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勇者の竜退治

僕たちは今、馬車に揺られている。馬車の中には僕と美月、イルチェル・エル・ローランド。しかも馬車はとてつもなく豪華だ。ふかふかなクッション、備え付けの菓子類や飲料どれをとっても一流の味。王族専用なだけはあり、僕たちは優雅な馬車の旅をしている。


外には護衛の兵士たち。勿論師匠もいる。剣の師匠ことセイバー・セイナイル。魔法の師匠ことメティス・セレネ・ヘカテ。セイバーは馬車近くに騎乗しながらの護衛として周囲を警戒している。そして魔法の師匠ことメティスは僕たちの後ろの馬車にいるらしい。


僕たちにとってもメティスがついてきたことに驚いた。彼女は何よりも魔法の研究に人生を捧げてきたらしい。食事をとる暇があるなら魔法の研究、眠る暇があるなら魔法の研究、何かをする暇があるなら魔法の研究をする人間だ。それがこのような時間のかかる竜退治についてきた。何か理由があるのだろうか。


そのことが少し疑問だったけれど僕たちはそれよりも不安なことがある。勿論それは竜退治だ。行き成りの実践がドラゴン。その力は一匹で町を滅ぼすことがあるほど強大な存在だ。人間という生き物よりも遥かに強く、その存在は精霊に近いといっても過言ではない生き物だ。


僕には倒せると思えない。まだ実物を見たことがないから何とも言えないけれど。


「はぁ……」

「大丈夫だよ光輝。師匠たちがいるし、それにディオネ閣下もついてきているじゃない」


そういわれても不安はぬぐえない。彼女たちがいれば死ぬことはないのだろう。なんていったってセイバーさんは単身でドラゴンを倒した経験があるらしいし、さらにディオネ閣下はこの世界に存在している生物の中で一番強力な存在である精霊を殺している。ドラゴンなんてどうとでもなるらしい。


「元気出してください、光輝」


光に反射してきらきらと輝く黄金色の髪、美しい黄金色の瞳、まるでこの世の者とは思えない美貌、豪華絢爛で煌びやかなドレスを優雅に着こなすイルが励ましてくれる。


「そうよ光輝。私も一緒だから」


魔法使いらしい黒のローブに身を包んだ美月も励ましてくれる。それは共に死地に赴く戦友のようで頼もしく感じる。


馬車が止まる。ついたようだ。


「はぁ……死なないように頑張ろう」

「はぁ……頑張りましょう」

「あはは……頑張ってきてください」


馬車を降りるとセイバーが馬から降りてこちらに来た。


「二人とも、頑張ってきてくださいね。私は姫殿下の護衛なのでここでお別れです」

「はい、師匠。死なないように頑張ってきます」

「そこは倒してくるとか言ってほしかったですが……まあ光輝らしいね。私からのアドバイスです。きちんと相手を観察することです」


不意に影がかかる。上を見上げるとそこには椅子があった。


「ああ、ヘカテ殿か。ではこの子たちの面倒はお願いしますね」

「ええ。わかっているわ」


宙に浮かぶソファーに座る女性。一言でいうなら至る所が紫色だ。長くウェーブのかかった濃い紫色の髪、普段は全く外にでないので肌の色は病的に白い。瞳は薄い紫色をしている。服装はゆったりとした寝巻のようなものを着ている。首元にはアメジストのような紫色の宝石が輝いている。


これがメティス・セレネ・ヘカテ。紫紺の魔女、アメジストと呼ばれる最高位の魔法使いだ。


「いくわよ」


彼女のぷかぷかと浮かぶソファーがひとりでに動き出す。彼女が僕たちをドラゴンまで案内するようだ。どうやらついて来た騎士たちもイルの護衛のためだったらしく一人も僕らとともに来ない。


