260 心のトゲ 前編
商人とは利に敏いもの。
戦乱が去ったと見るや、何事もなかったかのように……とはいかないまでも、ほんの数日で商都メルシアに活気が戻った。
それどころか、どこから調達してきたのか、復興のための資材が次々と運び込まれてきている。
「これが商都……これがシェラの人望なのでしょうね。王都とはまた違った力強さ、勢いというものが感じられます」
「このメルシアは商人たちが作り上げた街ですから、復興も自分たちの手で……と、そう思って下さっているようです」
領主城からその街を……壊滅的な被害を負った商都を見下ろしながら、マリーとシェラが語り合う。
領主城が無事なのは間違いなくディアーナの功績によるものだが、一瞬の判断と紙一重のタイミングによって成功した、ほとんど奇跡のようなものだった。
泥炭の魔人が自爆した時、円筒形の聖法壁では防ぎきれないと感じたディアーナは、ハルキから送られた力を使い、咄嗟に新たな聖法壁を展開して全力で領主城を守った。
そのおかげで中に避難していた人たちや、城を守る兵士たちが救われた。
この状況でも皆が希望を失わず元気に復興を目指せるのは、民が無事だったからであり、兵士たちが元気だからであり、商人たちが協力的だから、ということもあるが……
商都滅亡の危機に、領主であるフロイス子爵が英雄である旦那様を連れて戻り、敵を蹴散らしただけでなく、恐ろしい化け物を退治して戦いに勝利したから。
加えて、王女様も滞在していて、この光景を見守っていることも、大きく影響している。
それに、兵の犠牲者が少なかったことが……いや、少ないながらも兵に犠牲が出たことで自分たちの手で守ったのだという意識が強くなり、それらが複雑に混ざり合って復興の原動力となっている。
とはいえ、商人たちにも自分の生活がある。
ここまで商人たちが協力的なのは、もちろん義理や人情もあるだろうが、領主であるシェラが先頭に立って復興の指揮を執っており、フロイス家が惜しみ無く資金を投入しているから、というのが大きい。
その潤沢な資金は、リーフォニア家、アキュート家、グルーモア家、カルミ家が復興のために緊急支援したもので、さらに王宮からもフロイス家に対して全面的な支援が約束されている。
それならばと暴利を貪ろうとする黒い商人のような不埒者が暗躍しそうなものだが、そうならないのは間違いなくシェラの人徳によるもの。兵や商人だけでなく都市全体で不審者の監視が行われている。
「物流が滞らず、物価が安定しているのも、この地を愛する方々が積極的に動いてくださっているおかげでしょう。ですから、その恩に報いる為にも、必ずや早期の復興を成し遂げてみせますわ」
そう語るシェラの瞳には、商都民に対する絶対的な信頼と自信が宿っている。
「そういえば、ハルキの姿が見えませんわね」
ここは領主城の上階、人目を気にせず過ごせる領主専用の場所であり、気楽に過ごせる憩いの場になっている。
それだけに、特に決めたわけではないが、ハルキやマリーたちは自然とこの場所に集まるようになった。
今も背後ではファルとメイリアが楽な格好で寛いでいたりするが、そこにハルキとシアの姿はない。
そこでメイリアは、惚けた様子で衝撃的な発言をする。
「あ~、ハルキだったらぁ、ケモミミちゃんたちとデートよぉ?」
「そうなのですね。ケモミミさんたちと……」
メイリアの言葉を平然と受け流すマリー。
だが、ガタンと椅子の音を立てて、ファルが立ち上がる。
一拍遅れてマリーも言葉の意味に気付き、メイリアを二度見する。
「「……デート!? ケモミミさんたちと!?」」
マリーのみならずシェラまでもが驚愕の表情でメイリアに問いかけた。
オース教から救い出した者たちの中には、遠くから連れてこられたと思われる獣人たちが多く含まれていた。リーフォニア領へと向かった一団にも居たけど、この場には残らなかったはずだ。
