襲来!! 妖精ウルル
ひとしきり自己紹介が終わったところで、本題に入る。いつも二人だけで使っていた部屋に五人もいるもんだから、かなり狭苦しく感じる。
「あなたがヴァルエメラルドらしいけど、本当なの」
疑念を投げかけたのは華怜だ。渚先輩も同様に頬杖をついていた。尤もな疑問だろう。突然出てきた女の子が例の魔法少女だと紹介されても、信じろという方が無理がある。
すると、蘭子はにやりと口角を上げた。
「じゃあ、ここで変身してあげよっか」
冗談でしょ。眉根を寄せていると、蘭子はポケットから不意にあるものを取り出した。窓から差し込む陽光を受け、翡翠色に輝く。中学生が所持するには不相応の存在を前に、ボクらは括目する他なかった。
蘭子が提示してきた宝石。それは紛れもなくエメラルドだったのだ。
「どう? これでもぼくがヴァルエメラルドじゃないって疑う?」
決定的な証拠を出されては二の句も告げない。法廷では証拠がすべてだって、逆転する弁護士ゲームの検事さんも言っていたし。
「もしかして、偽物なんじゃないの。偽名使っていたぐらいだからさ」
渚先輩が疑惑を持ちかける。ムキになった蘭子は唐突に宝石を掲げた。
いや、まずいよ。本気で教室内で変身されたら収拾がつかない。まさか、本気で変身するなんて予想していなかったのだろう。渚先輩は大慌てで手を下ろさせようとする。
「アーネストレリーズ! ミラクルジュエリー……」
時すでに遅く、変身の呪文が紡がれようとしている。間に合わないか。
だが、突然蘭子が前のめりに倒れた。顔面から机に突撃したもんだから、冗談抜きで痛そうだ。目を白黒させていると、昴が満足そうに鼻を鳴らしていた。手には上履きが握られている。
まさかと思うけど、ボクたちがうろたえている間に上履きで蘭子の後頭部を強打したのか。眠そうな外見とは裏腹に、恐るべき反射神経だ。
呆気にとられていると、昴は蘭子から宝石を奪い取って突きつけた。
「この宝石は魔法界よりもたらされたもの。だから適合者である蘭子が呪文を唱えれば変身できる。彼女がエメラルドであることに疑いようはない」
反論の余地もないくらい、きっぱりとした断言だった。更に疑おうものなら、どんな制裁を受けるか想像もつかない。
素直にエメラルドの正体が蘭子だと認めたところで、疑問となるのは例の件だ。
「私たちエメラルドにいきなり襲われたんですけど、一体目的は何なの」
「ただ力比べをしたい割には、本気で挑んできたわよね」
未だ昏倒している蘭子に厳しい視線が突き刺さる。答えたくても答えられないんじゃしょうがないよな。
なので、標的は自然と昴へと移るが、
「その件に関しては彼から説明してもらう」
あっさりと躱された。彼? ボク以外に男はいないはずだ。まさか、ボクから説明しろなんて言うんじゃないよね。全く事情を聞かされていないから、解説しようがないよ。
困惑しているボクらをよそに、昴は手を叩く。すると、軽快な足音とともに、小動物が入室してきた。小型犬のようだけど、顔つきが凛々しい。でも、走るたびに尻尾を揺らす様は、完全に愛玩用のワンコだ。
「ようやく出番かル。待ちくたびれたル」
「しゃべる犬って、また珍妙なのが出てきたわね」
「失礼だル。ボクの名はウルル。異世界マージナルより、ダイカルアを討伐するためにやってきた妖精だル」
ボクとは面識があるけど、華怜と渚先輩にとっては初対面となる。言うまでもなく、蘭子をヴァルエメラルドにした張本人だ。張本狼の方が正しいか。でも、狼というよりもワンコと称した方が似つかわしいんだよな。
興味が無さそうな華怜とは対照的に、渚先輩はさっきからしきりに手を伸ばしている。おまけに垂涎しそうなのを堪えるといった徹底ぶりだ。身の危険を感じたか、ウルルは後ずさる。だが、ハイエナと化した先輩から逃れるのは不可能だった。
ウルルが昴の後ろに隠れようとするより早く、渚先輩はハイエナの如く飛びかかった。がっちりと小柄の体躯を掴むと、自身の豊満な胸へと抱き寄せる。
突然の抱擁に、ウルルは慌てふためいて脱出を図ろうとする。だが、狼を自称していようと、身体能力は小型犬並なのだろう。いくらもがいても先輩の腕力にすら抗うことができない。
