使命の放棄
自宅近くに小川が流れており、歩行者専用の桟橋が掛けられている。通学路にもなっているので、日常の風景の一つである。川辺には暁が反映されて幻想的な風景が展開されていた。
問題なく通り過ぎようとしていたけれど、橋の真ん中で思わぬ知人と遭遇した。いや、知「人」って呼称していいのかな。知蝙蝠の方がふさわしいか。
「怪物を倒した後の帰りにしては遅かったバ。途中で道草でも食っていたのかバ」
「ちょっとね。寄り道したってボクの勝手でしょ」
どうしてだか、ボクはバンティーに敵意を抱いていた。今のも明らかに棘があったと思う。
「なんか不機嫌だバね。今日はミノタウロスカルアを倒せて万々歳なんじゃないのかバ」
「うん、そうだね」
「張り合いがないバね。君には期待しているのに」
またこれだ。ボクに過度に期待しすぎだって。一介の中学生がどうこうできる問題じゃないのに。
足元の小石を蹴っていると、バンティーが顔を覗きこむ。
「調子が悪いのかバ。俺っちにできることがあるのなら、何でも言って欲しいバ」
なんでもって言ったよね。ボクは顔をあげてバンティーを直視する。
「じゃあさ、魔法少女の任務を解いてよ」
「な、なんてことを言うバ」
驚愕するのも無理はないだろう。バンティーにとって、ボクは最大の戦力。ボクを失うのがどれだけ痛いかは分かっているはずだ。
「君にはどうしても頑張ってほしいバ。君の力があればダイカルアを壊滅させられるんだバ」
毎度毎度それだ。悪徳宗教の宣伝みたく、頭の中にこびりついている。邪教集団よりも性質が悪いんじゃないだろうか。
「あのさ。前から言いたかったけど、どうしてもボクが戦わないといけないの。他にも魔法少女は居るはずなのに」
「君の力が並外れているからだバ。確かに、俺っちが知る限り、この世界で活躍している魔法少女は数十単位で存在しているバ。でも、君に匹敵する力を持つ魔法少女なんてまずいないバ。正直、最強だと言っても差支えがないバ」
「じゃあ、最強だからダイカルアと戦わないといけないわけ。そんなのおかしいよ。変哲の無い中学生がチェンソーとか斧を振り回す怪物と戦うなんて」
「でも、結局は倒せたんだからいいじゃないかバ。ミノタウロスカルアはともかく、クロコダイルカルアだってその気になれば消滅させることができたはずバ」
このコウモリは人殺しを推奨しているのだろうか。もちろん、ダイカルアの怪物がどうしようもない悪党だって分かっているよ。でも、根絶やしにするまで戦い続けなくてはいけないなんて。
「それにさ、変身すると女の子になるなんてふざけてるでしょ。あの格好、正直滅茶苦茶恥ずかしいんだからね」
「俺っちもまさか、男が魔法少女になれるなんて思ってもみなかったバ。でも、ある意味ご褒美なんじゃないかバ。いつでも好きな時に女になれるなんて、夢のような能力だバ」
「茶化さないでよ。恥ずかしいだけで得なんてないじゃないか」
バンティーの変態思考もむかつくだけだった。女装趣味もないのに、女の子でも恥ずかしくなるような衣装を着るって罰ゲームでしかない。しかも、衆目に晒されているんだよ。カメラを向けられた日には穴に籠りたくなった。
募り募った不満はもはや爆発寸前であった。
「どうしても、魔法少女の任務を辞めることはできないんだね」
「君には申し訳ないけど、そうなるバ。ダイカルアを全滅させるまでは力が消えることはないバ」
前にも受けた説明の通りだ。いつ終わりがあるか分からない争いに身を投じるしかないらしい。
いや、きちんと抜け道が示されているじゃないか。冴さんが言っていた。重荷は捨ててしまえばいい。
「じゃあさ、物理的に変身できなくなったらどうなるの」
「もしかして、ダイヤモンドを破壊しようとしているバ? それは無理だバ。ダイヤモンドは最強の硬度を誇る宝石だバ。そんじょそこらのことでは破壊できないバ」
それくらい分かっている。ダイヤモンドを砕こうなんて酔狂の極みだ。それに、破壊しようとしても、魔法の力でいかなる攻撃も無効にされるのがオチ。多分、その辺りの対策は抜かりないだろう。