そうして歩いていくうちに開けた場所に出た。そこには金色の刺繍が刻まれた純白の軍服姿のディオネ・ケイオス・アルテミス。右目は眼帯でおおわれている。今日は黒の眼帯だ。そしてその従者のセレナ・フェイナス。美しい二人に出迎えられる。


「よく来た勇者諸君」

「それでドラゴンは?」

「ドラゴンなら私の異相空間に閉じ込めている。周辺への被害を気にする必要はないぞ。これで存分に殺しあえる。さあ勇者諸君、お手並み拝見といこうじゃないか」


ディオネは凄惨な笑みを浮かべる。それを従者のセレナは見惚れる。心底心酔しているのが見て取れる。僕からすれば悪魔のような笑みにしか見えない。


まるで神か悪魔にでも造られたと思えるほどの美貌。そんな彼女が宝剣を抜く。剣を抜く、ただそれだけの単純な動作すら美しく、僕らの存在なんてちっぽけにしか思えない。


ディオネが剣を無造作に振るう。空を斬る宝剣に切っ先が空間を斬り裂く。そこにはこことは違う世界が覗ける。そして僕たちはその世界に吸い込まれていった。


「さあ私の世界にようこそ勇者諸君」


そこは何もない世界だった。無造作に広がる大地。空は夜のように暗く、輝くものはない。けれども視界はとても明瞭だった。そして僕らの前にドラゴンがいた。


それはとても巨大だった。人間なんて軽く一飲みできそうな大きな顎。その巨体を支える筋肉の発達した逞しい脚。空を飛ぶための翼は蝙蝠のように薄い翼で、これでこの巨体が飛ぶなんて想像できなかった。そして全身を覆う黒の鱗。文献によれば中級以下の魔法はすべて弾き、尋常の武器では傷すらつけることはかなわない堅牢な鎧を纏い、そして強大な攻撃手段を持つこの存在をどうやって倒せばよいのだろうか。


「あら、ディオネ閣下。時を止めているのかしら?」

「正解だ魔女。いきなり襲い掛かられてはつまらないではないか。せっかくの勇者諸君の初陣だ。豪勢にいこう」


どうりでドラゴンはピクリとも動かないのか。


「どうせなら倒しておいてほしかった」

「まあまあ光輝。私たちがやらなきゃ意味ないもの」


そう、僕たちがやらなければ意味がない。なにせ僕たちのチカラは敵を倒していかなければ強くなっていかない。魔女曰く、前代の勇者は数えきれないほどの修羅場を潜りぬけ、何度も生と死の狭間を行き来しながら強くなっていったそうだ。一人で魔王を封印してしまうほどに。だから僕たちも修羅場を乗り越え強くなる必要がある。それが一番の近道であり、この世界を救う早道だ。


