264 全てはお兄さまのために 後編
当初、サンクジェヌス帝国が企んでいたのは、フレスデン王国の攻略だった。
それに先駆けて周辺国で騒動を起こしたのは、いざフレスデン王国へと攻め込んだ時に介入させないよう周辺国の国力を疲弊させ、余力を奪うためだった。
キュリスベル王国ではフレスデン王国から流れた難民の仕業に見せかけ、両国の関係を悪化させようとするなど、かなり手が込んでいた。
だけど、ハルキの活躍で状況が一変した。
帝国にとっては、周到に準備を重ね、満を持しての侵攻作戦だったのだろう。
それなのに、ゲヌマの魔物を使役していることが公になったことで、帝国は大陸の敵となった。そのせいで他国から制裁を受け、財政が悪化し、フレスデン王国に攻め入るどころではなくなった。
さらには、国力が落ち、民心が離反し、領土を減らし……、皇帝を代替わりさせることでようやく事態が収まった。
王宮もだが、メイプルも、これで大陸に平和が戻るものと期待したが、皇帝が代替わりしても帝国の方針は何ひとつ変わらなかった。
さらに悪いことに、ギムナ皇国が密かにサンクジェヌス帝国と手を結び、キュリスベル王国攻略に協力していることが発覚した。
ギムナ皇国の教皇は、自らを神から選ばれし正義の使徒だと称している。
それだけに、ゲヌマの魔物を使って大陸制覇を目論んだ帝国を、魔に染まりし悪しき国だと罵り、制裁にも積極的に参加していた。
にも拘わらず、その裏で悪しき国と手を結んでいたのだからタチが悪い。
しかも、オース教の司教や司祭を大陸全土に送り込み、人民救済を掲げて信者を増やし、ゆくゆくは国を掠め取って大陸全土を支配しようと画策していた。
王宮はオースフィア大陸で起こった過去の騒乱を調べ直すことにした。
過去に起こった様々な事件にも両国が関わっていたのではないか。……そう疑って調べを進めると、その証拠が次から次へと転がり出てきた。
その事実に王宮では「大陸が平和であるためには、両国を滅ぼすしかない」という声が日に日に高まっている。
……とはいえ、防衛戦ならいざ知らず、王国側から帝国や皇国に攻め込むとなれば、他の国々が黙っていないだろう。
すでに王国はオーミリカ地方を手に入れている。それだけに、これ以上の領土拡張は、他国との軋轢を生みかねない。
王国の認識では、オーミリカ地方は元から王国の領土であり、帝国の不法占拠から解放されて、あるべき所へと戻っただけ……なのだが、その主張が受け入れられたとしても、更なる領土拡張は到底受け入れられないだろう。
それらを踏まえて、メイプルは作戦を立案した。
そもそも、今回の騒乱による勝者はいないはずだった。
領土が還ってきたものの大きく国力を落としたキュリスベル王国。
領土の一部と信用を失い、制裁に喘ぐサンクジェヌス帝国。
知らず知らずのうちに帝国や皇国から攻撃を受けていた周辺国。
不信感や不安感に苛まれ、交易や国交が滞り、経済活動が縮小した全ての国々も総じて敗者といえる。
だが、オース教の暗躍が明らかになったことで、話が変わった。
もちろんギムナ皇国にも相応の被害が出ているのだが……
民の不安に付け込んで勢力を拡大させたオース教こそが唯一の勝者であり、そのオース教から多額の資金を得ているギムナ皇国も、勝者と言っていいだろう。
ギムナ皇国の背信とオース教の暗部を明らかにすること。
それこそが、罪深き両国を滅亡へと導く静かなる一手となる。
自身の額に手の甲を押しあてたメイプルは考え事をしながら口をすぼめ、高い天井に向かってふぅ~と息を吹き出した。整理しきれない不安な気持ちと共に……
「仕方がない……では、納得して頂けないでしょうね……」
王宮が乗っ取った連絡網を使って嘘の情報を流したのは、ちょっとした警告のつもりだったのだろうが、今となっては最終警告のようになってしまった。
敵も馬鹿じゃないので、連絡網の異常に気付くだろう。となれば、こちらの内情を探ろうと動くはず。その動きを封じれば、実力の差を思い知るはず。
それでもまだ何かを仕掛けようとするのなら、それを宣戦布告とみなし、周辺国と協議して更なる制裁を加える……つもりで準備が進められていた。
だというのに、そんな王宮の思惑を嘲笑うように、なぜか帝国も皇国も偽の情報を信じて疑わず、今が好機とばかりに嬉々として侵攻準備を進めている。
だから王国も、帝国との全面戦争を想定して対応せざるを得なくなった。
このことに、メイプルは関わっていない。……直接には。
ただマリーから意見を求められた時に、内部に潜伏する敵を一掃する好機だと伝え、そのための素案──奪取した通信網を活用したり、オース信徒の犯罪を告発して行動に制限を加えたりなど、皇国との連絡を断たせて内部の敵を孤立させるための方法を提案しただけだ。
作戦の立案と実行は、王宮が取り仕切っている。偽の情報を流す作戦も、王宮で決められたこと。
……とはいえ、この作戦が多少なりともメイプルの提案が取り入れられた結果だとしたら、完全に無関係とは言い切れない。
「戦争なんて、お兄さまは嫌がるに決まってますよね……」
そもそも、戦争をするのが大好きだという者がいたら、それは獣以下の異常者だろう。
ハルキはもちろんメイプルも争いは避けたいと思っているが、残念ながらどれだけ用心していても、トラブルなんてものは勝手に襲い掛かって来るものだ。
避けられない戦いならば、全力を尽くして勝つしかない。
次の戦いは、これまでのような降り掛かる火の粉を払いのけるものではなく、二つの国を滅ぼすためのものとなる。
当然、第三国からの干渉はあるだろうし、皇国が帝国と同調して王国に攻め込む事態や、オース教の信徒たちが一斉に蜂起する事態も想定できる。
だから、事前に準備を整える必要がある。
「お兄さまのために、帝国を滅ぼす……なんて言ったら、お兄さまに怒られますよね……」
召喚体であれば、主に無断で事を進めるべきではない。
そのことはメイプルも重々承知しているが……
放っておいても戦争は始まるだろう。そうなれば、間違いなくハルキも巻き込まれるし、リーフォニア領も戦火に見舞われかねない。
だったら今のうちに少しでも勝率を上げるべく、策を講じる必要がある。
とはいえ、たとえハルキの安全を確保するための最善の方法だったとしても、敵味方関係なく多くの命が失われるとなれば、ハルキは深く心を痛めるだろう。
だというのに、それに自分が荷担していたと知ったら、ハルキはどう思うだろうか。
「……たとえ嫌われることになっても、お兄さまが無事ならそれでいい。お兄さまが平穏に過ごせる環境を整えることが、私の役目……」
その言葉を呪文のように口ずさみながら心を落ち着かせ……
ぴょんとソファーから起き上がったメイプルは、その勢いで転びそうになりながらも机に向かうと、『冬季休暇計画(ウラウ村)』と書かれた書類を横に追いやって、大きな大陸図を広げた。
メイプルはその後も知恵を絞ったが、サンクジェヌス帝国皇帝マリオンの号令を止めることはできなかった。




