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ある日の、王宮で開かれた舞踏会のことだ。


ユリウス様と一緒に初めて出る公の場。いえ、私にとっては本当に久しぶりの社交界の場で、そのせいで緊張で体がガチガチだった。挨拶回りの時は色々な人に囲まれ、あれこれ話しかけられて疲れもしたが、けれど隣にユリウス様がいてくれたので乗り切る事ができた。やがて兄も来てようやくほっと息をつける。


「アリステアとユリウスが上手くいってくれて本当に安心した。少し強引に婚約を進めすぎたかなと反省していたんだけれど、結果的に良かった良かった!」


ニコニコと笑う兄を少しだけねめつけるが、心の底から兄には感謝をしている。勿論、ユリウス様と私を繋げてくれた事に対してだ。


「ところで、殿下はどちらに?てっきりユリウスのところに来るかと思ったんだけれど」


「ああ、いや。まだこちらにはいらしてない」


兄とユリウス様の言う「殿下」という言葉に首を捻れば、第三王子のマイエル様の事だと教えてくれた。


何でも、兄やユリウス様とは同年代で、とりわけユリウス様とは同じ騎士団に所属していたから気安い仲だとか。王子なのに騎士団に所属していたとは驚きだが、王位継承者でもないので、だったら騎士団で王のために働こうと思った次第だとか。ぬくぬくと王宮で日々を過ごしていないというところが偉い。


「ユリウス!カール!」


丁度その時、ユリウス様と兄の名前を呼びながら、群衆をかき分けてこちらにいらした方がいた。殿下と兄が呼んでいたことから、かの人がマイエル殿下だと分かる。マイエル殿下は王子とは思えないくらい体が大きく、逞しかった。本当に騎士団に所属している人という感じだ。


「遅くなった、すまん、すまん。で、そちらにいるのがユリウスの婚約者殿か?ようやくユリウスにも春が来たと知って嬉しくなったぞ!」


豪快に笑ったマイエル殿下はなかなか話しやすいお人のようだ。こちらを向いたので私も挨拶をしようと一歩踏み出した。


しかしその時、頭の中である光景が勢いよく流れて来た。


戦場で心臓を刺されて死ぬ、十五歳くらいの少年の「私」。その私が倒れると、死ぬなと叫んで近寄って来る二人の少年がいた。


その一人の少年の顔が、マイエル殿下だと気付く。まだ少年の姿をしているが、顔付が全く変わっていない。そう、「私」の最期の時にいた少年の一人は……マイエル殿下だ。


「!!アリステア!?」


ユリウス様と兄の声が耳に届いたが、私の意識は飛んだ。







***



ようやく分かった。悪夢だ、悪夢だと思っていた夢は、現実にあった事だ。戦場で散った少年の記憶が私にあるのだ。


今ならはっきりと分かる。夢の中で見える戦場の景色も、戦いの意味も。この戦いは何十年と続いた隣国との最後の戦いのときだ。マイエル殿下は王子だという身分を隠し騎士団に所属をして、そしてこの戦地に赴いた。「私」も少年ながらに騎士団に所属をしており、マイエル殿下と共に戦場にやって来た。


『見ろよ。敵があんなにいる。さてさて、本気を出さないとやられちまうな』

『あまり出過ぎるなよ、マイエル。お前は無鉄砲なところがあるし…』

『それ、お前が言えた台詞かよ』


言い合う「私」とマイエル殿下の事を、笑って眺める一人の少年がいた。少年にしては美しい容姿の彼は……ああ、どうして忘れていたのだろうか。彼はユリウス様だ。そうだ、マイエル殿下と同様に、ユリウス様も同じ騎士団に所属をしていた少年の一人だった。よく三人でつるんだものだ。