「あ~もう、可愛い。よしよし、いい子でちゅね~」
先輩、キャラが崩壊しています。普段聞き慣れない猫撫で声に、華怜は身の毛がよだっていた。
「昴、助けてル。このままじゃお嫁に行けなくなル」
「あなたはオス。元々お嫁にいけない」
「冷静に解説している場合じゃないル」
悲鳴を上げようとも、昴は動こうとしなかった。介入されないのをいいことに、渚先輩の愛撫攻撃は続く。ムツゴロウさんも真っ青になる勢いだ。整っていた毛並みがボサボサになっていく。
ようやく解放されたのはカップ麺が二個できそうなぐらいの時間だった。仰向けに倒れ、ぴくぴくと痙攣している。間違いなくオスだね。メスには存在しない器官が野ざらしになっている。
「ウルルをここまでモフるなんて。あなた、犬好き?」
「よく分かったじゃない。あなたも犬派なの」
「犬は天敵。私の食糧が取られる」
犬と食料争いをするって、普段何やってんですか。ただ、先輩の犬好きも度が超えているよな。
「なんか、この子見てると、うちのちーちゃん思い出すのよね」
「先輩、ちーちゃんって誰ですか」
「私が飼っているワンコよ。写真見てみる」
返事を待つより早く、先輩は携帯電話を操作する。画面に表示されたのは白い毛並みの小型犬だった。つぶらな黒い瞳を潤ませ、チロリと舌を出している。
犬種はチワワだろうか。名前の由来は想像するまでもなく、犬種から取られているに違いない。ブルドックのブル公みたいにさ。
「この子見た後にサキちゃん見るとさ、どことなく親近感湧くのよね。雰囲気が似ているからかしら」
「もしかして先輩、ボクをペット感覚で扱っていませんか」
口笛でごまかされたけど、絶対にそうだ。ボクはチワワだったのか。地味にショックだ。
「君たち、勝手に盛り上がらないでほしいル。ダイカルアの作戦について話し合うんじゃないかル」
復活を果たしたウルルに叱られる。そうだね。いい加減真面目に話し合わないと。
「そうだぞ。ちゃんと話し合いをしないと駄目じゃないか」
いつの間にお前も復活したんだ。ウルルの横に蘭子も並び立っている。昴が上履きで襲撃しようとするけど、今度は楽に回避した。油断していないと、きちんと躱せると証明したわけだ。
「そうだバ。真面目にやるバ」
更にダメ押しされる。あれ、不純物が混じっていないか。
嫌な予感がしながらも、ボクは顔を横に向ける。すると、さぞ当たり前の如くバンティーが漂っていた。
「バンティー! いつの間にそこにいたの」
「魔法少女あるところ俺っちありだバ。それに、せっかく同朋と会えるのに黙っていられるはずがないバ」
バンティーが神出鬼没なのは慣れっこだけど、今までどこに潜伏していたのやら。詮索すると後悔しかしないからやめておこう。
「お、ウルルじゃないかバ。久しぶり、元気にしていたかバ」
「元気にしていたかじゃないル。ずっと連絡を寄越さないから心配していたル」
「色々あってご無沙汰だったバ。でも、お互い無事でよかったじゃないかバ」
「やれやれ。バンティーは異世界にいた時と全然変わらないル」
漂々としたバンティーとは対照的に、ウルルは気苦労が絶えないようだ。両者の異世界での生活が目に浮かぶ。
「びっくりしたバ。いつの間に新しい魔法少女を生み出したのかバ」
「ダイカルアを倒すためには当然だル。バンティーだって魔法少女を生み出しているじゃないかル」
「俺っちは既に三人も誕生させたバ。すごいだろ」
「量よりも質だル。ダイヤモンドはともかく、後の二人は大したことないル」
「ちょっと、そこの犬。表に出てもらおうか」
華怜さん、妖精相手に本気にならないでください。そして、ウルルは咄嗟に昴の足もとに隠れるあざとさを見せつける。渚先輩が怒る機会を失ったじゃないか。元々怒るつもりは無さそうだったけど。
サブタイトルが某国民的アニメの劇場版タイトルに似ているのは気にしないでください。
ここだけの話、志田未来が出演していると知ってガチで劇場まで見に行きました。下手したら20年ぐらいぶりかな。ヘンダーランドは傑作だった。