「お優しいのね閣下。なら私からも餞別よ」


魔女がそういうと僕と美月の周囲に魔法文字が帯のようになり、僕たちにまとわりつく。すると異様なほどに力が湧いてくる。


「強化の魔法をかけたわ。これであなたたちは通常の三倍ほど強くなっているわ」

「ありがとうございます」

「師匠、感謝しますわ」

「フムン。では準備はいいな勇者諸君」


僕たちは頷く。


「では始めよう。勇者諸君。おとぎ話の勇者のように見事ドラゴンを退治してくれたまえ」


ディオネが指を鳴らす。すると止まっていた時が動き出す。ドラゴンはすぐさま敵を察知して、怒りの声を上げる。


鼓膜を揺らす咆哮。僕ら人間より上位の生物の怒りは僕らに根源的な恐怖を刻み込む。足が震える。呼吸がはやくなる。恐怖に飲まれそうだ。


僕は何だ。僕はいったい何だ。僕は無力な人間か。


違う。違うだろ。僕はもう違う。僕は勇者だ。勇気でもって立ち上がる勇者だ。


「【聖剣騎士エクスナイト】」


僕の周囲に光が集い、僕のチカラをなる。

それは黄金色の騎士のチカラ。光り輝くそれは神々しく、すべての魔を祓う神聖なチカラ。

右手に剣、左手に盾、ほかの部分は鎧に覆われる。


「いくよ、美月」

「ええ、いこう光輝【全式の紡杖ぜんしきのぼうじょう】」


その手には不可思議な輝きを灯す宝玉がついた杖が生まれる。その杖をオーケストラを指揮するかのように振るう。すると空間に魔法式が刻まれていく。


「術式構築・攻性術式・風の夜の一撃」


不可視の一撃がドラゴンに襲い掛かる。うっすらと鱗を斬り裂いた。まだ浅い。間髪入れず僕は前に出る。いつもより軽い足取り、いつもより力が入る腕。ドラゴンが攻撃態勢に入る前に僕は剣を振るう。狙う場所は僕が届く足元。斬り付ける。そして斬り裂いた。けれども浅い。


さらにもう一度と……


けれどもドラゴンは甘くなかった。ぐるりと回転し、尻尾をたたきつけてきた。咄嗟に盾で防ぐ。鈍い衝撃、腕がしびれそうだ。僕は堪えきれず弾き飛ばされる。飛ばされた先には遮蔽物はなにもなく、しばらく転がる。


「いててて。ヘカテさんの加護があるからこの程度で済んでいるのに」


もし加護がなかったらどうするつもりだったんだろうか。


「さてどうしようかな。こっちの攻撃は何とか通る。美月の魔法があとどれだけ火力のあるかが勝負のカギかな」


考えながら僕は戻る。美月は魔法職だ。つまりは後衛。僕が前に出てドラゴンを足止めして、魔法を撃つ時間を稼ぐ。それが僕の役目だ。


彼らの奮闘を眺めながらディオネは満足げに言う。


「やはり勇者とはこうでなくては。己よりも強い存在に挑み、傷つき、打ち倒すために強くなる。逆境であればあるほどしぶとく生き延び、さらに強く逞しく成長する」

「その用でございます、お嬢様」

「諦め、それが人を弱くする。諦めを拒絶したとき、彼らは本当の意味で勇者になる」

「だからこそ、試練をお与えになさるのですね」


そう、勇者とは魔王を倒すためだけに存在する。勇者とは強大なる悪しきものを打ち滅ぼすためだけに存在する。故にそれらを倒しきるまで彼らは死ぬことはない。例えもし死んだとしても所詮それは偽物にすぎないだけだ。


また新しい勇者を作ればいい。それだけだ。前回の勇者がそうであったように所詮、勇者や英雄と呼ばれる存在は装置にすぎない。不都合があれば呼び出され、後始末をして消える。所詮はこの世界にとっての異物にすぎない。


だからせめて……せいぜい掌の上で踊っていてくれ、勇者ども。貴様らにおあつらえ向きな舞台は用意しよう。だが貴様たちは脇役だ。この世界の住人でない貴様らに主役は荷が重すぎるだろう。


「勇者は勇者らしくしていればいい。そうだろう魔女よ」

「ええ、そうね」


紫紺の魔女。メティス・セレネ・ヘカテ。かつての勇者の仲間。十六夜紅月とともに魔王を倒すために旅をした仲間だ。


「十六夜紅月はどれほど強い」

「そう……彼は何よりも強かったわ」


やはり彼は弱っている。召喚された彼はかつての勇者の物語に記されているその姿とはかけ離れていた。神聖を表す黄金色の瞳と髪。そして黄金色に輝く神聖なるチカラ、この世に現界する神々の加護を束ねし聖剣。そのどれもが今の彼にはない。それらすべてを犠牲にしたとしても魔王という存在をうち滅ぼすことはできなかった。


魔王とはそれほどの存在なのだろうか。神々のチカラですら及ぶことができない強大な存在なのだろうか。魔王、狂った最凶最悪の存在悪。魔族という人類共通の敵対種を束ねる王。


