屈辱的な白状
しかし、クロコダイルカルアは鼻息を鳴らした。余裕をも窺える態度にルビィの顔が曇る。
「集約せし祈りよ! 我が身に祝福をもたらせ! 魔壁招来」
魔法を唱えると、クロコダイルカルアの全身が光に覆われる。加熱されて苦悶していたはずなのに、余裕すら醸し出している。あいつ、一体どんな魔法を使ったんだ。
「クロコダイルカルアは防御の魔法を唱えたんだバ。ダイヤモンドが使える反射魔法の下位互換だけど、厄介なことには変わりないバ」
「防御魔法なんざ趣味じゃねえが、勝つためには選り好みしている必要性はねえからな。更に言っておくと、俺様の鱗は魔法攻撃を軽減する効果がある。そいつを強化しちまえば、てめえの魔法なんざ塵同然だぜ」
ただでさえ高い防御力を更に強化したってことか。必殺魔法まで封じられたら勝てっこないじゃないか。
炎も厭わず前進し、ルビィの手首を蹴飛ばす。悲鳴をあげ、同時に火炎が終息してしまう。歯噛みするルビィだけど、クロコダイルカルアは更なる絶望を突きつけてきた。
「自然を犯す凶牙よ! 我が僕となりて暴虐の限りを尽くせ! 惨殺鎖鋸」
片手を掲げ、物々しい殺戮兵器を召還する。
「ちょっと、あれは卑怯でしょ」
初見であるサファイアは瞠目して慄く。ここに来てあいつの必殺魔法。まさに詰みであった。
クロコダイルカルアはチェンソーを構えるとサディスティックにルビィに刃を差し向けた。
唸りをあげて刃を回転させる。人間の手では到底薙ぎ倒せない大木をいとも簡単に切断する悪夢の機器だ。決して人間に対して使ってはいけないが、肉体を真っ二つにするぐらいは造作もない。
「どうやら、もう抵抗する力は残ってねえみたいだな。魔法少女なんざ大したことねえぜ。どうせなら、ダイヤモンドを屠りたかったが、出てくる気配がねえな。おい、そこの女。ダイヤモンドを引っ張り出してくるんなら、命だけは助けておいてやるぜ」
「ふざけたこと言わないでよ。まだ終わってないわ」
「ギャッハーッ! 虚勢だけは一丁前だな。ならば、てめえからやっちまってもいいんだぜ」
迫り来る刃にルビィはつい瞼を閉じる。どうしよう。冗談抜きでルビィが危ない。
汗が滲む手をズボンで拭きとる。すると、横から小突かれる。どうにか立ち上がれるまでに回復した渚先輩が肩に手を置いてきた。
「可愛い後輩を頼るなんてお姉さんの主義に反するけど、ここは仕方ない。サキちゃん、ダイヤモンドに変身して」
周囲に聞こえないよう配慮された囁き声だった。でも、ボクの耳にはしかと届いている。反応しなくてはいけないと分かっているけど、首を縦にも横にも動かせない。ただ、蹂躙されるばかりのルビィを直視したまま固まってしまっている。
「どうしたの、サキちゃん。あなたならばクロコダイルカルアを倒せるでしょ」
「無理なんだ」
「無理って、そんなわけないでしょ」
「いいや、本当に無理なんだ」
そう、無理なのである。物理的に。
「渚、ダイヤモンドに期待するのは止めた方がいいバ。だってもう、そいつは魔法少女じゃないバ」
「ちょっと、言っていることが分からないわよ」
「ごめん、先輩。今のボクは変身できない」
決別したはずなのに、胸の中は申し訳なさでいっぱいだった。どうしてこんなに後悔するんだ。魔法少女なんて縁もゆかりもないはずだ。ボクがみんなを救う義務なんてない。でも、口惜しい気持ちが沸いてくるのは何故なんだ。
「ギャッハーッ! 頼みの綱のダイヤモンドが来ねえのか。まったく、つまんねえな。このまま手ぶらで帰るわけにもいかねえ。せめて、てめえらを死ぬほど脅迫し、邪神復活の糧にしてやるぜ」
「あんた、何をする気よ」
「なあに、このチェンソーでゆっくり切り刻み、長時間激痛を味あわせる。その間、邪神様へ恐怖心を授けることとなる。まあ、途中で死んでしまったら、そっちの女を切り刻めばいい話だからな」
遠まわしだけど、本気でボクらを殺すつもりだ。まさに許されざる外道。けれども、ボクには吠え面を掻くことしかできない。
「サキちゃんが争い事が苦手なのはわかっている。でも、状況を打開するにはダイヤモンドしかないの。お願いだから変身して」
渚先輩に肩を揺らされる。でも、ボクはうなだれることしかできなかった。ただ、いつまでも黙っているわけにはいかない。クロコダイルカルアに聞こえないよう、正直に白状することにした。
「変身したくても物理的に変身できないんです」
「物理的って、どういう意味よ」
「捨てたんです。ダイヤモンドを」
渚先輩は絶句していた。変身アイテムが無いから変身できない。まさか、どん詰まりの状況でこんな冗談みたいな問題に直面するとは思ってもみなかっただろう。
「だから言ったバ。戦う意思がない以上、期待するだけ無駄なんだバ。でも、手詰まりには変わりがないバ。変身が解けたサファイアは論外。ルビィも戦闘不能になるのは時間の問題唯一打開策があるとするなら、第三の魔法少女を呼ぶぐらいだバ」
ダイヤモンド以外の別の魔法少女を誕生させると示唆しているようだ。けれども、都合よく魔法少女の適合者が会場内にいるなんて限らない。探している間にルビィが、いや、華怜が命の危機に瀕してしまう。




