第17話 タキオン粒子
ロシア東部とは言っても、現在はシベリア共和国である。所謂大国と云われる国々はどれも割れてしまい、それなりに大きな影響力は持ったままだが、かつての勢いを失い、国連の影響力が強まる要因となっている。ロシア連邦もヨーロッパ側とアジア側で別れてしまった。東西の貧富の差などの不満が爆発し、シベリアはロシアから独立した。化石燃料などエネルギー資源はアジア側に集中しており、当然モスクワ中心のヨーロッパ側の現在のロシア共和国は、国を分けることを渋ったが。シベリア軍管区の軍備を全てシベリア共和国に譲っても、核兵器などの重要な物、特に大陸間弾道ミサイル(ICBM)は西部の地下基地だ。太平洋艦隊などは極東から引き揚げてしまえば良い。さらには、シベリア鉄道の経営利権もロシア側が掌握した。
ロシア人にとってクリミア併合強硬でのG8の参加資格の停止以来の屈辱と捉えられてはいるが、このシベリア独立は戦争にはならなかった。過去のウクライナ侵攻では、少数民族が住む地方から集中的に兵員が動員され、高い戦死率が報告されていたからだ。ロシア連邦の人口の多くを占める東スラヴ系ロシア人は、自分自身では戦わない。そしてシベリア側の少数民族だって戦争は望まない。
その現在はロシア共和国、シベリア共和国と別れた二国の東側にタキオン粒子が急激に増加している反応があったのだ。どういうことかと言えば、考えられるのはDSドライブの影響だ。恒星間移動、瞬間移動のために行う亜空間飛行は時空の壁を越える。タキオンは、常に高速を超えて移動すると仮定される素粒子。実在しないとも考えられる暗黒物質。通常の物質とは違い、エネルギーを得ると減速するという特性。減速している状態なので観測された。何者かが地球惑星上にDSアウト、つまり亜空間飛行から出て来るということだろう。
「まさか地上にDSアウトしてくるなんて考えられない!」
「常識に囚われるんじゃありません。地球を滅ぼそうって奴等ですよ!」
「すぐに迎撃だ!」
「分かりました。カンギテンを浮上させます。」
須賀近海の海底にいた賢太郎、桜子は大慌て。兵衛だけは落ち着いて指示を出す。しかし、それを与志江が遮る。
「お父さん!燈華が帰ってませんよ。」
「ええい、こんな時に!」
「部活に行ってますよ。道場に。」
「おう、そうじゃった。個人戦は優勝したから関東大会に出るんだったな。」
「どうしますか?」
「与志江、迎えに行ってこい。ソルバルウでスサノオを積んで出発。隣のグラウンドで燈華を拾ってスサノオに押し込んで来るんだ。」
「とりあえず、爺様たちの三機のライコーと賢太郎のタケルでなんとかなりますでしょ。」
桜子も三爺も普段通りに飄々としても戦意は満々だった。
「おいおい、俺達の仕事に定年はないのかあ?」
「長さんは再雇用だってよー。」
「基本給は下がるけど生涯現役ですってよー。働きなさーい。」
この異常事態は、当然キルギスのトロンベコフ家でも承知していた。キルギス共和国も昔はソビエト連邦の一部であり、キルギス人はロシア人に対しては複雑な感情を持っている事が多い。何にしても地球上で軍事力2位の国でありセレンとしては警戒対象だった。偵察ユニットを複数送り込んでいたので、ロシア、シベリアの情報は細かくチェックされる。他の大国もだが。
「こ、これは大変だ!」
「何事です?」
「地上で時空振だ!DSアウトして来るぞ。」
「そ、そんな非常識な!」
「バイレットだ! 奴等に常識が通じるものか! 侵略者 だぞ。」
チベット上空あたりにいたヤマサチヒコのブリッジでは困惑が広がった。テミルベックは艦載機の格納庫に走る。
「シベリア上空にある偵察ユニットからの情報をまとめておいてくれ。俺はタケルで備えてる! アイヌーラも急げよ。スサノオも出番があるかもしれん。」
キルギスのトロンベコフ家が管理運用するヤマサチヒコにもタケル、スサノオの色違いの三号機が積んである。総合性能に優れたタケルを一家の家長であるテミルベック、近接戦闘に特化したスサノオを長女アイヌーラがパイロットを務めていた。
