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青い痛みの先に  作者: ひろゆき
21/23

参 ーー “力”の先にあるもの ーー (6)

 今回、描いているのは横田の過去になります。彼がどうやって、姫香から“力”を奪い、なぜ、彼女のことを覚えていたのか。そして、尾崎が行動と繋がっていきます。

               8



 疑いを持ったのは、ちょっとしたきっかけであった。

 DVDレコーダーの録画番組を整理していたとき、数ヶ月前も前に録画していた番組を見つけた。

 それまですっかり忘れていた番組を見つけたとき、見つけられた安堵感と、何か宝物を見つけた高揚感に包まれた。

 そして一方で、児玉姫香の顔が浮かんだ。

 姫香の“力”を使えば、殺した奴を忘れる。なら、殺すまでに相手のことを何かに記録しておき、消した後に記録を見れば、その人物を思い出せるんじゃないか、と。

 記憶を残すのには何がいいのか、考えて選んだのが、ICレコーダーだった。小型なので持ち歩くのに便利であり、会話からなら、その状況も思い出せると考えた。

 クソ兄を姫香に殺させたとき、初めて試みた。

 そして、予想は当たった。

 一度、完全に消えた兄を、ICレコーダーでの会話を聞いて思い出した。

 一方的に叱咤されるだけの会話ばかりで、不本意ではあったのだが。

 これで“力”を使い、誰もが忘れる中、自分だけは覚えているの優越感に浸れるのは文句ない。

 後は児玉姫香を殺し、“力”を奪うだけ。奪う方法もちゃんと聞き出せていた。後は試すだけ。

 正面からナイフを刺せば、その隙に自分が“力”を使われる可能性があり、危険である。

「ならば、後ろから刺せばいいんだ」



 そして、あの日。屋上に呼び出した。

 横田は扉の影に隠れ、屋上に現れて自分を捜している姫香の後ろから忍び寄り、背中に一撃。意外と簡単だった。

 後は時間との勝負だった。意識を朦朧とさせ倒れる姫香。痛む場所を確認するのに、傷口に触れた左手は自然と血に染まっていた。

 そこで横田も傷に触り手を血に染め、姫香と握手をした。

 そこで“力”を手に入れた。

 その瞬間、体が燃えるように熱かった。全身を流れる血液が沸騰し、それこそ、格闘技のアニメや漫画で、力を込めたときに血栓から湯気が出るような錯覚さえあった。

 そこで高まる興奮を抑え、今度は自分の左手に少し傷をつけ、手順を踏んだ。

 そして、標的に触れた。

 横田にとって、最初の標的にしたのは姫香であった。

 最強の矛であった。誰かを殺しても誰もが忘れてくれる。証拠は一切残らないのだから。

 すべてが終わり、自分の部屋に戻った後、ICレコーダーを再生させ、横田は消え去ろうとしていた児玉姫香の存在を思い出した。

 自分の中で賭けた勝負に勝ったとき、高笑いが止まらなかった。

 喉が枯れるほどに笑い、大きくガッツポーズを取った。スポーツ選手が、世界新記録を樹立したときのように。

 不意に左目から流れた青い涙と痛みにさえ、自分を賞賛する拍手に匹敵する喜びであった。

 すべてが思い通りにいく。と疑わなかった。



 ……はずだった。

 ベッドに座る矢島に、どうしても後手に回ってしまう悔しさで、横田は言葉を噛み殺してしまう。どうしても優位になれない。

「まぁ、いい」

 矢島は悠然と髪を撫でている。その動きに苛立ち、横田はおもむろに両手を後ろに回す。

 今回は脅しても動じない、と右手に持った針で、左手の人差し指を突こうとしたとき。

 一瞬、頭を両手で押さえられ、大きく左右に振られたような目眩が起き、動きを中断させられた。

「ーー痛っ」

 頬を歪める中、ベッドの上の矢島も同じ頭痛に堪えるように、頭を手で押さえていた。