住民や商人の中にも獣人がいないわけではないが……
「まさか、浮気……ですの?」
おずおずとマリーが問いかける。
ハルキの嫁である四人には、揃って三十歳目前という負い目がある。
だから若い娘との火遊びは、本気にならなければ多少は……という寛大な心で接しようと思っている。とはいえ、面白いわけがない。
ようやくハルキの予定を思い出したシェラが、言葉足らずだったメイリアの発言に慌てて補足を加える。
「そういえば今朝、旦那様は、ユーカリ子供園のお手伝いに行くとおっしゃっておられましたわ。ですので、浮気の心配はないかと……」
「今日もぉ、ニャンコちゃんたち~、可愛かったわよ~」
惚け続けるメイリアは楽しそうに微笑みながら、ホッと胸を撫で下ろす三人を見つめる。
子供の頃……ケットシーハウスが襲撃される前になるが、毎日のように四人で集まっていた時のことを思い出して、懐かしく思ったのだ。
とはいえ、当時のマリーはお転婆だったし、ファルアランは淑女だったし、シェラはよく笑う明るい子だったが……
商都にはユーカリ子供園という、ノスフィア教が運営する施設がある。
親や保護者が働きに出ている間、面倒を見る者がいない子供を一時的に預かるための場所なのだが……
早期復興には人手が必要なだけに、近隣の村々からも働き手が募集されている。
領主の計らいで、そんな出稼ぎ家族の子供たちも預かってもらえるようになったのだが……
その結果、ユーカリ子供園に預けられる子供の数が百人近くにまで増えた。
おおよそ三歳から八歳ぐらいの子供が百人も集まれば、預かる側も大変だ。そこでハルキは護衛と召喚獣人たちを連れて、週に数日だけでも手伝うことにした。
動物に変身できる獣人たち──黒猫獣人、赤犬獣人、白兎獣人の三人は、子供たちに大人気だ。
「まあ~、いくらハルキでもぉ、自分で召喚した子たちやぁ、十歳未満の子供を相手にぃ浮気なんてしないわよねぇ~」
「……相も変わらすフェルミンは人が悪い。姫様をからかうのは感心しないな」
そう言いつつ、ファルが苦笑する。
少し返事に間があったのは、ハルキと妹たちの仲の良さを案じたからで、同じことを思ったマリーとシェラも、困ったように曖昧な笑みを浮かべていた。
表情が少し硬いのは、本気で兄妹の仲を心配したから……ではない。
ユーカリ子供園には、今回の戦いで親を亡くした子供たちも預けられており、ハルキが手伝いに通うのも、その罪滅ぼしの一環だと気付いているからだった。
そもそも、こんな話題がメイリアから飛び出したのは、自責の念に囚われているハルキのことを心配しているから、なのだが……
それを素直に表現できないメイリアの心情すらも、ファルは汲み取っていた。
そんなファルの気遣いに気付いたのだろう。メイリアは照れ隠しのために慌てて話題を変えようとする。
……だが、話題の選択を盛大に間違えた。
「悪かったわぁ。そりゃ~私たちと結婚したんだからぁ、ハルキが浮気なんてぇするわけないわよねぇ。私たちだって、まだなのに……」
再びぶちこまれたメイリアの言葉で、部屋の空気が凍り付く。
それは、ここにいる全員が心の内に秘めていながらも、決して口にしてはいけない思いだった。
「フェルミン!」
先ほどとは違い、ファルの鋭い声が飛ぶ。
失言に気付いたメイリアは、慌てて自分の口を手で塞ぐが、もう遅い。
なおも言い募ろうとしたファルだが、その言葉が遮られる。
「べっ、別にそれに不満はないわよ? こうしてまた四人で集まれるようになったのは、ハルキのおかげだからね。それに……」
あのフェルミンが珍しく取り乱して、早口で弁明を始めた。
配慮に欠ける発言だったと深く反省している様子なので、ファルは軽く睨むだけで許し、困ったものだと嘆息する。
だが……
「これは……、第一夫人たる私の、怠慢ですわね……」
ファルが心配した通り、メイリアの言葉はマリーの心に深く突き刺さった。