そしてテミルベックがパイロットスーツを着込んだときには、シベリアでの観測データが解析され、予想通りではあったが、タキオン粒子が観測された。タキオン粒子とは理論上は存在するという仮想の物質。常に超光速で運動し、エネルギーを失うほど加速する。宇宙空間で超光速での移動に必要なもの。亜空間内を光速よりも速い速度で進むために要る。
このタキオン粒子があるのは、DSドライブ(亜空間航行)が行われているということだろう。そのDSドライブの亜空間の出入口の出現場所が地上なのである。通常、DSドライブは真空の宇宙空間でしか行われない。地上に出現したらどうなるか? そして、このような滅茶苦茶な事をするのは、バイレットしか思い当たらなかった。
その同じ頃、スチュワート基地でも異変に気付く者が出始めた。とはいえ、違う異変だが。
「な、なあ、妙に涼しくねえか?」
「私語は止めとけよ。見つかったら大目玉を喰う。」
「いや、この時期だ。七月だぜ。普通なら摂氏30度超えるぜ。」
「そういやあ。むしろ肌寒いくらいだ。」
「何かおかしいだろ?」
「司令部に問い合わせてみよう。」
ユーモレスクの周辺で気温が低下していた。周辺で、とは正確ではない。ユーモレスクに近付くほど、気温が下がっているようだ。
そのうちに司令部からサーモグラフを取りに来いと連絡があり、ユーモレスク周辺の温度分布データを集めた結果、奇妙な事が分かった。自称宇宙人というクルズのエイリアンクラフト・ユーモレスクの表面温度が極端に低い。それだけではなく、その周辺の気温までハッキリと下がっている。司令部はエイリアンクラフトが持つ大気の摩擦熱を抑えるための冷却システムであると予想した。
ブロンドの長髪、還暦近いが若く見える国連事務総長ジョン・ボビーにジェイムとクロウは、再び自身らの立場と地球を訪ねた理由を説明した。その隙に基地司令のデラーズ大佐は席を立ち、司令部からユーモレスクの温度に関するデータ、おそらく優れた冷却システムであるとの報告を受けた。デラーズはほくそ笑む。そのクルズの技術を戴いてしまおうと考えたのだ。
「宇宙人2匹か。人質に丁度良いではないか。ついでに事務総長の身柄もな。失敗は許されんぞ! 」
クルズの代表であるジェイムとその秘書クロウ、そして国連の事務総長たちの会見の現場の壁一枚を隔てた四方八方にデラーズに命じられた軍人たちが配置され、小銃や催涙弾・閃光弾を準備している。
しかし、クロウが持つスマホのような物、PDA端末機からイヤホンの音声、眼鏡に投影された画像情報で、クルズの二人には兵に囲まれていることは分かっていた。ジェイムがベルトのバックルに手を掛け、クロウが鞄の取っ手を掴もうとしているときに、バタバタと大きな足音をたてて応接室に駆け込んで来る国連職員がいた。
「失礼します。事務総長。大変なことが起こっています! シベリアで大きな地震です。深度7クラス! 地震だけでなく、突風も起こっているようです!」
応接室のテレビが点き画面に緊急ニュースが映し出された。一般人がスマートフォンで撮影しスターリンクなどの衛星通信により送られた情報だ。撮影した地元民はパニックになり映像はブレて乱れて正視できない。それでも足下は物凄い揺れで、建造物が崩れていくのは見て取れた。音声はないが、半狂乱で悲鳴をあげているだろう。ニュースキャスターも必死にシベリアの中央部の映像であると伝えているが、上ずった声で、まるっきり落ち着きがない。
応接室の壁の向こうで取り囲む兵士らの動きが止まったようで、ジェイム、クロウの二人は助かったと思ったが、安心はできない。クロウはユーモレスクに連絡。ジャイムは、ジョン・ボビーに向かって言った。
「地球は狙われている! こういう事だ! これは我々の母星をも襲った異星人だ。バイレットの攻撃に相違ない! 」