けれど「私」は心臓を刺されて死んでしまったのだ。


血まみれで地に倒れた私に慌てて近寄り、死ぬなと大声で叫ぶ二人の親友…それがマイエルとユリウス。


ずっと一緒に居たかった。彼らと共に戦って生き延びて、大人になったら酒を飲み交わしたかった。あの頃は粋がっていたぜ、とか軽口をたたきあって、可愛い女の子をお嫁さんにもらって冷やかしあって…。そんな未来を夢見ていたのに。「私」だけが先に死んでしまったのだ。


悔しかった。寂しかった。悲しかった。どうして「私」だけ死んでしまったのだろう。どうしてマイエルとユリウスと離れなくてはならなかったのだろう。もっともっと、「私」は生きたかった…!







悲しみに支配された心が悲鳴をあげる。苦しくなって起き上がれば、横には心配そうに見つめているユリウス様と兄がいた。気を失った私は王宮の客室に通されたそうで、ユリウス様達はずっと付き添ってくれたようだ。


「アリステア…?気分はどうだ?」


ユリウス様に頭を撫でられ、兄にも心配され、たちまち私の涙腺は緩んだ。


「ユリウス様……!ユリウス様……!」


「……ああ、ここにいる。どうしたんだ、アリステア」


「…私…ようやく分かりました…!こうしてユリウス様とマイエル殿下にお会いできて…嬉しいです!!」


躊躇わずにユリウス様の首に抱きついてワンワン泣き出してしまった私と違い、兄はおろおろとし、ユリウス様は抱きつかれたことであたふたとしている。そんな事はお構いなしに泣く私を、ユリウス様はおずおずながらもぎゅっと抱きしめ返してくれた。


「…アリステア…。どうしたんだ?その…話して欲しい…どんな事でも」


「……はい!……はい…話します…!」


体全体に感じるユリウス様のぬくもりと温かさ。彼の胸の中にいることが幸せで、大人になった彼と出会えた事も嬉しい。兄がコホン、とわざとらしく咳払いをしたことで、ユリウス様は少しだけ腕を緩めた。


丁度その時、部屋にマイエル殿下もやって来た。


「アリステア嬢、具合は良いのかな?おっと…もしかしてお邪魔をしたかな?そう睨むなって、ユリウス」


軽口をたたく殿下をユリウス様が睨みつける。そうそう…「私」が生きていたらこういう事もしてみたかった。泣き笑いをしながら皆を見つめ、私は戦場で散って行った「私」の事を、ユリウス様とマイエル殿下と兄に話したのだった。





俄かには信じがたいと言いたげだった三人だが、話が進んでいくとマイエル殿下はその目に涙を溜め、ユリウス様も目を閉じて口を真一文字に結んでいた。兄はスンっと鼻をすすっている。悲しい想いをさせたかったわけではないけれど、必然的に悲しげな雰囲気になってしまったようだった。


「そうか…。アリステア嬢はリガードの生まれ変わりなのか…」


リガード、それが戦場で死んでいったあの少年の名前らしい。


「生まれ変わりかどうかは分かりかねます。リガードという少年の想いが強すぎて、私に乗り移ったのかもしれませんし。でもこれだけははっきりしています。リガードは、マイエル殿下とユリウス様に会いたかったのですよ。戦場を共にした、親友に……」


マイエル殿下とユリウス様は、互いに視線を交わし合って目で笑う。そして私の隣に座ったユリウス様は、優しく私の肩を抱いて引き寄せた。


「リガードは本当に無鉄砲でお調子者だった。生意気なところがあったと言うのに、誰からにでも可愛がられて。だから死んだ時は皆が悲しんだ…。私も、勿論殿下も」


「……でもこうしてまた会えた事は嬉しい。神に感謝しなくてはな!」


とうとう男泣きをしたマイエル殿下がそう言うと、ユリウス様は笑って言った。


「殿下、神に感謝をという気持ちは分かりますが、その前にアリステアにも感謝をお願いします。十何年もリガードの悪夢に悩まされてきたのですから」


「…ああ、そうだな……」


「それと…、私とアリステアを引き合わせてくれたカールにも感謝をしなくては…。ありがとう、カール」


ユリウス様がそう言えば、兄は満足そうに笑ってのけた。この婚約はやっぱり良かったな!と豪快に笑って。




不思議ともう悪夢は見ないような予感がした。すっと気持ちと身体が軽くなったような感覚があるから。無念のうちに死んだリガード、これで思い残すことはないかしら?


