【12】滅菌室の矛盾爆発
その制服警官は、まず「怪しいと思ったんです」と言って話し始めた。
「髭のある年配の男は“大男の親代わり”だと名乗りました。
黒髪の女は“友達”だと。
それでIDを提示するよう求めたら、二人は差し出しました。
検索の結果、年配の男はアーチボルド・サーストン。
黒髪の女はロクシー・フーバー。
職業は、サーストンが引退した教師、フーバーはフリーのコンピューター技術者。
そこで指紋スキャンを求めたら、サーストンがあからさまに嫌な顔をして、『照合してどうするつもりだ』と怒り出したんです。
フーバーも『IDを確認したのに、これ以上何を?』と不満そうでした。
私は説明しました。
『犯人はコンピューターに精通していて、被害者や関係者のデータに細工をしている可能性がある。
指紋からも潔白を証明できなければ、滅菌室には入れられない。他の家族も同じ手順だ』と。
すると二人は渋々スキャンに応じました。結果は犯罪歴なし。
ただ、荷物検査をした際──サーストンの荷物は被害者の私服だけでしたが、フーバーの荷物には紫色の布に赤い刺繍が入った巾着袋が二つ。
女性の拳ほどの大きさで、口を金色の紐で縛ってありました。
『これは何だ』と訊くと、フーバーは『ポプリ』だと答えました。
一つはお見舞い用、もう一つは自分用だと。
そして二人は滅菌室に入りました。直後に破裂音が二度して、視界が真っ白になり……。
私はベック巡査部長の命令に従いました」
「そのポプリの匂いを嗅いだか?」
イーサンの問いに、制服警官は即座に首を振る。
「いいえ」
「じゃあ質問を変えよう。そのバッグから異臭は?」
「いいえ。ただ……ポプリにしては無臭でした」
「……そうか。じゃあ、二人を怪しいと思った理由は?」
「データは事実と確認できましたが……完璧すぎたんです。
目の前の二人の印象と噛み合わない。証拠はありませんが」
イーサンは口元だけで笑った。
「優秀だ。被害者の警備に戻れ」
そう言うと、ベックにも視線を向ける。
「お前は医者に診てもらってから戻れ」
短く言い残し、イーサンは病院の方へと歩き出した。
「ヴィヴィアン、酷い現場だったわね。あなたランチどうした?」
指紋分析ラボに入って来るカリスタに向かって、ヴィヴィアンが軽く笑う。
「食べられなかったわ。チョコバーでも、あの臭いが蘇っちゃって」
「ホント!早くシャワー浴びたい!
それで──あのポプリの袋と、口を縛っていた紐から指紋は出た?」
ヴィヴィアンが残念そうに首を横に振る。
「紫色の袋は粉々で……残った部分で一番大きいものでも、紐で縛ったと思える上部が小指の先ほどだけ。指紋らしき模様はあったけど、指紋と呼べるものではなかったわ」
「紐からは?」
「紐は細かく撚られていて、更に編まれていた。
DNAもヒットなし。ただ、染色体はXX。女性ね。それ以上は無理!」
カリスタがクスッと笑う。
「だけど、あなたはウサギの骨から指紋を見つけた。
知ってるのよ。クイズでもするつもり?」
ヴィヴィアンも笑い出す。
「そう。DNA鑑定によると、あの床に散乱していた骨はウサギの物だった。
人差し指の指紋がバッチリ撮れたわ。でもヒットなし」
「そうなのね……」
「それから──制服警官が“リオ・ゴードン”の着替えを見たと言ってたでしょ?
それで思い出したと連絡をくれたの。一流ブランド品ばかりだったって。
それで“リオ・ゴードン”の体格からして、オーダーメイドじゃないかって考えた。だから公表されていない富裕層から有名人まで検索に掛けたけど、ヒットなし!」
カリスタが目を見開く。
「ちょっと待って!
“リオ・ゴードン”は観光に来たんでしょ?
もしそんなにお金持ちなら、モーテルなんか泊まらないはず。ホテルの記録も無いの?」
「それが、無いの。普通ならペントハウスを貸し切るような人間が居なくなれば、ホテルから警察に連絡が入る。
それに“リオ・ゴードン”の肌は白い。スポーツマンみたいな印象もあったけど……。
ロクシー・フーバーに至っては蝋みたいに真っ白な肌だったそうよ。アーチボルド・サーストンも、日焼けの跡は全く無かったらしいわ。
セレニス・ベイ観光が目的じゃなさそうね」
「バレスとマドックスから床の痕跡と空気の分析、聞いた?」
ヴィヴィアンがファイルを手にして、「マドックスが持って来た時、あなたに見せようと預かってたの」と言い、カリスタに手渡す。
カリスタがファイルを見て「何なの……」と呟く。
「床に落ちていたのは、塩、粉砕されたウサギの骨、ウサギの足の骨四本、ウサギの血、数種類の薬草、不明の鉱物。鉱物以外は全て乾燥していて、骨も鉱物も粉末状だった。空気も同じ。
……紫色の巾着袋は破裂したのよね?
それなのに、起爆装置の欠片や煤は出なかったの?」
ヴィヴィアンが重々しく頷く。
「そう。袋の中には科学物質も、起爆装置も無かった。破裂自体がおかしいし、あの規模の爆発にしては袋が小さすぎる。
それに、あんなに細かい粉末を紐で結んでも零れるはず。チーフが爆弾処理班と調べても答えは出なかったの」
カリスタが険しい声で言う。
「塩と薬草とウサギの血と骨、不明の鉱物で作られた爆弾……これはただ事じゃないわ」
「ええ、そうね。必ず“リオ・ゴードン”を見つけ出して逮捕しましょう!罪状はいくらでもある」
カリスタとヴィヴィアンは目を合わせ、決意を込めて頷いた。
テレビのリモコンが、豪華なペルシア絨毯に叩きつけられる。
「なんてこと……!リオ、何をしてくれたの!
いいえ、筋肉しか取り柄のないリオだけじゃない……あの馬鹿どもまで!」
イレイナは怒りで全身を震わせながら、様々な“物”が入ったボウル皿に手をかざす。
低くまじないを唱えると、その姿は掻き消え、地獄の王の間へと現れた。
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