 しばらく痛みに耐えていると治まり、体勢を整えたとき、左の頬にまた、冷たいものが通り落ちた。

 同時に落ち着きを取り戻した矢島を見ると、矢島は真剣な表情で横田を見据えていた。

 手を下ろした顔の左目から、青い涙を流して。

 それは鏡を見ているのかと、横田は錯覚する。自分の左目からも、青い涙がこぼれているのを察して。

 青い涙に横田は口元を歪め、

「……誰を殺した?」

 視線を宙に彷徨わせ、自分の知り得る人物を脳裏で捜した。しかし、すぐに明確な人物が掴めず、苛立ちを強めた。

「ーークソッ」

 霧のかかった記憶を探っても、らちが明かず、横田はズボンのポケットからICレコーダーを取り、耳元で再生させる。

 耳元で交わされる会話。しばらく聞き流すと、停止ボタンを押した。

「野村はもう殺したんだろ…… なら、杉浦ってことか……」

 ベッドを眺めていると、野村のことがよぎる。

「そうか。恋人を連れて行ったか。結構、優しいんーー」

「なるほど。そういう手もあったのね。記憶を残す方法が。でも、思っていたより、ずさんね。消した相手を間違えるなんて」

 安堵して胸を撫で下ろす横田に、嘲笑して不敵に、そして軽蔑した様子で矢島に睨まれ、横田は萎縮してしまう。

「……違う? じゃぁ、誰を」

 不安から漏らした声に、野次は黙ったまま、右手で横田を指した。

「あなたよ」

 自分を指され混乱してしまう。身に覚えはない。普段から注意を払っている。

「誰が僕に触れた……? いつ?」

「ーー僕だよ」

 矢島を殺すタイミングを失い、動揺する最中、唐突に誰かが呟いた。

 抑揚を抑えた、単調な男の声。背中に当たる声の方に視線を移す。病室の入口へと。

 病室の入口付近には、グレーのパーカー姿の男が立っていた。フードで顔を隠し、素顔は見えなかった。

 しかし、横田の胸はざわめき、警告を激しくしながら、動きを早めた。

「お前、確か」

 動悸が横田を急かし、記憶を呼び起こした。

 グレーのパーカー。数分前。病院の正面ロビー付近で肩をぶつけた人物。その男だと気づいた。

 動悸の警告がさらに酷くなる。口内が渇いてくると、男はフードを外した。

 表情を曇らせている、尾崎飛鳥が現れた。

 尾崎を見た瞬間、笑い声が自然とこぼれた。口角を上げ、唇が微かに震えてしまう。

 尾崎も左目から青い涙を流しており、“力”を持っている事実を把握すると、笑わずにはいられなかった。

 自分の傲慢、不注意がが情けなくなり、腹を抱えていると、体勢を崩して倒れるように、病室のソファーに座り込んだ。

 惨めさで頭を抱えたまま、笑いは止まらなかった。

 その隙を突いて、横田から逃げるように、矢島は尾崎のそばに駆け寄り、尾崎の後ろに回り病室を出た。

 気持ちが少し落ち着き、横田はソファーに凭れ、

「やられたな。あのときか」

「あぁ。お前はきっと、姫香って子の存在を完全に消そうと、いずれは野村を消しに来るだろうと思ったから。矢島も危なかったけど、学校で騒ぎを起こすとは思わなかったから」

「そうか? “力”を使えば、誰もが忘れるのに? まぁ、いいか。でもちょっと違うな。僕はほしかったんだ、野村の“力”が」

 横田は右の掌を見せ、嘲笑する。

「もちろん、矢島にも僕と違う“力”を持っているのは知っていたさ。ほら、お前、この前に“力”があるって言ったとき、右手を出しただろう。咄嗟に出したときに思ったんだよね。違う“力”があるって。違うか?」

 得意げに問うと、矢島は警戒心を強め、両手でギュッと腕を抱いた。

「それで考えたんだよね。なんで、僕の前に出てきたんだって。それで思ったんだ。もしかしたら、野村を守ったんじゃないかって。それで気づいたんだ。野村にも“力”があるって。野村を選んだのは、その方が安全だと思ったからさ」 

