特訓開始
「ぼくのターンだよ。グレゴリアスドラゴンを召還、ダイレクトアタックだ」
「くそ、負けた」
「もう。マサッキー十連敗中じゃん」
授業が終わった後、ボクらはカードゲームに興じていた。もちろん、学校の教室の中で。よいこは真似しちゃいけません。
特訓開始宣言をした翌日、さっそく蘭子と対戦を開始した。それで、目下連敗記録更新中である。カードゲーム大会の優勝常連者に勝てなんて無理でしょ。
「大分マナ加速戦術が様になってきたけど、まだまだだね。もっと相手の盤面を意識しなくちゃ」
「とりあえず大型のモンスターを出すことを意識していてはダメなのか」
「いやいや。一撃で体力の半分を削ることができるモンスターを放置しちゃまずいっしょ。さっきのバトルでも、攻撃力600のキラーマンティスに対して、優先的に除去呪文の死神の魔手を使うべきだったよ」
戦闘のおさらいをしながら解説してくれるので、けっこう分かりやすい。家庭教師でもしたら評判良さそうである。これが才能の無駄遣いというやつか。
「どうでもいいけどさ。私はいつまで腕立てしてればいいわけ」
「あと五十回残ってるじゃん。サファイアは体力不足だからね。脳筋ルビィ並に鍛えなきゃ」
ボクらがカードゲームをやっている脇で、渚先輩は黙々と筋トレに励んでいた。蘭子が来てから一気に部活動らしいことやっているような。ちなみに、渚先輩に課せられたメニューは全体的な運動能力向上ということで、腕立て伏せや腹筋のようなオーソドックスなトレーニングが盛り込まれていた。
「さあ、この後は新カードを買いに、カードショップ天馬までランニングだ」
「殺すつもり!? あそこまで自転車でも数十分はかかるわよ」
「遅れたらモーレツハム太郎ケツデカアタックを喰らわせるかんね」
なんだその意味不明な必殺技は。後半から察するにプリキュアお尻パンチっぽい技だろうけど、受けたくないことは確かだ。
幽霊部員だった蘭子が部長である渚先輩を差し置いて暴政を振るっているわけだが、歴史上暴君は失墜する運命にある。ディオニスに対するメロスのごとき救世主が急襲してきた。
「いいかげんにしろ、蘭子」
殴打をまともに受け、蘭子は卒倒した。あれはガチで痛そうだ。制裁とはいえ、フライパンはやめようよ。
「ひどいじゃん、すばるん。前から思ってたけど、ぼくに対する扱いが雑だぞ」
「ごめん。グーで殴るつもりがついフライパンを使ってしまった」
そもそもどうしてフライパンなんか持っているのか。答えは昴の恰好にあった。
純白のエプロンを身に着け、頭に白帽子。念入りにマスクまでしている。月影の騎士、もとい給食当番そのものの姿だった。
後から聞いたんだけど、昴は調理部に属しているようだ。活動を終えてまっすぐ部室まで赴き、いきなり襲いかかったというところだろう。
マスクと帽子を脱ぎ、顔を震わせる。艶やかな金髪が動きに合わせて軽快に揺れていた。
「すばるん、せっかくいいところだったのに、邪魔しないでよ」
「差し入れ持ってきたけど、いらないの」
「ごめんなさい、昴様」
手のひら返しが速いな。でも、差し入れは魅力的である。
エプロンのポケットから取り出したのは星やハートなど様々な形をしたクッキーだった。察するに、部活動で作ったというところであろう。ちょうど一息つきたかったからちょうどいい。
「調理部はお菓子作りなんてやってるのね。難しくない」
「慣れれば造作ない」
「意外と簡単なんじゃないかな。今はプリキュアでもお菓子を作る時代だよ」
キュアラモードデコレーションですね、分かります。何と何をレッツラまぜまぜするつもりなのだろうか。見とれている間に、蘭子がさっさとクッキーを口に運んでしまった。
軽快に咀嚼する音を響かせ、やがて満面の笑みを浮かべた。
「やばい、ほっぺがブチ落ちる。やっぱすばるんの料理は最高だわ」
「おだててもブタが木に登るだけ」
無味乾燥な反応だけど、蘭子が絶賛するということは本当に美味しいのかな。ボクは星型のクッキーをつまむと一口かじる。
サクサクとした食感が口いっぱいに広がる。程よく砂糖の甘みが効いていて、噛むほどにうまみが増していく。
「うん、おいしいじゃん」
穂波も前にクッキーを作っていたけど、それに匹敵するおいしさだ。彼女の料理で舌が肥えているボクが絶賛するんだから、味の程は申し分ない。
「そう、喜んでもらえてよかった」
はにかんでいるのだろうけど、表情が全然変わらない。ただ、照れくさそうに机の上で手を弄んでいた。
「調理部に入るということは、料理が得意なんだね」
「それほどでもない。試食専門」
豪語してのけると、自分で持ってきたクッキーを自ら頬張る。口の中を一杯にしている様はハムスターそのものだった。
「おやつを用意しているなんて気前いいじゃん」
軽快なステップとともに入室してきたのは華怜である。道着に袴という剣道少女の恰好のまま、遠慮なしにクッキーに手を付ける。昴の食べっぷりといい勝負だ。
「やっと魔法少女が全員そろったみたいだね。じゃあ、おやつが終わったら特訓の再開だ」
「特訓って言っても何するのよ」
華怜はもう一口クッキーを口に入れると頬杖をつく。華怜に肉体強化の特訓は効果が薄いよな。それを承知か蘭子はカードデッキを取り出した。
「レンちゃんはおつむを鍛えないとね。だから、カードゲームで勝負だよ」
「拍子抜けね。そんなの特訓になるのかしら」
「じゃあ、もっといい特訓がある」
不満を表面化する華怜に、昴はあるものを提示した。すると、華怜のみならず蘭子の顔も引きつる。
「すばるん、そいつはきつすぎるんじゃないかな」
「おつむは鍛えられる」
「そうかもしれないけど、私も遠慮しとくわ」
華怜と蘭子が忌避する存在。それは数学のドリルだった。おまけに、国語に英語と五教科が勢ぞろいしている。確実におつむは鍛えられますね。
「嫌がってもどうせやらなければいけない。だってこれ、今日の宿題」
「あ~、何も聞こえない」
耳を塞いでいるけど、昴は耳元で「宿題」を連呼する。やな宿題は全部ゴミ箱に捨てるわけにはいかないもんね。
「勉強だったらお姉さんに任せておきなさいって」
筋トレから解放された渚先輩が目を輝かせる。先輩はけっこう成績いいもんな。おまけに最上級生だから、この中で勉学で勝る者は存在しない。
「ちょうどいい。蘭子も華怜と一緒に勉強するといい」
「ぼくは特訓する必要ないんだけど。マサッキーとカードしたいし」
「じゃあ、どっちが優輝とバトルするか勝負する」
「臨むところだよ」
「数学で」
「卑怯だ! 二年生に勝てるわけないじゃん」
いや、案外勝てるかもしれないぞ。前に「因数分解ってなに、それっておいしいの」とか言っていたし。
次元が低そうな争いをしている二人を尻目に、昴はボクの制服の裾を引っ張ってくる。「優輝、頼みがある」
「どうしたの。ボクでよければ相談に乗るよ」
気楽に受け応えるけど、次の瞬間とんでもない爆弾を投下された。
「私とつきあってほしい」




