第11話 北米へ
燈華と賢太郎はクルズが地球に送った偵察ポッドを回収し、カンギテンに帰投した。カンギテンの甲板上にクルズの偵察ポッドとバイレットのメカニカルビースト・ギギャントの部品を固定し、賢太郎はあらゆる検査・調査を開始する。
「ああ。お帰り。ご苦労さんだったね。」
「ただいま、ばあちゃん。お腹減った。なんかない? 」
桜子は大きな包みが置いてあるテーブルを指差した。贈答品の銘菓だ。
「鶴屋千年堂の『ナバナ』があるよ。お菓子のホームランキング。一人で全部食べちゃ駄目ですよ。」
「えー、好物なのに。」
「だから、箱で買っといたでしょ。賢太郎も爺ちゃんたちも食べるのよ。」
「へいへーい。」
「賢太郎も爺ちゃんたちも今も働いてるのよ。それから曾良もこっちに向かってるから。じきに到着しますよ。」
「あー。分け前が減るわ。先に食べちゃおうか。」
「いいかげんにおし。父ちゃんに言いつけるよ。」
「そりゃないよ。父ちゃん怖いんだから。」
色違いのモノノフ三式スサノオがクルズの偵察ユニットの一つを抱えてやってきた。赤い1号機は燈華が乗るが、黒い2号機は曾良の乗機。武装の仕様が違う。燈華と賢太郎が回収した偵察ユニットとは別の個体を回収し持ち込んだのだった。
「いよお、賢太郎兄さん。ちょいと太ったんじゃねえの?」
「あいかわらずだな、曾良。受験勉強は捗ってるかい?」
「夏期講習始まるタイミングだったけどねえ。それどころじゃねえじゃん。
兵衛爺ちゃんの会話はこっちでもモニターしてるけど、奴等が来てるらしいじゃないか。此処であったが百年目ってヤツ。実際は500年だ。」
「ああ。いよいよ始まるかもしれないな。うちのお袋がキルギスのヤマサチヒコにも連絡してる。テミル叔父さんとアイヌーラも合流予定だってさ。他の皆も。一族が集合して、総会だ。」
一族とは、セレンの血を引いた子孫たち。セレンと地球人の混血児の勢力。先祖たちの無念を晴らすため、また第二の故郷である地球と地球人を護るためにセレン人の科学技術を保持、発展させて、自らは目立たないように暮らしてきた人々だ。
そして、その指導者、長老の兵衛は強い味方を得ようとしていた。クルズの実権を握る王族、王位継承権上位のジェイム・フラド・ギーバとの長い会談を続け、両勢力の母星を襲撃したバイレットが地球を目指しているとの見解で一致し、協力の約束を取り付けた。
クルズとセレンでは、思想の違いもあった。クルズのジェイム・フラド・ギーバは、地球人も巻き込み共に戦いに参加してほしいと考えていた。一方でセレンとしては、地球
はあくまでも護らなければならないと。地球の科学技術ではバイレットに太刀打ちできない。宇宙開発はまだまだ未開で宇宙戦争などできはしないとの見方だ。
「地球人を説得しますよ。一緒にバイレットを討つ。」
地球人は一枚岩ではない。二百余りの国に分かれ、志はバラバラ。大まかに分けても資本主義か共産主義、大雑把に言って東西に分かれている。国連という組織はあるが、所詮第二次世界大戦の戦勝国の集まりだ。それも大国で覇権争いをしている。新興国でもそれぞれの思惑が闇に渦巻いている。
「では、軍事協定のようなものは、追々話しましょう。バイレットの科学技術や軍事力も計り知れない。今の我々で対抗できるものか。」
この兵衛の言葉は、自信のあり無しが半ば混ざり合うものだった。一つは、500年前の先祖たちが見つけたバイレットの弱点、メカニカルビーストの装甲材がタルケンシールドに弱いという事だ。さらには、そのタルケンシールドを発展させたアギュラシールド、またはアギュラフェンスという兵装を完成させた。通常の兵器で成果が上がらず、本来は守備の装備のタルケンシールドを利用した特攻での反攻を行った先祖たちの無念を晴らせるかもしれない。一方で、500年の間にバイレットも新しい技術を開発しているかもしれない。もとより戦力規模の差が大きいかもしれない。