「折角だから、リガードのお墓にも行ってみたいです…。あと彼のご家族が生きていたら会ってみたいとも思うのですが…」


そこまでするのはやりすぎかなと思ったが、マイエル殿下もユリウス様も兄も賛成してくれたので、いずれはお墓参りをして、リガードの家族にも会いに行こうと思う。あんな最期を迎えてしまったリガード少年、次の人生は楽しんでねと心の底で祈らずにはいられない。









「でも…なんと言うか…その、不思議な気分だ。かつての親友の生まれ変わりが私の婚約者とは…」


その夜、ベッドを共にしているとユリウス様がごちるように言った。確かに考えようによっては微妙かも。


「でも私がリガードの生まれ変わりかどうかは分かりませんって。ただ夢で繋がっているにすぎませんから」


「……まあそれはそうだな」


苦笑しつつ、ユリウス様は横になって私を抱きしめて眠ろうとしてくれた……のだが、


「……思ったのだが、悪夢を見なくなったとならば、もう私は必要ないのではないか?」


「っ……、だ…駄目ですか…?もうユリウス様の腕の中で眠るのは……」


悪夢と睡眠の為にユリウス様とベッドを共にしていたし、悪夢を見なくなったのならばもう必要ない。それはその通りではあるが、でもユリウス様と一緒に寝られなくなるのは正直悲しい。


「あの…ユリウス様…!ご迷惑でなければこうやって一緒に眠りたいです!ユリウス様の胸と腕の中は心地よいと申しますか…ええと、本当に安心できますし温かいですし!それに……こ、告白しますが、私はユリウス様のことを好きです!お慕いしておりますっ!リガードの事は関係なく、私がユリウス様を好きなんです!ですから」


「ああ…いや、分かった。分かったから……その…」


暗闇でもうっすら分かる程、ユリウス様は真っ赤だった。変な事を言ったつもりはなかったけれど…照れているだけというのも分かっているけれど、私はどう反応すれば良いのだろう。


ユリウス様は私を引き寄せると、ぎゅっと抱きしめてくれて、そして目元にキスをしてくれた。


「どちらにしろ、もうすぐ結婚するのだから寝室が別々になることはない…それは気にするな」


「あ……、そうですよね…すみません…」


「いや…。私としても、アリステアの気持ちを聞けて嬉しい」


逞しい彼の腕が私を包み込む。その気持ちよさに私の瞼は自然に閉じられる。


「それに久しぶりに懐かしい友の名も聞いた…。こんなに嬉しいことはない。愛しいあなたと、大切な親友と一緒にいられるなんてな…」


「……ユリウス様……」


ユリウス様の腕の中にいるとどうして悪夢を見なかったのか、今ようやく分かる。リガードはユリウス様やマイエル殿下の事が気になっていたんだよね。だからユリウス様の傍にいる時は悪夢を見なかったのかな。


「ねえユリウス様…。リガードとの思い出を聞きたいです…。どんな風に出会って、どんな風に過ごしたのかを…」


「……そうだな。あなたには聞く権利があるしな。どこから話そうか……ああ、では私が騎士団に入った時に、そこで出会った生意気な少年の話から始めるとしよう」






それからユリウス様はリガードの事を少しずつ毎晩話してくれるようになった。


勿論、悪夢はもう一切見なくなり、代わりに存在するのはユリウス様のお話と彼の温かさ。ようやく私もぐっすりと眠ることができるようになったというわけだった。


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