執念の変身
うろたえているボクらだったけど、ルビィは痛めつけられた手首を庇いながらも、クロコダイルカルアを睨みつけた。
「心配することはないわ。優輝が変身しなくても、私がこいつを倒せば万事解決するのよね。ならば問題ないじゃない」
「無茶だバ。とっくに変身が解除されていてもおかしくないバ。これ以上やると、君の身が持たないバ」
「死にぞこないが。そんなにも死に急ぎたいのなら望み通りにしてやらあ」
クロコダイルカルアは吼えかかるとチェンソーを一閃させる。まともに動くことができないルビィに恐怖の刃がまともに炸裂する。
壇上から叩き落されるルビィ。背中から墜落するも、魔法少女の加護により大事には至っていないようだ。しかし、既に限界を迎えていた。仰向けに倒れると同時に変身が解除されてしまったのだ。
辛そうではあるが、外的な傷は軒並み回復しているようだ。魔法少女変身時に受けたダメージは残らないという配慮だろう。しかし、強制的に変身が解けてしまったため、もう戦う力は残されていない。ましてや、変身前のままチェンソーをぶん回す相手と張り合おうなんて酔狂の極みである。
でも、華怜は肩で息をしながらも宝石を構える。まさか、まだやるつもりなの。
「アーネストレリーズ! ミラクルジュエリールビィ」
変身の呪文を唱えるも肉体に変化は訪れない。やはり、インターバルを設けないと無駄みたいだ。
「アーネストレリーズ! アーネストレリーズ! アーネストレリーズ!」
呪文を連呼するけれども、一向に変身する気配はない。哀れみを込め、クロコダイルカルアはヤンキー座りで首を傾げる。
「変身できないてめえに用はねえ。とっとと消え失せな。それとも、俺様のチェンソーに絶望してくれるんならいくらでも居てもらっても構わねえぜ」
「ふざけないで! あんた相手に絶望するわけないでしょ。アーネストレリーズ! くそ、どうして変身できないのよ」
口惜しそうにルビィは宝石を握りしめる。鉱石のはずなのに砕け散りそうな勢いだった。
チェンソーがちらつく度、ボクの膝は笑いそうになる。一歩踏み出すだけでも相当な勇気がいる。でも、このままじゃ華怜がやられる。
「華怜、下がって。ボクがやる」
「ちょっと、変身できないのに何言ってるのよ」
渚先輩の言うことも尤もだ。出しゃばったところでどうにもできない。でも、華怜を見殺しにするなんて。
大人しく引き下がる。そう思っていたんだけど、華怜は力強くルビィを掲げた。
「いや、優輝が戦うのなら私がやる。あなたこそ下がってなさい」
「でも、華怜だって体がボロボロじゃないか。それに、変身できるはずが……」
「気合があればどうにだってなるわよ」
目をつぶって、胸に宝石を当てる。すると、手の内から赤い光がこぼれだした。まさか、起動したというのか。
「アーネストレリーズ! ミラクルジュエリールビィ!」
紅の閃光が迸り、華怜の全身を包む。まばゆさに顔を背けるが、再度彼女の姿を目撃した時には、ヴァルルビィへと変身を遂げていた。
「信じられないバ。変身解除されたのに再度変身するなんて」
一度変身解除されたら、一日は変身できない。そんな定説を覆してみせた。まさに、華怜の執念が成し得た技だろう。
でも、全くの無事というわけにはいかなかった。魔法少女の装束は修復されず、所々が破損している。見目美しい魔法少女とは程遠いみすぼらしい姿だ。
しかも、前回変身時に受けた傷が受け継がれているのか、激痛に苛まれている。悲鳴をあげて膝をついたのが何よりの証拠だろう。やっぱり、リスクなしで再変身できるほど甘くなかったんだ。
「ギャッハーッ! また変身した時は正直ビビったが、ボロボロじゃあ恐れるに足りねえな。またチェンソーの餌食にしてやるぜ」
「やってみなさいよ。今度こそ負けないんだから。聖剣変化」
傍に転がっていたサイリウムを掴み、愛刀であるディザスカリバーを顕現させる。果敢に突撃していくが、腕の一振りで跳ね返されてしまう。
腕力だけでも押し切られそうだが、クロコダイルカルアは容赦しない。チェンソーを唸らせるとルビィへと迫ってくる。ディザスカリバーでどうにか応戦するものの、チェンソーは暴力的に剣先を砕いていく。そして、力任せに振り上げるや、ディザスカリバーを真っ二つに粉砕した。
武器を失ってもなお突進するけど、首根を掴まれて放り出されてしまう。起き上がっては立ち向かい、跳ね返される。無意味にも思える繰り返しでルビィはまたもダメージを蓄積させていく。そして、再度変身が解除されてしまった。
「やっぱり限界なんじゃねえのか。とっとと諦めな」
「まだよ。アーネストレリーズ! ミラクルジュエリールビィ」
輝きと共に再度ヴァルルビィへと変身を遂げる。二度ならず三度までも。もはや、執念だけで戦っていると言ってもいい。
ただ、いくら変身を果たそうとも力の差は埋められそうもない。
「もういいよ、華怜。どうしてそこまで頑張るんだ。いくら変身したって勝てっこないじゃないか」
「それでもやるしかないじゃない。だって、私が戦えないとなると優輝が戦うことになる。あなたが傷つき、悩むぐらいなら私が傷ついた方がはるかにマシよ」
「どうしてボクが戦おうとするとそんなにムキになるんだ。前もそうだったけど、過剰に反応しすぎなんじゃないか」
「忘れたとは言わせないわよ!」
急に大声を張り上げるもんだから、ボクは身をすくめる。一体いかなる出来事が彼女を掻き立てているんだ。
「あの時、優輝はどうしようもないくらい落ち込んでいたじゃない。だから決心したのよ。あなたが傷つくようなことは一切させないって」
あの時。ふと、思い当たる節があった。ボクが絶望していた時って、まさか。
華怜の決心が本当なら、冗談抜きで彼女は死ぬまで戦い続けるつもりだ。いくら臆病風に吹かれているからって、そんな真似を許容できるわけがない。
かといって、戦う力がないのも事実。いや、ある。はっきりいって愚策中の愚策だ。効率主義者の渚先輩からするならナンセンスの極みだろう。でも、これしか華怜を救う方法がない。
「待ってて。クロコダイルカルアをぶっ倒す術を見つけてくる」
二の句を告げさせず、ボクは一目散に会場から走り去る。
「ギャッハーッ! 臆病風に吹かれて逃げ出したか。てめえが必死になって守ろうとしていた輩はとんでもねえ腰抜けのようだな。バカ真面目に俺様に抵抗していないで、さっさと尻尾を巻いた方が身のためだぜ」
「ふざけないで。優輝はあなたが思うほどヤワじゃないわ。きっと、策があるのよ。あいつが戻ってくるまで私は負けるわけにはいかない」
「そんなボロボロの体で刃向うつもりか。いいだろう、徹底的にひねりつぶしてやんよ」
二人の声が遠ざかっていくが、最後に刃が交じり合う音がひときわ大きく響いた。




