カレー論戦
春の喉かな日差しが降り注ぐ昼下がり。日向にいるとつい、うたた寝してしまいそうだ。でも、季節を先取りした熱戦がボランティア部の部室内で繰り広げられていた。
「冷静に考えなさい。カレーにソースは邪道よ。素材本来の味を嗜むのが通ってものなの。更なる調味料を加えるなんて愚行の極みね」
「あんた、何言ってんのよ。カレーは色々なものを加えてなんぼでしょ。特に、ソースとかガッツリ食べてる気がして最高じゃない」
「ソースを掛けたいなら素直にトンカツでも食べてなさい」
「ならば、トンカツカレーにしてやるわ」
「ああやだやだ。とにかく盛ればおいしくなるって考え方。限られた素材でいかにおいしく作るか。料理ってのは頭脳戦なのに」
「最終的においしければいいのよ。料理はフィーリングよ」
うーん、どうしてこうなったのだろうか。
魔法少女が三人揃ったってことで、今後について会議を開こうって提案したのが発端だったと思う。華怜は忙しい練習の合間を縫って参加してもらっているから頭が下がる。
それで、華怜が「剣道の練習の後は腹が減るからカレーでも食べたい」って発言したことからソース議論に発展したんだった。魔法少女関係ないよね。ダイカルアの「ダ」の字も出る前に論戦になっちゃったからな。
「ねえ、優輝。カレーにソースはかけるでしょ」
って、いきなりボクに振らないでしょ。
「カレーにソースは邪道でしょ、サキちゃん。お姉さん、サキちゃんは物分かりがいい子だって信じてるわ」
先輩も先輩で懐柔しようとしないでください。ぶっちゃけると、どっちでもいいんだけどな。熱心に議論しているからカレーが食べたくなったじゃないか。穂波に相談しようっと。
「あんたに初めて会った時から気になってたんだけど、優輝のことをサキちゃんって呼ぶの止めてもらえない。すごく馴れ馴れしいんですけど」
「あら~、嫉妬? くれはま さきだからサキちゃんでおかしくないのに。もしかして、あなたもニックネームがほしいの」
「だから先輩、ボクはくれは まさきですから」
「そうよ。その理論でいくなら、あなたはみなみな ぎさでギサちゃんになるじゃない」
「ギサちゃんって、ネーミングセンスなさすぎ」
失笑してるけど、あなたがなじられてるんですよ、先輩。
「じゃあ、あなたはあかばねか れんでレンちゃん。普通すぎて面白みがないわね」
華怜のことをレンちゃんって呼んだことはなかったな。むしろ、「あかばねか」っていう名字の方にはツッコまないのか。
「相変わらず不毛な争いをしているじゃないかバ」
呆れ顔でバンティーが乱入してきた。このコウモリもまた神出鬼没だよな。
「丁度良かったわ、変態コウモリ。あんた、カレーにソースはかけるわよね」
「かけるわけないでしょ。邪道の極みよ」
コウモリってカレー食べないでしょ。愚問だと思うな。
「カレーか。さすがの俺っちでもスカトロプレイは好まないバ」
どうしてそっちに持っていくんだよ。こいつに質問する方が無駄ではあるけど。今夜カレー食べようと思っていたけど、意欲が失せるじゃないか。
その後も魔法少女を置き去りにして、カレーについての論議が繰り広げられていた。傍から見ても、華怜と渚先輩って仲悪いよな。性格も似ているようで真逆だし。どうにかして二人を仲直りさせられないかな。
帰宅すると、早々に台所から香しい香りが漂ってくる。一時間足らず前に議題にあがっていた例のアレ。なんて言い方をすると卑猥になるな。いかん、いかん。思考がバンティーっぽく染まってしまう。
「お兄ちゃん、お帰りなさい」
「穂波、さっそくカレー作ってるのか」
「カレーは何時間もかけてじっくり煮込むもの。これ常識よ」
熟成させたカレーもまたおいしいもんな。ただ、夕飯と朝食をカレーにしたら給食もカレーだったっていう痛恨のミスを仕出かしたことがあったっけ。穂波は「給食のカレーが陳腐だって分かるでしょ」って強がっていたけど。実際、穂波のカレーの方がおいしかったからな。
人参にジャガイモに玉ねぎとカレーの定番食材が揃えられている。チーズとかほうれん草とかが入っていることもあるけど、今日はシンプルな具材で攻めるようだ。
鼻歌混じりで鍋をかき混ぜている穂波。ベテランである彼女ならば、不毛な議論を終結させられるかも。
「ねえ、穂波。カレーにソースをかけるのは邪道だと思う」
「いいんじゃないの。トッピングの一つとしてはありよ」
あっさりと許容したぞ。まさかの華怜の圧勝か。
「でも、具材の組み合わせによっては邪道かもしれないわね。ソースって味が濃いから、使い方を間違えると料理そのものを台無しにしちゃうもん。でも、ガッツリいきたいならおススメするわ。シンプルなカレーとかになら合うんじゃない」
なるほど。臨機応変が大事ってことか。がやがやと議論しているよりも余程説得力がある。
もしかすると、穂波だったら別の問題も解決してくれるかもしれない。兄の沽券が失墜しっぱなしだけど、あの二人をどうにかできそうなのはもはや穂波ぐらいしかいないもんな。
「ねえ、仮にだけど。とことん反りが合わない二人がいて、その二人を仲良くさせるにはどうしたらいいと思う」
「抽象的な質問ね。要するに、喧嘩している二人を仲直りさせたいんでしょ。荒療治になるけど、無理やりくっつけてみるとか」
「逆効果にならない」
「案外調和することもあるわよ。とんかつとパフェを組み合わせってのがあるみたいだし」
「誰が食べるんだ、そんなの」
ちなみに、愛媛県のご当地グルメで本当にあるみたい。
「ともあれ、皆で仲良く遊べばそのうち打ち解けるんじゃない」
「遊びに行くか。それはいいかもしれないな」
いつまでも喧嘩しているのを傍観しているのも辛いし、ダメ元でも試す価値はあるかもしれない。
「ありがと、穂波。おかげで解決できそうだよ」
「どういたしまして。褒めてもカレーしか出ないわよ」
「いや、それで十分だよ」
その日のカレーは具材が最小限の割にことさら美味しかった。穂波に内緒でソースをかけてみたけど、こっちも案外合うもんだね。あの二人の議論が白熱するのも分からないでもない。
ちなみに、カレーにソースはかけない派です。