憂鬱な優輝
夕焼け空の下、ボクは足取り重く商店街を歩いていた。手元で転がしているのはダイヤモンド。中学生が持つような代物じゃないけど、これはただの宝石ではない。所有者を魔法少女に変身させるマジックアイテムなのだ。
スーパーヒーロー(ヒロインというべきか)になれるってことで、普通なら胸躍るかもしれない。でも、ボクにとってはとんでもないお荷物だった。この宝石のせいで、今日もひどい目に遭ったし。
話は一時間前に遡る。学校がようやく終わったと思ったら、バンティーより「ダイカルアの怪物が現れたバ」と招集命令がかかる。行く義理はないんだけど、渚先輩が意気揚々と飛び出して行っちゃうもんだから、つられて現場へと出向いてしまった。華怜もまた後れを取るまじと部活そっちのけで出動している。
学校近くの通りで暴れていたのは、鼻輪をつけた二足歩行をしている牛の怪物であった。歩行者用の信号機に角が当たるぐらいの巨体なうえ、所持している斧は自身の体長の半分ほどもあった。
「ブモーッ! つまらん、つまらんぞ。俺を唸らせる強敵はいないのか」
牛の怪物は憤慨しながら斧を振り回している。大袈裟にぶん回したら信号機が壊れるじゃないか。誰が直すと思ってるんだよ。
「誰かさんと同じで低能な牛が相手か。じゃあ楽勝ね」
「渚。あんた、いちいち私をいじらないと気が済まないわけ」
「あっらー。私、一言もレンちゃんだって言った覚えはないわよ」
「あんたの相手して戦う前から疲れるなんて無意味だわ。そこの牛の怪物、私が成敗してやるわ」
「臨むところだ。この俺、ミノタウロスカルアが根絶やしにしてやろう」
怪物は大仰に足を踏み鳴らしながら迫ってくる。圧迫感につい後ろ足を出してしまう。けれども、渚先輩と華怜は怖気づくことなく同時に宝石を取り出した。
「アーネストレリーズ! ミラクルジュエリールビィ!」
「アーネストレリーズ! ミラクルジュエリーサファイア!」
変身の呪文とともに、それぞれヴァルルビィとヴァルサファイアへと変身を果たす。名乗りを省略し、ルビィが颯爽とミノタウロスカルアに攻勢をしかける。
懐にもぐっての徒手空拳。相変わらず、おおよそ魔法少女らしくない一撃だ。しかし、ルビィの拳は厚い胸板に阻まれ、かすり傷程度しか負わせることができない。
「ブモーッ! 貧弱なやつめ、この俺が本当の攻撃ってやつを教えてやる」
自ら至近距離に踏み込んできたのを利用し、ミノタウロスカルアは斧を横薙ぎに一閃する。クロコダイルカルアの時の悲劇がフラッシュバックして、ボクはつい目を背ける。
でも、ルビィは同じ過ちを繰り返さなかった。咄嗟に八百屋に陳列してあった大根をディザスカリバーに変換すると、ミノタウロスカルアの斧を受け流したのだ。いや、大根を剣にできるって「聖剣変化」万能すぎるでしょ。
愛刀を得て、ルビィの反撃が始まる。そう思われたけど、斧相手だと分が悪すぎた。素早い剣戟を繰り出しても用意に防がれ、次第に反撃により攻撃の手を緩めざるを得なくなる。
ルビィが苦戦していると、ミノタウロスカルアの両手に霜がまとわりついた。怪物が怪訝な顔をしていると、サファイアは涼しげに指を振った。
「彼の者曰く、牛は霜降り肉がおいしいってね。さっさと凍り付きなさい、氷結微笑」
相手を凍らせる、サファイアの十八番の補助魔法だ。動きを止められれば勝機はある。
しかし、ミノタウロスカルアが手首を揺らすと、張っていた霜がいとも簡単に払われてしまう。
「ブモーッ! 俺にちんけな魔法は通用せんぞ」
確か、魔力に差があると効果が発揮されないんだったな。つまり、ミノタウロスカルアは魔法防御力も優れているってことか。攻守ともに完璧だなんて、どう戦えばいいんだよ。
苦難しているうちに、ルビィとサファイアは斧によって薙ぎ倒されてしまう。
「まずいバ。ここはダイヤモンドの出番だバ」
いつの間にか合流したバンティーに出動を催促される。おっかない武器を持っている相手と戦うだなんて。しかも、ルビィとサファイアが呆気なく倒されているんだよ。仕方なしにダイヤモンドを取り出すものの、腕の震えが止まらない。
