283 真実という劇物
「なるほど……。つまりコルサナは、クラミスに残った最後の水の精霊ってわけだ」
「ん~、間違いじゃないけど、ちょっと違うわね。残った水の精霊の力が集まって生まれた……化身? ……かな?」
「じゃあ、料亭の息子っていうのは?」
「ウーミルくんは、私に身体を貸してくれてる宿主? ……かな?」
「身体を……乗っ取った?」
「ち、違う違う! ちょっと身体を貸してもらってるだけだから! ウーミルくんは恩人だから! 身体に……えっと、憑依って言えばいいのかな? 中に入らせてもらうことで、魔素から護ってもらってるのよ」
要するに、ディアーナが俺の身体に入った時のような、そんな状態なのだろう。
「じゃあ、他の精霊も人の中に?」
「そう……だったんだけど。魔素が濃くなっちゃったから、憑依したほとんどの精霊は融合しちゃったの。あ~、もちろん合意の上でね」
……うん、よく分からん。
こういう時は優秀な通訳であるメイプルの出番……なんだけど、こんな場所に呼び出すわけにはいかない。
前にサンディーが「私たちも動物の耳と尻尾をつけて召喚獣人に化けたら、もっとお兄ちゃんの役に立てるかな?」なんてことをメイプルと話してたけど、それは丁重に断った。
サンディーだけに精巧な衣装(?)ができあがりそうだけど、さすがに作り物の耳と尻尾じゃ簡単にバレそうだし、そんな危険は冒せない。
……まあ、獣人姿のメイプルとか、見てみたい気もするけど。
シアは間違いなく似合うだろうけど、ミアの獣人姿は……なんというか、ちょっと想像がつかない。やってみたら、案外似合うかもしれないけど。
ともかく、この場にメイプルを呼び出すわけにはいかないので、少し面倒だけどコルサナの話を念話でメイプルに伝え、俺にも分かるように翻訳してもらった。
精霊が消えた土地は死ぬ。
正確には「生命が育めない土地になる」って意味だけど……
それだけに、精霊にとって土地を捨てることは大いなる苦痛を伴う。
土地を捨てられなかった精霊たちは、徐々に濃さを増していく魔素に苦しめられながら、それに対抗する方法のひとつとして生命体に憑依する方法を選んだ。
だけど、それも苦しくなり、生命体と融合することにした。人はもちろん動植物に対してもキチンと説明を行い、相手の了承を得た上で。
生命体と融合し霊力を抑制(隠蔽?)すれば魔素の影響を抑えられるし、生物となって強い意志を保てば少しは耐えられるようになる。
己が責務を全うするためとはいえ、そこまでしてこの地を守ろうとする精霊たちに共感し、精霊人ともいうべき存在になったのが彼ら──クラミスの住民たちだった。
そんなわけで、住民たちから感じた違和感は、精霊と融合し、半ば精霊の性質を引き継いでるから……ではなかった。
生物となり、霊力を精神世界に移して隠蔽できるようになっても、肉体に宿る霊力を完全に消せるわけでない。
精霊と比べれば格段に……それこそゼロに近いレベルまで減ってるとはいえ、精霊人となって保有霊力が激増したことで、人であった時よりも漏れ出る霊力──肉体に宿る霊力も増えてしまった。
それはつまり、人であった時よりも魔素の影響を受けやすくなったってことで、精霊ほどではないにせよ魔素に狂う危険があるってことだ。
そこまで深刻な状況にならなくても、常に体調不良を感じていては日常生活もままならない。そんな負の感情を抱えていては、それこそ魔に魅入られてしまう。
なので、それに対処するため、精霊人となったクラミスの住民たちは水精霊が生み出す聖なる水を常に取り込んでいる。その結果……
彼らの異様な高揚感は、聖なる水の副作用によるもの。魔素に対抗するため、陽の気──聖なる力を摂取し続けた影響だという。
さらに言えば、俺が異様に元気なのも聖なる力によるものらしい。
「コルサナだけ、融合じゃなくて憑依なんだな」
「融合しちゃうと力が制限されちゃうのよね。もし私の力が弱まっちゃったら、たぶんここに住めなくなると思う」
明るく話してるけど、人にとっても精霊にとっても、極限状態だってことは伝わってくる。
領主の俺が言えたことじゃないけど、もっと早く島から出て避難すればよかったのに……と思う。
もちろん無断で土地を離れた者には重い罰が与えられるってのは知ってるけど、そういう事情なら目をつぶる……ていうか、この件が片付いたら希望者には移住してもらってもいい。そして……どれだけ先になるか分からないけど、自然が再生されて人が住める土地になったら戻ってもらえばいい。なんてことを考えてたら……
「それに……勇者なら、この気持ち分かるでしょ? 今さら逃げ出すのも、何だか負けたみたいで悔しいじゃない?」
そんなことを言ってきた。
悔しい気持ちは分からないでもないけど……それはそれとして、さっきから気になってたことがある。
「あー、気のせいだったらいいけど、もし勇者ってのが俺のことを言ってるなら大間違いだぞ。まあ、成り行きで英雄なんて呼ばれたりしてるけど、それだって過ぎた評価だって恐縮してるぐらいだからな」
「そうなの?」
「ああ。なんせ俺は、みんなの力を借りて何とか領地を治めてるだけの、しがない田舎領主だからな」
怪訝そうな表情で俺を見つめたコルサナだけど、気持ちを切り替えるように小さく咳払いをして話を戻す。
「とにかく、ここの人たちって、いい人ばかりだし、この場所を枯れさせないために協力してもらったんだから、私も最後まで頑張りたいのよね。霊力との親和性が高い妖精だからかな。すっごく助かってるわ」
「妖精……?」
いきなり何の話だと問いかけたら、クラミスが「何言ってるの?」って感じで、こちらを見返してきた。
「あれ? 知らない? 精霊と融合した生命体は、妖精って呼ばれるのよ。だから、人も獣人も妖精……なんだけど?」
「……???」
ますますワケが分からない。
その後の説明も俺には理解できなかったけど、メイプルの翻訳では……
猫人族や狼人族、兎人族などの獣人種は、大昔に動物と精霊が融合して生まれた種族である。従って、精霊と融合した生命体のことを妖精と呼ぶのなら、獣人種は妖精ってことになる。
その理屈で言えば、人は精霊と融合した猿の末裔だから、人もまた獣人種であり、妖精ってことになる……という。
「……人が猿の獣人?」
「ええ、そうよ」
「……何の悪い冗談だ?」
「信じられないのか、信じたくないのか分からないけど、残念ながら真実よ」
理解が追いつかない。
それはメイプルも同じなのか、少し時間を置いてから『……その可能性は、否定できません』という言葉が返ってきた。




