誰を誘おうか
帰宅するや、油っこい匂いが鼻をつく。かすかに何かを揚げる音も聞こえる。今日の献立は天ぷらか。そして、夕方から料理をしているのはあいつしかいない。
「お兄ちゃん、お帰り。今日は遅かったのね」
「色々あってね」
会話が夫婦のそれっぽいけど、気にしないでね。高温の油を臆することなく、穂波はてんぷら粉がついたナスやレンコンを鍋に投入していく。天ぷらってけっこう難易度高い料理だよね。最近流行しているアイドルソングを口ずさみながら作れるって、本当に穂波の料理スキルっておかしいよな。
しばらくして、食卓には小麦色の料理が並ぶ。油っこさを和らげるため、サラダも用意されているのがミソだ。父さんは仕事で遅いだろうから、二人での食卓だ。
絶え間なく箸を動かしているボクを穂波は不思議そうに眺めている。調子に乗りすぎてほっぺにお弁当でもついていたかな。いやあ、この天ぷら旨すぎるだろ。揚げすぎてギトギトになることなく、程よく油がのっている。
相変わらずジト目になっている穂波だが、味噌汁を一飲みすると切り出した。
「お兄ちゃん、いいことでもあったの」
「色々とね」
ボクも味噌汁を呑む。うむ、いい出汁が出ている。「天ぷらに力を入れていたから、味噌汁に使っているのは市販のだしの素よ」って突っ込まれたけど。
そうだ、ちょうどいいものがある。いつも料理を作ってもらったばかりだからな。兄として労ってあげないと。
「穂波、ロックフェスに興味があるか」
「今度の休みにやるやつよね。あれ、すごい人気みたいじゃん。チケットもなかなか手に入らないみたいだし」
「そうだろ。それでだ、これを見てほしい」
二十二世紀の猫型ロボットが秘密道具を出す時の効果音を再現しながら、ポケットに入れていたチケットを取り出す。目撃した穂波は身を乗り出した。
「すごい、フェスのチケットじゃん。お兄ちゃん、いつの間に手に入れたの」
「ちょっと伝手があってさ」
実際は出会って一日のお姉さんからもらいました。そのまま結婚したら国中が冬に変えられそうだな。
浮足立っている穂波だけど、急に肩を落とした。あれ、嬉しくなかったのかな。
「せっかくだけど、フェスには参加できそうにないや」
「予定でも入ってるのか」
「うん。子供会の料理教室と被っちゃっててさ。もう予約してるから今更キャンセルできないし」
町の子供会が主催している、小中学生向けの料理教室か。穂波は小学生の頃から欠かさず参加している。もはや、穂波が教師をやった方が有益なんじゃないかな。ちなみに、今回のテーマは「ハンバーグを作ってみよう」だそうだ。
穂波が駄目となると、他に誘えそうな人はいるかな。覇王。あいつは興味なさそうだな。「どうせならアニソンライブにしてくれ」って言いそう。
ならば、あの二人か。ショッピングセンターでの一件があったばかりだから、容易にはいかないと思う。まあ、ダメもとで電話してみるか。思案しながらも、ボクは休みなく天ぷらをつまんでいくのだった。最終的には「お父さんの分も残しておいてよね」って穂波に叱られた。
それで、例の二人に電話したところ、すんなり了承されました。当日の展開が大体予想できるな。恨まないでくれよ、チケットが合計三枚あるのが悪いんだ。
明日のイベントを楽しみに夢の中に旅立つ。しかし、繰り広げられたのは陰鬱たる光景だった。まただ。得体の知れない化け物。姿かたちは朧気だけど、ボクの身長の何倍もある巨体ということだけは分かる。
化け物が口を開く。やっぱり。あいつの声はどこかで聞き覚えがある。耳にする度苛立ちが募るは何故だろう。
そして、ボクの隣を駆け抜けていく白装束を纏った美女。彼女にもまた親和性がある。それも、安堵を伴うものだった。振り返ってほほ笑む彼女。表情を目の当たりにし、ボクは知らずの内に呼びかけていた。
「もしかして……さん?」
目が覚めると辺りは真っ暗だった。それもそのはずだ。時刻は真夜中の三時。半端な時間に起きるなんて、じじいになったんじゃあるまいし。
さっきの夢は本当に何だったんだろう。度々見るけど、ここ最近は頻発しているような。重要っぽいけど、よくわかんないし。
ええい、やめた、やめた。難しいこと考えても致し方ない。ひとしきり頭を掻きむしると、ボクは朝まで二度寝を決め込むのだった。翌朝、穂波にたたき起こされたってのは内緒だよ。
さて、フェスの当日がやってきた。天気は快晴。朝早くから汗ばむ陽気となっている。溢れんばかりの熱気は気候だけのせいじゃないだろう。会場となっている野外ホールの周辺には露店が立ち並び、既に人だかりができている。あと一時間足らずで押しくらまんじゅうにされるだろうな。
待ち合わせ場所としたホール前の広場でボクは雷を落とされた。
「どうしてこうなった」
あれれ、おかしいぞ。前にも同じ状況があったよね。八話分同じ話を繰り返してはいないよな。
「ねえ、私は優輝『と』フェスに来たはずよ。どうしておまけがいるのかしら」
「それはこっちのセリフよ。私だってサキちゃん『と』フェスに来たはず。なのに、変な付属品がいるじゃない」
お互いに「と」を強調しないでください。変な期待を持たせて悪かったけど、三枚を消費するにはこうするしかなかったんです。
しかし、華怜と渚先輩って会うたびに喧嘩しないと気が済まないのかな。いっそのこと、覇王を無理やり誘った方がよかったかも。あいつは今頃自宅でネトゲでもしているだろう。
「まあ、変なのが付いて来ちゃったもんは仕方ないわね。サキちゃん、今日はお姉さんと楽しみましょうね」
「いいや、楽しむのは私の方よ。優輝、渚のことはいないと思っていいからね」
両方から腕を引っ張られる。これって両手に花って言うのかな。両手にラフレシアを抱えている気分だ。
まあ、華怜と渚先輩を個別に誘った時点で、この未来は予測できたけどね。とにかく、原因であるボクがどうにか宥めないと。
「フェスまで時間があるからさ。しばらく露店でも見て回ろうよ」
「まあ、ちんちくりんと喧嘩して時間を浪費してももったいないわね。サキちゃんの意見に従うとしますか」
「ちんちくりんで悪うございましたね。さっさと行くわよ、優輝」
先導して引っ張るのはいいけど、どちらか一方向に決めてもらえませんか。両腕が引きちぎれそうになって痛いからさ。まあ、この上ダイカルアと戦わなくちゃいけないってなったら身が持たなかったよ。って、ダイカルアのことなんて考える必要ないじゃん。あんな怪物、ボクとは関係ないんだ。