クルズは、地球人に接触してみると言う。もとより地球人にバイレットの存在を知らせに来たのだ。
セレン、兵衛はクルズを見守ることとし、セレン単独の勢力でのバイレット迎撃の体勢を整える決意をし、地上に戻ることを決めた。地球に戻ったらクルズの行動を見守りつつ一族の総会を開く。セレン人の子孫たちが集まり、対バイレット抗戦を決起するだろう。
クルズの代表ジェイム、スメタナとセレンの長老兵衛の会談は終わり、両陣営は地球の地表を目指す。クルズは、兵衛からの情報でニューヨークの国連本部。セレンは相模湾沖の地下の宇宙船ドック。
クルズの宇宙船ユーモレスクは艦載機を収容してすぐに北半球、北米大陸の直上へ移動し大気圏に突入した。それを見送りセレンの勢力も撤収したが、AIのジェイスンが奇妙な観測データを報告した。移動したかと思えば、すぐさまに大気圏突入。すでに軌道計算を済ませていたのだろうか。そしてもう一点疑問が。ユーモレスクの艦体の表面温度が全く上がっていないのだ。
質量の小さな物ならば、大気との摩擦で燃え尽きるはず。そのために多くの宇宙船は耐熱材などに覆われた船体を滑らかに加工し、突入角度や速度、着地または着水点など細心の注意を払う。あまりに無造作に大気圏突入を敢行したように見える。しかも速度も非常識なほど高い。船体表面の温度を上げないための技術があるというのか?特別な冷却技術が?
セレンには亜空間航行の為のタルケンシールドを応用した防御幕での艦体保護で突破する方法がある。だが、クルズには何かかわった手段を用いた様子はない。ドヴォルザークがバイレットの先行部隊を攻撃した武装にしても、セレンでも考えられない優れた科学技術があるのだろう。
兵衛はクルズの科学技術の是非欲しいと思った。
「梅雀さん。与志江。しっかり観測データを集めておいてくれ。あれは宝の山だ。」
「心得ましたよー。単純な熱変換でもないのかいな。」
「お父さん、月面にもサポート頼みますよ。」
月の裏側には、セレンの研究開発施設がある。月にはチタンなどの貴重な資源があり、それを使ってのバイレットに対抗するための新兵器や設備の開発を行っており、セレン人の技術者たちが滞在している。AIのジェイスンもその本体のサーバーはこの月の裏側の施設にある。
兵衛、与志江、ライコーの三爺、月の技術者たちが注目する中、クルズの宇宙船ユーモレスクは北アメリカ上空を目指し大気圏に飛び込んでいった。ユーモレスクの外装材は、大気との摩擦熱で赤化などはしない。何事もない様に、グライダーが滑空するかのごとく滑らかに進んで行く。
「500年前に滅んだはずのセレン人が生きていたんですね。しかも味方になるかもしれない。」
「楽観的にはなれないが、共通の敵を持っているのは確かだな。ただ、平和を重んじる穏やかな民族だとは聞いている。戦闘になっても頼りにはできないな。後で技術協力を求めて協議してみよう。それよりも、まずは地球人だ。おそらく異星人との接触は、これまでないはずだからな。」
アークは、渡りに船だと喜びを隠さなかった。それを楽観的であると軽く窘めるジェイム。王族同士での会話を乗組員は黙って聴いている。それぞれ思う事はあるはずだ。
しかし、この地上への降下は大国、先進各国の軍や諜報機関などが注目し、騒動の元凶となるのだった。ユーモレスクの乗組員たちは、この先何があるか分からず、それなりの覚悟もしてはいたが、想定外の経験をすることになるのだった。