ルールの穴
残されたのは蘭子と昴とボクの三人。頭数だけならまだボクらが有利だけど、勝機があるかどうかとは別問題だった。これまでの戦いからして、闇道化師はまともに勝負をするつもりはない。どんなゲームを選んだとしても裏技を使って圧勝してくるだろう。つまり、まともにやっては到底勝ち目がないのだ。
「次は誰が勝負しますかね。誰でも構いませんが」
こちらに動きがないのを承知の上で、闇道化師は誘いを入れてくる。どうにか突破口はないものか。あいつの独壇場にならない勝負方法なんて。
膠着状態に痺れを切らしたのか、闇道化師は筐体を指で叩いた。
「誰も挑むつもりはないようですね。ならば、試合放棄とみなして全員石に変えてもいいのですよ。そう、彼らのように」
そう言って指を鳴らす。すると、格闘ゲームの筐体が左右へと動き、黒のカーテンレースが現れた。ゆっくりとカーテンが開いていき、その中にあった「者」にボクらは息を呑んだ。
精密に作られた人形。一瞥しただけではそうとしか思えなかった。しかし、よく観察するとただの人形でないことは瞭然だった。むしろ、ただの人形であってほしかった。
陳列されていたのは紛れもなく人間なのである。華怜や渚先輩と同じく、恐々とした顔つきのまま全身硬直してしまっている。
「素晴らしいでしょう。私めが集めたコレクションです。あなた方もここに並ぶのですよ、なんという光栄でしょうか」
十数人の物言わぬ少年少女に言葉を失っていた。すると、蘭子が吸い寄せられるかのように人形へと近寄っていこうとする。彼女が進む先には一人の少年が固まっていた。
少年と断じたけど、やや女性っぽい雰囲気も醸し出している。もう少し髪が長ければ一瞥では分からなかっただろう。アホ毛はないものの、どことなく蘭子と顔つきが似ていた。
蘭子が惹かれていることといい、闇道化師に挑むこととなった経緯といい間違いない。
「昴の、お兄さん」
実際に対面したことはないけれど、彼こそが蘭子が追い求めていた兄貴なのであろう。彼へと触れようとする蘭子を闇道化師が遮る。
「勝手にコレクションに触るのは困りますよ。どうしても触れたいのであれば私めに勝つことです。まあ、無理でしょうが」
再び指を鳴らすとカーテンが閉まる。蘭子が吼えかかったがどこ吹く風だ。
目的の人物が見つかったのではいいけど、これはまずいことになった。兄貴と一瞬とはいえ対面できたことで、蘭子は対戦したくてうずうずしているに違いない。でも、闇道化師の攻略法がまだ分からないのだ。無闇に挑んで敗北してしまったら呆気なく全滅してしまう。
ボクの懸念も虚しく、蘭子が開戦を宣告しようとする。だが、それより先に昴が一歩前に進み出た。驚く蘭子を差し置き、闇道化師へと指を突きさす。
「私が相手になる。ゲームは機動戦獣パンダムでいい」
「ロボットアニメが題材のアクションゲームですか。いいでしょう」
機動戦獣パンダムはパンダをモチーフとしたロボットが活躍する人気アニメだ。アニメに登場する機体を操り、敵機を破壊すれば勝利となる。
対戦型のアクションゲームなんて裏技の宝庫なのに、あえてこれを選択するということは策でもあるのだろうか。話しかけようとしたが、彼女の様子を前に口を紡ぐこととなった。
いつもはマイペースな彼女が震えている。一瞥しただけでは分からないけど、彼女の手元を観察していると、小刻みに筐体のレバーを動かしているのだ。彼女の思惑は把握しきれないが、この状況からなら十分に推して察することができる。昴はいいアイデアが思い浮かぶまで時間稼ぎをしようとしているのだ。
このまま勝負が進めば、昴までもが犠牲となってしまう。だが、ボクがでしゃばったところでどうなる。裏技を把握できるまでやりこんだゲームなんてないから、お茶を濁す程度の抵抗しかできない。ならば、昴がやられるのを見過ごすしかないのか。
無力さに歯噛みをしていると、蘭子が昴を遮って最前列に躍り出た。パンダムの筐体に腰掛けていた闇道化師は眉根を寄せる。
「すばるん、余計な犠牲を増やす必要はないよ。やっとこいつの攻略法が分かったからさ」
「そう。パンダムなら負けない自信あるんだけど」
「嘘っぱちでしょ。何年幼馴染やってると思ってるんだい」
「そういうのは幼馴染の男が言うセリフ」
皮肉をぶつけはしたものの、昴は大人しく退散していく。直前になっての選手交代に、闇道化師はしぶしぶ椅子から立ち上がった。
「私めとしては準備完了していたのですがね。まあ、石にする順番が変わっただけで支障はありません。それで、どんなゲームで挑んでくるつもりですか」
余裕綽々で筐体に体を預ける。対して、蘭子は右手を強く握りしめた。彼女は闇道化師に対抗できる唯一の望みだ。そんな彼女までもが簡単に退場したら全滅は必至である。
大本命を引っ張り出した愉悦からか、闇道化師は再び筐体の椅子にもたれる。蘭子は整然と並べられているゲーム機を一望すると、勢いよく右手を差し出した。
その先を追うとクレーンゲームがある。裏技を介入させる余地は少なそうだが、闇道化師のことだから人形の配置などでトリックを仕掛けてきているに違いない。そもそも、蘭子が能動的にクレーンゲームを指定するなんて不自然だ。
ボクが首をかしげていると、蘭子の口から意外な言葉が飛び出した。
「ゲームは当然、デュエウィザだ」
ちょっと待って、デュエウィザだって。デュエウィザってあのカードゲームのデュエウィザだよね。蘭子の得意なゲームだから十分勝機はあるけど、問題はそこじゃない。
「どういうつもりですか、条件が違いますよ。私めはここにあるゲームで勝負といったはず。アーケードゲームでないデュエウィザで挑むなど問題外です」
「別に反則はしていないよ。ここにあるゲームならいいんでしょ。デュエウィザはこの変なゲーセンに入った時から持っていた。つまり、この場に存在するゲームに含まれる。それに、アーケードゲームじゃなきゃいけないなんて言ってないじゃん」
ものすごい屁理屈だけど、条件を整理してみると確かにデュエウィザも勝負の対象になり得る。それに、闇道化師の狼狽ぶりからして、デュエウィザで勝負を挑まれることは想定外だったのだろう。ならば、インチキが介入する可能性は低い。
泡を食っていた闇道化師だったけど、平生を取り戻すと負けじとデッキを取り出した。
「ルールの穴に気が付いたことには誉めてあげましょう。しかし、この私めにデュエウィザの勝負を挑むとは命知らずでしかありません。いいでしょう、相手になって差し上げます」
うやうやしく一礼する闇道化師。その顔色には焦りなど微塵も感じられなかった。




