第三の魔法少女!?
華怜の家から帰ると、食卓にはすでに夕飯が準備されていた。今日は洋風か。ハンバーグにサラダにコーンスープ。色々と大騒ぎしていてちょうどお腹が減っていたんだ。
「お兄ちゃん、ようやく帰って来たんだ。学校でダイカルアが出たっていうから心配してたのよ」
エプロン姿で手を拭っているボクの妹。彼女こそ、この献立を一人で作り上げた張本人だ。部活動が全面中止になったから、そのまま家に帰って料理に勤しんでいたのだろう。そうじゃなきゃ、小料理屋の定食並の料理を用意できるわけがない。
着替えよりも腹の虫を優先させ、ボクはさっそく食卓に座る。そして、箸を取った丁度その時、玄関の扉が開かれた。
「お、もう夕飯が用意されてるのか。穂波は母さんに似て手際がいいな」
「お父さん、今日は早いのね」
「最近残業続きだったからな。ワークライフバランスってやつで、早上がりしてきたんだ」
濃いあごひげをさすり、後ろ髪を掻いている中年で背の高い男性。彼こそ、ボクの父親の呉羽道真だ。
父さんはいつも仕事で忙しく、三人揃うのは休日の時ぐらいしかない。平日にこうやって食卓を囲むのはいつ以来だろうか。一同、手を合わせると穂波渾身の料理をいただく。
まずはハンバーグ。うん、噛むほどに肉汁が溢れ出てきておいしい。焼き具合も程よく、所々の焦げ目がアクセントになっている。そして、さっぱりとしたサラダが口の中をリセットしてくれる。
「穂波。また料理の腕をあげたな。と、いうか、いつも悪いな。本当は父さんが作ってやりたいけど、帰るのが十時とか十一時になっちゃうもんな」
「いいのよ、お父さん。趣味でやってるもんだから」
穂波は微笑みながらご飯を頬張る。毎回思うけど、穂波の料理の腕は趣味の範疇を超えてるから。
「父さん、最近もやっぱり仕事が忙しいの」
「ああ。ダイカルアが暴れ出してから建築関係の受注が増加してな。まあ、仕事が無くて暇なのよりはマシだ。お前たちも将来就職に困ったら建築の仕事を考えるといいぞ。皮肉なことに、ダイカルアが襲撃している限りは食いはぐれることはないからな」
そう言ってスープを一飲みする。喜んでいいのかどうか。でも、ダイカルアのお陰で建築の仕事が儲かっているのは確かだった。だって、あいつらが暴れる度に建造物が破壊されるんだもん。誰が直すかって言ったらもう分かるよね。
ひとしきり料理を食べ終わると、父さんはビールを一飲みする。いつも美味しそうに飲んでいるけど、どんな味がするんだろう。飲むにはあと六年早いってのがネックだ。
ビールの代わりにお茶を飲んでいると、父さんが赤ら顔になりながら切り出した。
「そういえば、ちょっと前に父さんも魔法少女を見かけたぞ」
唐突に「魔法少女」なんて単語を出されたからボクはお茶を吹き出しそうになる。
「へ、へえ。魔法少女か。どこで見たの」
「私も知りたい」
「まあ、急かすな。あれは仕事終わりの帰り道だったな。いつも降りる駅の近くでダイカルアの怪物が暴れていたんだ。新聞の地域面にも載ったから覚えてるんじゃないかな」
「思い出した。ネズミの怪物のやつでしょ」
ボクも記憶がある。数週間前だろうか。五宝駅の近くでラットカルアと名乗るネズミの怪物が現れたって記事が掲載されていた。場所が近所なだけに、学校でも騒ぎになっていたっけ。
「仕事の付き合いで飲んだ帰りだったから記憶が朧気なのだが、ダイカルアの仲間を増やして夢の王国をつくるとか意気込んでいたな」
ネズミで夢の王国。舞浜にそんな施設があったような。水を挿すのも野暮だからスルーしておこう。
「警察官たちが総出で対処しようとしていたんだが、相手は怪物だ。いくら拳銃を撃とうともビクともしなかった。それどころか、勝手に手下に変えた怪物たちで逆襲してきたな」
「えっと、ダイカルアに近づくと怪物にされるんでしょ。友達が話してたわ」
「ボクもたいけ……聞いたことがある」
あやうく体験したことがあると言いそうになった。ギャラリーをバグカルアに変えるってのは常套手段なんだろうな。
「もはやダイカルアの連中に為されるがまま。なんて諦めかけていた。まさにそんな時に、青い装束の魔法少女が舞い降りたんだ」
「青い魔法少女だって」
「優輝、知ってるのか」
「う、うん。ボクのクラスで話題になってたんだ」
ちょうど今朝覇王と話していたところだ。ボクや華怜の他にももう一人魔法少女がいるって。手掛かりは青い衣装ってことだけだけど、よもや父さんが目撃していたとは。
「その子はヴァルサファイアって名乗っていたかな。ダイカルアの怪物たちを氷漬けにして一瞬で倒していったよ。警察官たちが身元を尋ねようとしたんだが、あっという間に飛び去っていってしまった。決して話を盛っているわけじゃないぞ。天狗みたいにビルの間を飛んでいったからな」
「魔法少女って魔法だけじゃなくて身体能力もすごいのね。そうだ、魔法少女といえば私たちの学校にも出たのよ」
「穂波たちの学校にか!? まさか、ダイカルアの連中に襲われたりしていないだろうな」
話があらぬ方向に曲がったので思い切りむせてしまう。お茶を口の中に含んでなくてよかった。
「お兄ちゃん、大丈夫」
「平気。構わず話を続けて」
「ならいいけど。えっと、襲われたのは武道場だったかしら」
「だったら、華怜ちゃんとかは危なかったんじゃないか」
またむせそうになる。なんで、話題がビンゴしちゃうかな。
「剣道部とか柔道部とかが襲われたって聞いたわね。なんか、クマとかワニとか強そうな怪物が出てきたんだけど、魔法少女が二人出てやっつけちゃったらしいわ」
「二人も出たのか」
「そうそう。しかも、そのうちの一人はビームでクマを瞬殺したらしいわよ」
今度は本格的にむせる。話がごちゃ混ぜになっている。華怜の名誉のために言っておくと、ベアカルアを倒したのはヴァルルビィです。
「お兄ちゃん、本格的に大丈夫」
「うん、平気だって。いやあ、魔法少女か。一体誰なんだろうな」
「少なくともお兄ちゃんみたいなのじゃないと思うな。あんな化け物に立ち向かえるなんて、すごく勇気がいりそうだもん」
「ハハハ。優輝は優しいから特撮ヒーローめいたことには向いていないかもしれんな」
笑い飛ばしてるけど、現実に変身能力を持っちゃったんだよな。
「ねえ、もしもボクが怪物を倒したって言ったらどうする」
「ありえない」
ですよね。でも、即答しなくてもいいじゃないか。
「優輝は男だろう。魔法少女になれるわけがないからな」
「父さん、そういうトンチ問題じゃないと思うわよ。でも、悔しいけど一理あるわね」
ところがどっこい、節理を超越しちゃったんだよな。この調子なら二人には正体がバレることはなさそうだけど、なんか複雑な心持ちだ。
やぁ、ボクはラットカルアだ! ハハァ!