのものだってさ。
それで?」
「『リオ・ゴードン』は社会保障番号を覚えていたが、制服警官が検索を掛けたが何も出なかった」
ベックが「ああ」と頷く。
「だが、スザンナ・ジャクソンは違う。
彼女は全ての記録を消されていたが、番号を覚えていたお陰で社会保障番号だけはヒットした。
そして両親に連絡も出来た。
社会保障番号は、免許証や警察の記録を消すのとは桁違いに難しい。
なにしろ社会保障番号が無ければアメリカでは生きていけない。
そんな重要なものを消すのは、どんな凄腕のハッカーでも容易ではないだろう」
ベックが腕を組み「確かに!」と頷く。
「多分、犯人達はスザンナを生かしてクラブから出すつもりは無かった。
遺体を始末しそこなった時に身元が割れなければいいと考えたから、あえて社会保障番号までは消さなかった。
ところが『リオ・ゴードン』は違う。
彼の社会保障番号はヒットしなかった。
なぜだ?
あんなに几帳面な犯人が、『リオ・ゴードン』だけにミスをしたとは考えにくい」
イーサンの言葉に、ベックが腕を組んだまま、画面のロクシーとアーチボルトを睨む。
「そう言えば…ロクシー・フーバーはコンピューター技術者だったな!」
「そうだ。
マスコミには“被害者の身分を証明する物は何も出なかった”としか発表していない。
ノアの件については、ごく限られた人間しか知らない。
そこでだ。
フーバーはマスコミ報道を鵜呑みにし、『リオ・ゴードン』の社会保障番号を確認。
データが残っているのを“犯人のミス”と判断し、消去したか…あるいは存在しない番号を調べて『リオ・ゴードン』に教えたのかもしれない」
「有り得るな!」
ベックがロクシーの映像に歩み寄る。
イーサンが続ける。
「それに二人は周到に準備していたはずだ。
『リオ・ゴードン』がいつ退院出来るか分からない。
きっと二人の予想よりも早く退院許可が下りた。
計画は立てていただろうが、警察がどこまで情報を掴んでいるか分からない以上、連絡があるまで自分達のIDを整えて待機していた。
そこに『リオ・ゴードン』から“退院できる、事情聴取もある”と連絡が来た。
サーストンとフーバーはすぐに病院へ駆け付けた。
彼らは事前に、入室チェックがあることを『リオ・ゴードン』から知らされていたから、堂々と偽IDで滅菌室に入れたんだ。
だが、一つだけ誤算があった」
ベックが自信満々に口を挟む。
「指紋確認だな!」
イーサンはニヤリと笑う。
「そうだ。
今のところ、検索に掛ければロクシー・フーバーとアーチボルト・サーストンのデータは出る。
だが制服警官は“完璧すぎる”と言った。
目の前の人物の印象とズレている、と。
俺も同感だ。
二人には駐車違反すら無い。
つまり登録されている指紋は、仕事のために残した最低限のもの。
そこで、考えた。
彼らは普段から身分証偽造や情報操作を繰り返しているんじゃないか、と。
例えば苗字だけを変えて、職業に関わる名義を全て偽名にする。
コンピューター技術者のフーバーにとっては容易なことだ。
しかも、病み上がりの『リオ・ゴードン』が思わず本名を呼んでも怪しまれないように、苗字だけを変えたのかもしれない。
だが、指紋を残したのは大きな痛手だ。
これからどんな情報をもたらすか、期待しよう」
「指紋と言えば『リオ・ゴードン』の指紋も出たんだろ?
ベッド周りから山ほど出たとバレスが呆れてた。
警察を欺くほど情報操作が出来るのに、指紋をベタベタ残すなんて矛盾してるよな」
イーサンが冷ややかに笑う。
「そうだ。
馬鹿の集まりとしか言えない。
しかも病人を危険に晒してまで逃げた。
それは“逃げなければならない理由”があるからだ。
血を抜いた犯人の情報も、奴らが握っているはず。
絶対に逃がしはしない」
ベックも真ん丸な瞳をギラつかせる。
「おう!逃がすもんか!」
そして声を落とした。
「ノアと『リオ・ゴードン』のDNA鑑定は、どうだった?」
玄関を開けると、ぱっと笑顔のノアが現れた。
「お帰り!」
その笑顔に、イーサンの肩から力が抜ける。
「遅くなって、済まない」
「今日は大変な一日だったんだから、謝ることないってば!」
むっと膨れた頬を見て、イーサンは思わず笑った。
「ありがとう。まずはシャワーを浴びてくる」
「そしたら一緒に夕飯食べよう!」
「……まだ食べていないのか?」
「だ、だってさ……一人で食べたくなかったし……イーサンが心配で……」
「ノア……」
胸の奥が、静かに熱を帯びる。
けれどそれを表に出さず、ただ穏やかに頷いた。
「すぐ戻る」
「うん、待ってる!」
その声に、あの屋上の夜がよみがえる。
あの時と同じ、手のぬくもりが確かにそこにあった。
――この手は、もう離さない。
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