でも、バンティーは気づいていない。ダイカルアを倒さずともヴァルダイヤモンドにならなくて済む唯一の方法に。
ボクは橋の手すりの外に手を伸ばした。握っているものを目にし、バンティーは愕然とした。そりゃそうだろう。ボクの右手にはダイヤモンドがあったのだから。
「馬鹿なことは止めるバ。何をしようとしているのか分かっているのかバ」
「当然。いくら力を持っていても、ヴァルダイヤモンドに変身できなければ力を発揮できない。そして、変身するためにはこの宝石が必要。じゃあ、宝石そのものを手放せば変身できなくなる」
特撮ヒーローでたまにあるエピソードだ。メンバーが変身アイテムを無くすことで変身不能に陥り、それがもとでピンチになる。逆に捉えれば、能動的に変身アイテムを失くしてしまえば、変身しなくて済むってわけだ。
バンティーはこの世の終わりかのように喚いている。ひとつ懸念があるとするなら、ダイヤモンドを再度作り出して変身できるようにすること。でも、焦燥の具合からして、再発行は不可能みたいだ。まさに、詰みってやつかな。
正直、この時のボクはダイカルアの怪物並に邪悪な顔をしていただろう。バンティーにとっては極悪非道な行いをしているからな。でも、知ったことか。勝手に理不尽な使命を押し付けた報いだ。ボクは宝石を握っていた手の力を緩める。
夕焼けの暁を反射して、紅に輝きながらダイヤモンドは川へと吸い込まれていく。バンティーは急降下して宝石を追う。しかし、降下開始した高度が高すぎたことと、ダイヤモンドの落下速度が予想以上に早かったことで、いくら頑張っても追いつけずにいる。バンティーの努力もむなしく、ダイヤモンドは音を立てて水面に吸い込まれていった。
絶望を顕わに浮上してくるバンティー。反して、ボクは清々としていた。とんでもないことをしたという自覚はあるはずだった。でも、晴れやかな気分に支配されて、罪悪感なんて微塵もなかった。冴さんの言う通りだ。重荷があるなら捨ててしまえばいいじゃないか。どうして、こんな単純な手を今まで思いつかなかったのだろう。
唖然としているバンティーに対し、ボクは清々としていた。もうダイカルアと戦わなくて済む。胸の中のしこりが取れて大満足だった。
しかし、バンティーの表情が険しくなっていく。普段のお茶らけた調子からは想像もつかないほどの般若の形相だった。そんなに睨まないでよ。怒られて当然のことはしているけどさ。
「君がここまでヘタレだとは思っていなかったバ。いくら力があったって、君のなよなよして卑怯な性格では、一生かかってもダイカルアを壊滅させるなんて無理だバ」
「悪いことをしたとは分かっているけど、そんなに強く言わないでよ。第一、なしくずしにボクを魔法少女にしたのがいけないんじゃないか」
「君を変身させなければ、スパイダーカルアの餌食になっていたバ。少なくとも、責められるいわれはないバ」
昔のことを掘り返してきたな。ヴァルダイヤモンドになったことで、スパイダーカルアの魔法から身を守ることができた。一時的に危機を脱したものの、見返りが大きすぎるじゃないか。
「もう放っておいてくれよ。ボクはもう戦うのは嫌なんだ」
言い争いをするのも億劫になり、ボクは大声をあげる。自暴自棄になった時点で口喧嘩としては負けだろう。でも、それでいいんだ。無益に争うなんて御免だ。傷つくぐらいなら、後ろ指を指された方がまだマシなんだ。
ボクの叫びを聞き、バンティーはしおしおと翼をたたむ。諦観しているのは明らかだ。
「変身能力を失ってしまった以上、君には用はないバ。さっさと新たな魔法少女を探しに行くバ」
恨めしそうに一瞥されたけど、別にどうでもよかった。表には出さなかったけど、胸の中では舌を出していた。
バンティーが飛び去ってから思ったけど、ボク、相当性格悪かっただろうな。でも、こうでもしないと永遠に戦い続ける羽目になる。ならば、変態に恨まれる方がよほどいい。ボクは鼻歌混じりで帰路につくのであった。