五十年前の魔王の進行により人類は劇的に追い詰められた。ゴブリンやオークといった人語を解さない下等魔族、魔力という万能のエネルギーをより操るために人型に進化していった魔人と呼ばれる高位の魔族。そしてそれら全ての魔族を統べるべく生み出された魔族の頂点に君臨する魔王。人類は太刀打ちできなかった。


現在でも魔族は我々人間領域に現存している。それらは前回の侵攻の際の残留兵にすぎない。それらのほとんどは人語を解さない下等魔族どもだ。今、勇者諸君が対峙しているドラゴンもそうだ。所詮、人語を解さない魔族は人型の形態をとる魔人よりもはるかに劣る。並大抵の人間では歯向かうことすらできないドラゴンですら連中にとってみれば雑兵にすぎない。


人類は下等な魔族に抵抗はできても魔人には敵わなかった。そして当時、人間国家において最大の勢力だった帝国が勇者を召喚にいたった。それから数年の年月を経て勇者は単独で魔王に挑み魔王を倒した。だから我々は魔王がどのような存在だったのかも知らないし、我々は魔族がどこに住んでいたのか知らない。わかっていることは勇者が魔王を封印したことと、魔族の侵攻が終わったこと。勇者が封印して以来、人型の形態をとる魔人は一度たりとも人類領域では確認されてはいない。


魔族の侵攻はいつだって突然だったらしい。突如として大量の魔族が現れ、蹂躙していった。このことの考察は魔人と呼ばれる高位魔族は魔法が扱え、空間転移魔法を利用したのだろう。魔人の魔法適応能力は人間よりもはるかに上だ。人類でこのような空間転移魔法を扱えるのは魔女くらいのものだ。私は例外だが。


だから魔女は知っているのではないだろうか。魔族はどこにいてどこから来るのか。だがそれは決して教えてはもらえないのだろう。前回の大半のことは話さない。それが我々王国に協力しる条件だった。


「そろそろ終わるわ」

「フムン。ようやくか。私は五歳の頃にはドラゴンなんぞ軽く殺していたというのに」

「それは神に愛されたあなただからよ」


意識が朦朧とする。酸素を貪るように吸い込む。呼吸が荒い。疲労が限界だ。立っているのもやっとだ。


「はぁはぁ……もう少しで」


美月は魔力切れで気を失っている。僕がやるしかない。目の前のドラゴンを見据える。翼はボロボロで片翼は根元から切断されている。至る所に切り傷があり、傷が深い場所から止めどなく赤い血液が流れだしている。片目もつぶれている。


ドラゴンはそれでも吠える。耳をつんざく咆哮だ。なんてタフな生き物なんだろう。首を切り落とすまで死にそうにない。集中するんだ。


ドラゴンが大きく息を吸い込む。ドラゴンが誇る最強の一撃がくる。ドラゴンブレス、竜の息吹と呼ばれる攻撃だ。


ドラゴンの口から吐き出される黒い闇のような一撃。僕たちを何度も苦しめてきた攻撃だ。防御するか、いや無理だ。もう盾を支えるチカラもない。僕は盾を投げ捨てる。身体が軽くなる。もっとだ。僕は剣以外のチカラを解除する。


「そう何回もくらってたまるかッ!」


身軽になった僕は回避する。そして一気にドラゴンとの距離を詰める。ドラゴンと目が合う。その眼はもう生きることを諦めていた。


だから僕は一思いにその命を断ち切り楽にさせる。僕は飛び上がり、落下する運動エネルギーも追加して剣を振り下ろした。首を斬り裂いた時の感覚はいつもよりも滑らかで、いつもよりも軽かった。


「はぁ……はぁ……やった。僕は勝った」


ばたりと僕は倒れた。そして意識を放棄した。黒く染まる視界。混濁する意識の狭間で鈴の音のように美しい女性の声を聴いた。それはかつて頭に響いた声であり、女神様のものだった。

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