参 ーー “力”の先にあるもの ーー (7)
横田を消すことですべてが終わりとなるのか。尾崎はどう思っているのか。確かに横田は欲から“力”を求めていました。尾崎とは考えが違っています。だからこそ、消すことと殺すことは同じだと指摘された尾崎はどんな行動を取るのか。よろしくお願いします。
9
左目がまだ痛み、空を見上げても左半分が霞む、奇妙な空が広がっていた。続けて人を消した影響が、翌日になっても続いていた。
学校の屋上。夕刻の時間に尾崎は眺めた。
今朝、日常は非日常として時間が流れていた。クラスの中に、杉浦の存在を消したままで。
ただ、尾崎はもう一人、消したような気になっていた。
誰もが、生徒が消えたことに気づいていなかった。彼の机もなければ、担任が出席を取るときに、杉浦の名前を呼ばなかった。
そして、誰かもう一人。
「なんか、疲れたな」
「何も覚えていないよね」
鉄柵に凭れて座っていた矢島が、体を丸めて呟くと、隣で胡座を組んでいた尾崎は左手を眺めた。
「誰かを消したんだよな、多分。それは杉浦と野村を助けるためだったように思うんだけど。まぁ、消したのは僕だけど」
誰かを消した自覚はあるのだけど、誰を消したのか、なぜ昨日病院にいたのかが分からず、情けない自分に嘲笑してしまう。
「複雑だよね。この“力”」
「矢島さ、前に僕の目的はなんだって訊いたよね」
「何? 急に?」
眺めていた左手をギュッと握って問うと、唐突な問いに、矢島はキョトンと目を丸くした。
「あったね。そんなことも」
「今思うのは、僕はこの“力”を捨てたかったのかもしれない」
「捨てるって、誰かに譲る?」
そこで尾崎は黙り込み、左手を眺めながら、握ったり開いたりを繰り返した。
しばらくして強く握ると、不安な眼差しを矢島に向ける。
「考えたんだけど、“相殺”ってできないかな」
「“相殺”って、両方って何を?」
意図が掴めず、矢島は頬を歪めた。
尾崎は黙ったまま矢島を見ていると、視線を泳がせていた。唇を噛んでいると、焦点が定まり、面喰らった。
「もしかして、私の“力”?」
声をひそめて訊いた矢島は、恐る恐る右手を顔の横で広げた。
そこで尾崎は唇を噛んだまま頷いた。
「自信はないよ。けど、僕とお前の“力”は対照的だろ。お互いの“力”を使えば、それで相殺しないかなって思ったんだ」
「でも、確証はないんでしょ。もしかしたら、失敗するかもしれないんでしょ」
不安からか強い口調で反論する矢島に、尾崎は力なく目をつぶった。それが答えになっていた。
勿論、自信はない。
それは願望でしかなかった。だからこそ、失敗する可能性もある。もしかすれば、そちらの方が確率は高いかもしれない。
「お前の能力が機能すれば、問題はないだろうけど、僕の能力が……」
口に出せなかった。尾崎の“力”だけが機能すれば、矢島は……。
展望のない提案に重い空気が流れ、二人の間に沈黙が流れた。
当然だ、と己を叱責しながら、強く吹く風を頬に受けていた。
「……やってみる?」
漆黒の闇に、一筋の光が射し込んだ気がした。矢島の反応が信じられず、パッと目蓋を開いた。
意外にも矢島の表情は明るかった。戸惑う尾崎を見た後、顔を上げて、澄んだ空を遠く見据えた。
「前に言ったでしょ。私は私を消したいって。勿論、“力”だけを捨てたいのは一緒よ。けど、それで私がどうなっても、それは覚悟してるわ」
矢島の言葉に尾崎は胸を締めつけられる。恐れながら矢島を見ると、澄んだ目の奥に、揺るがない強い意思みたいなものが見えた。
それは尾崎にない強さだった。
自分で提案しながら、矢島が発案したみたいになっていた。そこで、尾崎は急に怖じ気づいてしまう。
「ーーで、どうするの?」
迷いのない、強気な発言は、尾崎を責め立てられているようだった。
尾崎は奥歯を噛み締めると、おもむろに立ち上がった。もう迷っている暇はなかった。考えれば考えるほど、気持ちは揺らいでしまいそうで。
「じゃぁ、やってみる?」
まるで、何かの遊びに誘うような軽い口調で、矢島も立ち上がる。
尾崎はズボンのポケットからカッターナイフを取り出した。
いつからだろうか。普段からなぜが、持ち運んでいた。
黙ったまま刃を滑らせ、左手の人差し指の腹に突き立てた。
ぷつりと、赤い血の球が浮き出る。それを確認して、矢島にカッターナイフを渡した。
矢島はカッターナイフを受け取ると、まるで合わせ鏡みたいに、右手の人差し指の腹にカッターナイフの刃を突き立てる。静かに血の球が浮き出る。
そのままお互いに手順を進めた。右手、左手の指の腹に、血が染まっていく。
震え出す手を堪え、矢島の顔を見た。さすがに表情も強張っていた。が、引き下がるわけにはいかない。
ゆっくりと向き合い、胸の辺りの高さで二人の手を合わせた。矢島の手は、思った以上に暖かかった。
しばらくしても、頭痛は起こらなかった。吐き気もなければ、目眩もない。平然としたままだが、不思議と胸の鼓動は高まっていた。
それは、どこか宝くじに当選したような高揚感に似ていた。
平静を装っていると、矢島は目をつぶった。それに従い、尾﨑も目を閉じた。
漆黒の闇。辺りの音が一瞬で途切れ、そのまま体が闇に引き込まれそうになった。
深い海の底に落とされそうな感覚になったとき、目を開いた。
同時に矢島も目を開いた。
そのとき、右目から赤い涙。左目からは青い涙が流れていた。
「へぇ。やられたな。お前らは、こういう夢を見ていたなんて知らなかった。ーーで、ここでトランプを選ばせるってか。よく言うよ。自分で殺しておいて、命を選ばせるなんて」
「僕にとっては、お前の方がよっぽど残酷だと思うけど」
「笑ってるんだろ、このジョーカーと一緒で、心の中で。違うか?」
最後に聞こえたのは横田の声です。負け惜しみなのか、それとも皮肉になるのか。それは対照的な“力”を合わせ、“力”が相殺するのか試したからこそ聞こえた声。すべての答えは尾崎たちが流した涙が現れているのかもしれません。