「残るはお前だけか。か弱い女子を武器で脅迫すれば、さぞかし邪神様への供物となるだろう」
サディスティックにミノタウロスカルアが迫ってくる。最近、ふざけた怪物ばかりと出会ってきたけど、こいつはマジの化け物のようだ。気狂いでも起こしたら、変身前にも関わらず首をかっさらってくるだろう。
逃げようにも足がすくんで動けない。怪物に刃向うというのはこういうことなんだ。奴らの中には、目的達成のためには殺生をも厭わないけだものもいる。ダメだ。全身の震えが止まらない。
「逃げて……優輝。そいつは、私が」
「いや、この私が」
華怜と渚先輩が立ち上がろうとするが、もろに喰らった一撃が後を引いているのか、体を動かすこともままならない。恐怖の斧が振り上げられる。嫌だ、死にたくない。
「アーネストレリーズ! ミラクルジュエリーダイヤモンド!」
必死にボクは叫ぶ。まばゆい光が迸り、ボクの体に魔法少女の装束が装備される。振り下ろされた斧は返信時の衝撃に阻まれ、弾き返された。
「ブモーッ! 大司教様より伺った例の魔法少女か。相手にとっては不足なし。貴様を倒せば俺の大手柄。司教入りは間違いないぜ」
野心を顕わに、ミノタウロスカルアは斧を地面に突き立てる。自信満々な相手をよそに、変身しても震えが止まらない。相手が本気でヤバいと確信しているからだ。
怪物だけでもお腹いっぱいなのに、急に頭痛に苛まれる。
(コロセ、ヤツザキニセヨ)
まただ。また、変な声が脳裏を支配する。バンティーの前で変身した時は何ともなかったのに、どうしてこんな局面で。くそ、腕が勝手に持ち上がって来る。
動けずにいるボクを屠ろうと、ミノタウロスカルアは斧を掲げる。咄嗟にボクは呪文を紡いでいた。
「刃向いし魔力よ! あるべき地に帰せよ! 鏡映魔射」
展開された光の壁により、斧は寸でのところで停止する。そして、衝撃音とともにミノタウロスカルアの胸に亀裂が走った。
苦悶の声をあげる怪物。ボクは胸をなでおろすけど、脳内の声は止まらない。(ネダヤシニセヨ)と殺生を迫ってくる。堪えようとしても、溢れ続ける魔力は決壊寸前だ。放出しないと逆にボクがおかしくなりそうである。もはや、敵がすげ替えられていた。
「攻撃を反射したぐらいでいい気になるなよ。今度こそ斧の餌食にしてやる」
「穢れし者よ! 邪悪なる意思を悔い改めよ! 悪行退散」
突進してきたミノタウロスカルアを迎撃するように、ボクの両手から破壊光線が放出された。真正面から浴びせられ、まず武器が崩壊する。衝撃は殺しきれず、怪物の巨体をズタズタに引き裂いていく。さしもの凶漢も情けない悲鳴を上げていた。
「やはり、そうか。大司教様より伺った通りだ。我が身を賭してでも、いい報告ができそうだ」
「ボクの力について知ってるの」
「ブモーッ! 貴様の力はそのうち貴様自身を滅ぼす。その時こそ、我らの勝利だ」
ボクが自滅するような言い草だ。追求しようにも、ミノタウロスカルアは雄たけびをあげて爆砕してしまった。残された筋肉質の男は呆けているばかりで、質問に答えられるような状態ではない。
「やっぱりダイヤモンドはさすがだバ。今回の怪物は司教入りしていてもおかしくなかったバ。って、浮かない顔をしているバね」
「うん、ちょっと」
本来なら勝って喜ぶべきなんだろうけど、ミノタウロスカルアが残した言葉が気にかかった。ボクは本当にどうなってしまうのだろうか。あまり活躍できずに言い争いをしている女性陣を残し、ボクはふらふらと町へ繰り出していくのであった。
それで、話は戻って現在に至る。あの後、華怜と渚先輩は活躍できなかったのはどっちのせいだって言い争いをしていたし。相手が強すぎたからどっちもどっちだと思うけどな。
今日みたいな本当に化け物じみた敵とも戦っていかなければならないなんて。ミノタウロスカルアのことを思い浮かべる度に憂鬱になる。次第に闇に染まる空がボクの足取りをより重くしていた。




