謎の占い師
もうすぐ商店街を抜けようとしていた時である。ふと、横目に裏路地が映りこんだ。この商店街は度々訪れるけど、こんな通りがあったことなんて気が付かなかった。
一度気になってしまうと、どうにも抗えないのが人間の性だ。ほんの興味本位でボクは裏路地へと足を踏み入れる。怪しげなお店がありそうで特に変わったものはなさそうだ。店の裏にあるのなんてゴミ箱ぐらいだろう。
なんて高を括っていたけれど、ボクの足はある一点で留まることになった。露天商よろしく机を構え、簡易的な椅子に座っている。机の上には透明な水晶が鎮座していた。ボクが持っているダイヤモンドと色合いはそっくりだ。
でも、水晶を覗いていると次第にもやもやした気分になる。そこの知れない闇に吸い込まれそうな心持ちだ。顔を背けようにも、見えざる手で頬を固定させられているようである。
「水晶に興味がおありですか」
いきなり声をかけられ、ボクは「うぉ」と素っ頓狂な声をあげる。まったく、びっくりしたな。
声の主は黒いローブに三角帽といういかにもという感じの魔女だった。ただ、年のころはボクと同じくらい。なので、魔女というよりも魔法少女と呼称するべきか。本物の魔法少女になれてしまうボクが言うのもなんだけど。
もしかして、四人目の仲間かな。でも、バンティーから特に聞かされていないし。そうなると、ただのコスプレという可能性もある。
ちらちらと水晶と少女を交互に見遣る。こんな辺境の地にお店を構えていること自体妙だけど、少女の恰好が珍妙さに拍車をかけていた。むしろ、まともである要素が一つもない。
「熱心に観察しているようですが、もしかして占いに興味がおあり?」
「ここ、占いのお店だったんですか」
「そうではないなら、何だと思ったのですか」
怪しげな露天商なんじゃないですか。本人を前にそんなこと言う度胸はないけど。油断していると十万円の壺とか売りつけられそうだ。
なおも警戒していると、少女は破顔して手を差し伸べてきた。
「ここで会ったのも何かの縁です。よかったら、占って差し上げましょう」
「いいんですか。でも、お金持ってませんよ」
「お代は結構です。占いは趣味でやっていることですから」
趣味で露店を構えるって相当だな。町の似顔絵屋さんとかと同じ感覚か。あれって、無許可だと警察に追われるんじゃなかったっけ。
なおも訝しんでいると、少女は三角帽を取り去った。つばに隠れて目立たなかったけど、かなり顔立ちが整っていた。魔女装束が様になるぐらいミステリアスだけど、童話の悪徳魔女のようないやらしさはない。あまりにも典型的な魔女っ娘にボクは釘付けにされた。
「なるほど。あなた、悩んでいることがありますね」
「ど、どうして分かったの」
あとから思えば、占い師の常套手段だったのかもしれない。「悩んでいることがありますか」なんて尋ねられれば、普通は思案するだろう。頭の中をもやもやにしたうえで質問を重ねて答えを導き出す。難しい言葉だと誘導尋問って言うんだっけ。ちょっと意味が違うか。
「この水晶にかかれば、あらゆることはお見通しです。ふむ、どうやらあなたには重荷があるようです」
「重荷?」
心臓を掴まれそうな気分だった。意図せず、ポケットの中に入れていたダイヤモンドに手を当てた。
「あなたは意図せぬ使命によって多大なる負荷をかけさせられている。しかも、逃れようとしても逃れられない。違いますか」
この人、エスパーですか。どうしてそんなに鮮明に分かるんだよ。
二の句も告げずにいると、肯定と捉えたのか少女は続けてきた。
「心配する必要はありません。私が解決方法を占って差し上げましょう」
両手を水晶の上に掲げると、球体は仄かな光を発し始めた。黒装束に反する真っ白な光。中に蛍光灯が仕込んであるってわけじゃないよね。なんというか、人工的な光とは違う気がする。怪しげな輝きに、つい目を奪われてしまう。
少女はそのまま撫でるように手を動かした。所作に反応するように、水晶の光も次第に強くなっていく。まぶしくて瞼を閉じてもおかしくないはずだけど、ボクは完全に釘付けになっていた。
やがて、少女が手を引っこめると、水晶の輝きは急速に失われた。ようやくボクは金縛りから解放される。知らぬ間に圧迫されていたのか、よろめいて背中から壁に激突してしまった。
運動したわけでもないのに、胸が苦しい。不可視の手で体内をまさぐられていたかのようだ。そんな比喩をすると、相当気持ち悪いことされているみたいだな。実際、乗り物酔いをした後ぐらいに不調だ。
「なるほど。分かりました。あなたの不安を取り除く方法。それは、重荷となっているものを捨てるのです」
