ダイヤモンドを探し出せ
ダイカルアから避難する人々にもまれながらも、ボクはある地点へと急いでいた。正直、功を奏する可能性は限りなく低い。でも、奇跡を起こさないと華怜の命が危ないんだ。元はと言えば、ボクの一時の迷いが招いたこと。自分で蒔いた種ぐらい、自分で回収してみせる。
息切れしつつもたどり着いたのは自宅近くを流れる河川だった。いつもは橋を渡るところだけど、ボクは岸部へと周る。季節は夏へと向かっているとはいえ、まだ肌寒い日が混じることがある。夏だとしても冷たいで済まされないだろう。一瞬躊躇したけれど、ここまで駆けてきて止めるなんてちゃんちゃらおかしい。大きく深呼吸すると、ボクは河川へと足を踏み入れた。
少し進むだけで膝まで水につかる。靴が水浸しになっているせいで気持ち悪いうえに歩きにくい。流れは穏やかなので深みにはまらなければ溺れる心配はない。それよりも、服の上からでも冷たさに苛まれる。川底に手をつけてみたけど、しばらくすると指先が痺れてくる。冬場だったら完全に自殺行為だったな。
しばらく浸かっていることで、どうにか水温にも慣れてくる。それで安心している場合ではない。わざわざ水遊びするために川に入ったんじゃないんだから。
四つん這いになりながら川底をまさぐる。しかし、泥だったり小石だったりでなかなかお目当ての感触にぶち当たることはない。第一、かなり無謀なことをしている。自覚しているつもりだけど、こうするしか方法はないんだ。
ボクが探しているもの。それは、昨日投げ捨てたダイヤモンドである。穏やかな流れのこの川だったら、さほど遠くまでは転がっていないはずだ。
希望的観測に過ぎないけれども、妄信的にボクは川底を探り続ける。それっぽいものにぶち当たったと思いきや、単なるゴミだったり、無駄に形がきれいな石だったりとなかなかお目当ての物に辿りつかない。成果が上げられないまま無慈悲に時間だけが過ぎていった。
やはり、浅瀬ばかりを探っていても意味がないか。ボクは生唾を飲みこむと中腹を見据える。
喉かな川とはいえ、危険がないわけではない。ただ、橋から投げ捨てた位置を推測するに、嫌が上でも岸から遠ざかる必要があるのだ。底を転がって岸にたどり着いているんじゃないかな。ならば、わざわざ危ない目に遭いに行くこともない。
でも、一か八か踏み込むしかない。だって、浅瀬はあらかた探り終えたのだ。これ以上留まっていても埒が明かない。けれども、中腹に行くのは怖い。どうすべきか。
目をつぶって必死に考える。ただ、躊躇している間にも華怜が嬲られ続けているんだ。臆病風に吹かれたせいで華怜まで失うことになったら。そうだ、そんなのは嫌だ。
ボクは開眼すると、一歩一歩着実に岸から遠ざかっていく。大丈夫、まだ浅い。膝上までびしょ濡れになるけど、腰までは達していない。もしかして、全体的に浅い川だったんじゃ。ならば、必要以上に怯えることはなかったな。
なんて、安堵していたのが甘かった。ちょっと前に家族で行った海だってそうだった。浅くて大丈夫かなって油断していたら、急に深みに嵌まることがある。この川だけが例外だなんて、そんな都合のいい話はなかった。
肘まで水に浸かりながら底を漁っていたところ、いきなり右足が呑み込まれた。まるで仕掛けてあった落とし穴にはまったかのようだ。しかも、かなり凶悪な落とし穴だ。腰の上まで水没する。
焦燥して左足を踏み込んだが、そちらもまた大穴へと突っ込んでしまった。無尽蔵に体が埋没していく。そんな、この川がこんなに深かったなんて。
浅いと思い込まされていたのは、泥が堆積していたからだったようだ。一度踏み崩してしまったが最後。崩落していく泥とともに、ボクの体も水底へと吞まれていく。やばい、非情にやばい。華怜より先にボクが死んじゃう。
必死にもがくけど、非情にも自然の力には逆らえない。この川、意外と深かったのか。下手したら、ボクの身長の二倍以上の深みがある。泳げないわけじゃないけど、如何せん衣服を着ているので思うように身動きができない。着衣状態での水泳は難易度が上がるって保健体育で習ったけど、よもや身をもって実感することになろうとは。
あがけばあがくほど、ボクの体は水底へと沈む。もうダメだ。なんて情けない。幼馴染を救えなかったばかりか、勝手に自殺する羽目になるなんて。やっぱり、安全を優先して無意味に浅瀬を放浪していた方がよかったのかな。諦観したボクは全身の力を抜いた。
無抵抗のままボクの全身は川底へと沈んでいく。そのはずだったが、強い力で引っ張られた。ゆっくりだが浮上していく。おかしいな。浮かぶなんてことはあるはずがない。そうか、昇天しているのか。ああ、臨死体験をしてしまうとは本当に終わりだな。
「しっかりして、サキちゃん」
おまけに幻聴まで聞こえる。しかも、渚先輩そっくりだ。いや、そっくりというかそのものじゃないか。
おかしいぞ。臨死体験をしているのに、どうして渚先輩の声が聞こえるんだ。まさか、渚先輩も死んでしまったのか。いや、その割に腕に伝わる触感には温かみがある。偏見だけど、死者の手だったら冷たいんじゃなかろうか。
疑念が渦巻く中、ボクは顔を上げる。直面したのは必死の形相でボクを支えている渚先輩だった。一体どうなっているんだ。先輩は会場にいたはず。なのに、どうして川の中にいるんだ。
諸事情により致し方ないけど、本当は川の中に入っちゃダメだからね。