 予想は当たっていたが、考えを聞くと、尾崎らの恐怖心が強まり、体を強張らせた。

「そうか。だから野村さんを」

「まぁ、まさか、野村を殺してーー そういえば、お前らなんで野村を覚えているんだ?」

 メガネのブリッチを直し、尾崎を睨んだ。

「忘れていたさ。けど、前に杉浦たちの相関図を書いていたから」

「私も尾崎くんからそれを見せてもらってね。どうやら、“力”を持つ者が何らかの形で教えてもらうと思い出すみたいね。あなたは自身でそれをしていたみたいだけど」

 矢島は顎で横田の持つICレコーダーを指した。

「それに今回は夢を珍しく覚えていたから。きっと、あいつらが教えてくれたんだ」

「教えてもらった? 夢? ま、それは知らないけど。ま、要領は一緒ってことか」

 納得して大きく凭れる横田。指導権を握ったと、態度を大きくすると、左の頬を擦り、青い涙を拭った。

「ーーで、野村を殺したんだろ。どうしてだ?」

「杉浦に頼まれたんだよ」

 今でも納得はしておらず、左手を強く握った。

「そっか。で、どうだった? 二人を殺した感想は?」

 塞ぎ込む尾崎を挑発して横田は放つ。

「ーーふざけるなっ」

 軽はずみな言動に思わず尾崎は怒鳴った。しかし、横田は軽く受け流すだけ。飄々とした態度に、苛立ちが強まる。

「僕はお前と違う」

「そうか? お前も人を殺したんだ。そして僕もね。お前も人殺しさ」

「……僕はーー」

「ーー違うって言いなよ。それに、さっきから「消した」? そうやって言い換えているけど、そんなのただの独りよがりさ。それこそ、自分を守っているだけの言い訳だ。お前も一緒。こっち側の人間だよ」

 反論する尾崎をけん制し、右の人差し指で床を指し、宙で横に線を引いた。

 ボーダーラインを引き、尾崎を手招きする。

「同類なんだよ。最初はどうであれ、一度“力”を使えば、その“力”をまた使いたくなる。絶対にね」

 確信を得た傲慢な表情で横田は笑い、メガネに手を触れた。対して尾﨑は反論したいのに、奥歯を噛むしかなかった。

「あなた、一ヶ月前、誰を殺したの?」

 尾﨑と横田の間に険悪な空気が漂う中、矢島が口を開く。腕を抱く手に力を込め、警戒心を放ったままで。

「なんだ、あいつのことは覚えていないのか」

 意外だな、といった様子で首を捻る。

「“谷原悠”って奴だよ」

「ーータニハラ?」

 名前を聞いても、尾﨑はすぐに思い出せない。悔しいが忘れていた。

「谷原は長瀬寧々の恋人だった」

「寧々の? 嘘っ」

 驚きで矢島が声を上げる。その様子を見て、また横田は得意げに頬を緩めた。

「ーーで、江川に頼まれてな」

「ーー江川? なんであいつが?」

「忘れているだろうが、長瀬に江川はイジメられていたんだ。で、僕は助けてやったんだ。長瀬を殺すつもりでね。ま、事情は面倒だし省くが、殺すなら長瀬じゃなくて谷原をって言われたんだ。そして、殺したんだよ」

 横田は左手をかざし、小さな紙を握り締めるように、ギュッと握った。

「あの二人が? 信じられない」

「だろ。今の二人を見ていたら、信じられないだろ。けど、実際はそうだった」

「だからって、消しても」

 声を絞り出す尾崎だが、その先を続けられない。

「いいとは思わない、か。しつこいな、お前も。だからお前は、“力”を使った時点で楽しんでんだよ。人を殺すことに」

 両手を広げ、大げさに言い放つ横田。その左目に、止まりかけた青い涙がさらにこぼれた。 

 それは尾崎も矢島も。

 またしても目眩に襲われる尾崎。懸命に堪え、足に力を入れた。

「僕は……」

「一緒だよ。お前をもっと早く見つけておけばよかったな」

 横田は尾崎と違い、人を消すことを楽しむ人物として描きたかったのです。それでいて、何事も冷静に見透かすような人物として。そして、ここでようやくですが、序章で描いていたことが繋がります。ここまでくるのにちょっと、長くなってしまいました。今回を読んでいただき、「なるほど」と思っていただければ嬉しいです。

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