「小学生でも思いつきそうな解決法ですよね」
皮肉をかましたけれど、少女は微笑を浮かべるだけだ。自信満々ということだろうか。
「あなたにとっての重荷はとある使命とも直結している。違いますか」
いちいち絶句せざるを得ないような指摘を連発してくる。またも、ボクは素直に頷くしかなかった。ダイカルアの殲滅なんて、あまりにも大それているけれども。
「しかし、その使命はあなたが背負うべきものですか」
「それは……」
ボクは答えることができなかった。
どこぞのRPGじゃないんだし、生まれながらにして魔王を倒す宿命を課せられたわけではない。異世界からやってきた変態コウモリに恣意的に選ばれて、なし崩しで戦っているだけだ。ボクには変身できるだけの魔力があるって、ただの建前かもしれない。
それに、魔法少女はボクだけじゃない。華怜や渚先輩がいる。テレビの放映からすると、ボクを含めた三人以外にも存在している可能性が高い。一人欠けたところで、戦力差を埋め合わせることなんて、造作もないはずだ。
なにより、戦うたびにあんな怖い思いをするのなんてたくさんなんだ。ミノタウロスカルア然り、クロコダイルカルア然り、本気でボクらを殺しにきているじゃないか。だからといって、謎の声に従ってあいつらを殺しまくるなんて。まるで八方塞がりだ。
頭を抱えていると、少女はそっと喉に手を差し伸べた。猫をあやす時の所作に似ている。かといって、喉を鳴らしてやる流儀はない。
「オ捨テナサイ。ソナタノ使命ヲ」
どこかで聞いた声だ。顎を撫でられるたび、呪文の如く頭に刻み込まれていく。捨てる。そうか、捨てるんだ。ボクが担うべき使命じゃない。ならば、放棄してしまえばいいんだ。
「ありがとう。幾分楽になったよ」
「そ、そう」
少女は恥ずかしげにそっぽを向く。あれ、おかしなことしたかな。
って、反射的に手を握っちゃってたよ。「ごめん」とボクは慌てて手を引っこめる。「構いません」と、少女は許容してくれた。反射的に殴られたらどうしようかと思った。そんなことをするのは華怜ぐらいか。当人の前で口にしたら半殺しにされそうだけど。
「あなたとはいずれまた会うかもしれませんね。なんとなくですが、そんな気がします」
「それもまた占いですか」
「どうでしょう」
少女はおどけてみせる。ミステリアスな雰囲気とはミスマッチだったけど、逆に底知れぬ魅力を引き出している。黒服の天使みたいだった。
「そういえば、名前を聞いていませんでしたね」
「私の名前ですか。そんなものを聞いて、どうするのです」
「いや、また会うかもしれないから気になってさ。お店をやるぐらいなら、名前を明かしても罰は当たらないでしょ」
「なるほど、一理あります。私の名は影山冴と申します」
「冴さんか。ボクは……」
「呉羽優輝」
いきなり名前を言い当てられ、ボクは瞠目した。どうして、まだ名乗っていないのに。
「名前を言い当てられてびっくりしているみたいですね。これもまた私の占いです」
「占いというか、もはや魔法ですよね」
「魔法……ですか。まあ、想像に任せるとしましょう」
すごく意味ありげだな。でも、胸のもやもやがいくらか晴れたのは事実だ。
足取りも軽く帰宅しようしたけれど、「ちょっと」と、冴さんに呼び止められた。
「よかったら、これをお受け取り下さい。あなたにとって良き運命となることでしょう」
差し出されたのは三枚のチケットだった。えっと、五宝町野外フェス。これって、明日開催されるアマチュアバンドの演奏会だっけ。アマチュアとはいえ、露店とかも出るから一種のお祭りとしてけっこうな人数が集まる。数年前にこのフェスからプロデビューしたグループが出て以来、盛り上がりは加速する一方だ。辺境の無い町のバンドフェスでチケットが発行されるぐらいだもんね。
抽選販売だから、手に入れるの難しいんだよな。クラスの不良が「チケット手に入れたぜ」って自慢していたっけ。ボクには関係ないって思っていたけど、まさかこんな形で手元に来るとは。
「占ってもらったうえ、チケットまでもらっちゃって悪いですね」
「構いませんよ。あなたに祝福が訪れんことを」
手を組む様は占い師というより、黒服の修道女みたいだった。三枚もあるとなると、後二人誰を誘おうかな。いやあ、いい出会いがあったものだ。ボクは鼻歌混じりで路地裏をかけていった。
後にして思ったことだけど、有頂天だった僕は占い師の少女が曰くありげに微笑を浮かべていたなんて予想だにしなかった。ただただ、もやもやが払拭されたことに喜んでいたのだから。




