第23話 秘密
<犯人は職員の中にいます。心当たりがある職員は、是非、私まで知らせるように。話は以上です>
ゴールデンウィークの中日。『双葉』の事務所が何者かによって荒らされるという事件が発生した。
警察の調べによると、荒らされたのはそこだけで金品の類は何一つ盗まれてはいなかったそうだ。
偉そうに。なにが<知らせるように>だ。こっちはいつもギリギリ以下の人数で働いているからそんなことしている暇はないっていうの。
というか、ダミーでもいいから監視カメラくらいつけろっていう話だよ。ケチケチするからこんな目に遭うんだよ。
年度の初日。介護主任(といっても、有資格者で3年以上働いている人間なら誰でも就ける『双葉』独自の非常にありがたくないシステム。もちろん、手当はつかない)の肩書を拝命した功は、日々の仕事や目まぐるしく変わるシフトの調整に追われ犯人探しについては自然と後回しになっていた。
また、それとは別にこの頃は、少しでも生活に足しになればと副業(登録制の介護ヘルパー。もちろん内緒だ)も始めていたので余計に後回しになっていた。
あいつ、最近、浮かない顔しているけど、どこか具合でも悪いのかな?
事件発生直後から今井は、動きが緩慢になったばかりか口数の方も少なくなっていた。
最初は2、3日もすれば元に戻ると思っていたので、特にこちらから何か訊くわけでもなく仕事上必要な会話だけでやり過ごしていたが、さすがに10日もこの状態が続くと放置できなかった。
「今井。それが済んだら一緒に休憩に入るぞ」
「はい」
その日のお昼休み。いつもなら正午から休憩に入る功は、主任の権限で今井と同じ時間に休憩に入ることにして本人にそのわけを訊く機会を作った。
<どうした?最近、元気ないな>
うーん。これだと、ありきたりだな。反応が薄かったらそこで終わりそうだな。
<兄ちゃんの最新情報知りたい?>
うーん。これだと、唐突なうえに白々しい。却って警戒されるかもな。
いろいろ考えたが、変に回りくどくなるのもどうかと思い最終的には<悩みあるんだろ?いいから吐け。そうでないと気持ち悪くてかなわん>といういつものプライバシーもへちまもない切り口で接することに決めた。
「立花さん。ちょっと、相談したいことがあるので、一緒に食べませんか?」
「えっ……あっ……いいよ」
休憩時間に入った直後だった。予期していなかった展開に功は、思わず声が詰まってしまった。
「遅くなってごめん」
功は、先に外のベンチに座って待っていた今井に謝るとその横に座った。
「ところで話ってなに?」
「最近、僕の様子がおかしいって思っているんじゃないですか?」
今井は先手を打ったあとで先を続けた。
「正直に白状します。あの、デスク荒らしは僕の仕業です」
「えっ……」
「これ、この前、忍び込んだ時に失敬した物です」
今井はポケットの中から輪ゴムで縛った名刺の束を出して功の横に置いた。
「これ、なに?」
「あいつ、いや、前任の玉木が投資詐欺を働いていた時に持ち歩いていた名刺ですよ」
今井はそう答えたあとで続けてこう言った。
「盗みですからね。確かにやり方は汚かったですが、これで、ようやくあの男が父親を追い詰めた男だと確信することが出来ました」
「ダメだ。思考回路が追いつかない。ゆっくり、説明してくれ」
「わかりました」
今井はポケットの中に名刺を戻すと、ここまでの顛末を話してくれた。
今井の父親は、この地域で市役所の職員として働いていた。学歴も資格も手に職もなかった苦労人の父親は、安定した生活を得るため35歳の時に市が実施した社会人採用枠の試験を受けて公務員になった。
経緯が経緯だったので、最初から出世コースとは無縁だったが、前職の日雇い労働をしていた頃に比べると何から何まで安定していたのでこのまま定年まで突っ走るつもりだった。
ところが、あの男の登場ですべてが台無しになった。
<そちらは息子さんですか?>
<はい。悟志、挨拶しなさい>
<こんにちは>
小6の時だった。この日、体調が悪く学校を早退した今井が家に戻ると応接間に父親と一緒に見たことがない男が並んで座っていた。
<学校はどうした?>
<具合が悪いから早退した。お母さんが帰るまで部屋で休むね>
今井はそれだけ言うと男に向かってお辞儀した。
初対面なのに足組んだままで挨拶かよ。感じ悪いな。それに、顔も生理的に受け付けない。あんなのがお父さんと知り合いだとは思えない。
今井曰く。熱でボーっとしていた頭でもその時に抱いた直感と男の顔は今でも鮮明に思い出せるそうだ。
<そんな、この前と話が違うじゃないですか。お金返してくださいよ>
<だから、そういうこともあるって説明したでしょ?>
<お願いします。あのお金は、私達夫婦と息子のためにせっせと貯めたお金なんです。百歩譲って私達の分は諦めるとしても息子の分だけは返してください>
<うるせぇなぁ。ない袖は振れぬっていうじゃねぇか。まぁ、そういうことだから諦めてくれ>
男が今井家に出入りするようになって3ヶ月ほど経った頃のことだ。
学習塾から戻った今井が部屋に行こうとリビングの横を通ると両親と男が言い争っている姿が見えた。男が帰ったあとのリビングに入ると父親は呆然と立ち尽くし、その横で母親は泣き崩れていた。
<せっせと働いて給料だけは運ぶからな。元気でな>
中学に入ると同時に両親は離婚した。今井は、母親についていくことになった。
それから数年後、父親は定年を迎えることなく病気で他界した。急性骨髄性白血病だった。
嫌な過去は時の流れが解決する。仮に解決とまではいかなくても多少は薄らぐのが人の記憶というものだ。
しかし、今井の心の傷は海溝よりも深かった。
あの野郎。土足で人の家を荒らしやがって。いつか必ずこの落とし前はつけてやるからな。
父親の告別式が終わったその日の夜。今井は、家族に不幸をもたらしたあの男のことを調べる決意を固めた。
まずは情報を集めるのが先だ。それにはお金が必要だ。
高校卒業後、今井は上京して不動産営業の職に就いた。元々、社交的なでは性格だったが、一家を破滅に追い込んだ男に復讐するというその一心だけでトップセールスマンに昇りつめた。
インセンティブ(歩合給)でたんまり稼いだお金を遣っていくつもの興信所を渡り歩き、3年以上の歳月を費やしてついに男の正体を突き止めた。
「あいつ。馬鹿で無知で傲慢でどうしようもない本物のクズ野郎ですよ。あいつの子分だった中川も同じ穴の狢じです。そんな人間が、のうのうとサ責や代議士先生をやっているんですよ。この国はもう終わりですよ」
うわぁ。思っていたのと違い過ぎる。
横で目に薄っすら涙を浮かべている今井には悪いが、日々の生活で精一杯の功に出来るのは今の話を外に漏らさないことだけだ。
「立花さん。僕は近いうちにあいつらをぶっ殺すつもりです。少し早いけど、いままでお世話になりました」
おい。おい。この期に及んで、まだ、ぶち込む気か。
もう、俺1人じゃ、背負えねぇ。というか背負わないといけなくなったこの巡り合わせがたまらなく嫌だ。
軽く頭下げて去っていく今井の背中を見つめながら功は、事実なら社会問題に発展しかねないカミングアウトの聞き手になったことを心の底から後悔していた。




