入り込んできた声
罪人は一瞬痛みも忘れて呆然とする。
何か聞こえる……いや、違う……頭の中に直接響いている。
【頼む……頼むから届いてくれ…】
「……だ、れ…」
頭に響く音に対し、声で答えるのは間違っている気もするが、そんな些細な事を気に掛ける余裕はない。
【お…?
おおぉ!!??
やっとか!? 本当に届いたんだな!!??】
頭に響く声は罪人の事を知っているようだが、罪人の方には心当たりがさっぱりない。何しろ彼女が繋がれる石牢に訪れる者など、牢番くらいしかいない。その牢番も1日か2日に一度、乾ききって固くなったパンと濁った水、そして時々噂話を運んでくるだけだ。
尤も…その牢番達のおかげで言葉も覚える事が出来たのだが……。
それは兎も角…声の主を不思議に思うより前に、声は言葉を続ける。
【おい、俺が力を貸す。
だから身体を貸せ】
色々と端折りすぎて、言葉としてどうなのだろう…。
罪人は目を丸くして固まった。意味不明過ぎて、理解が追い付かない。
【いいか……これから起こる事は、俺のせいだ。
お前は何も悪くない。
いいな?
お前は俺に身体を乗っ取られて、仕方なかったんだ。
絶対に自分を責めるなよ】
途端に罪人の意識は端へ追いやられる。
その後で、何かがずるりと入り込んでくると、これまで経験した事がない程の痛みに貫かれた。
「!!!」
声も出せない程の痛みが徐々に引いていく。
自分の意識は痛みにのたうっていた間に、本当に身体は乗っ取られたようだ。指先さえ自分の意識から切り離されているらしい。
罪人の思考は戸惑いを隠せないが、そうする間にも身体の方は軛を壊していた。
壊すと言っても引き千切るでも、手で粉砕している訳でもない。
軽く指先が触れるだけで、さらさらと砂粒になって消え失せるのだ。
罪人の意識は、自分の身体とその行いを、まるで映画鑑賞でもするかのように見ている事しか出来ない。
身体を乗っ取った誰かが、ゆっくりと立ち上がろうとする。
しかし衰え切った足は、足の形をしていても、その機能は衰弱しきっていて、立ち上がる事も這う事も出来なかった。
罪人の身体に押し入ったもう一つの意識が何かを念じている。
すると罪人の身体が、ふわんと淡い光に包まれた。
ゆっくりと立ち上がって、もう一つの意識が体の動きを確認している。
【よし、いけそうだ】
一歩、また一歩と踏み出す。
罪人は、自分の足が冷たい床を踏みしめる感覚に戸惑う。
動かせなくても、冷たいとか…そう言う感覚は感じ取れるらしい。
罪人の意識が、自分の管理下から外れた身体の行方を見守っていると、ぐらりと身体が傾いた。倒れるまではいかなかったが、もう一つの意識も、他人の身体を操る事に四苦八苦しているようだ。
そんな気配を感じながら、ふと考える。
不思議な力で軛からは解放されたが、石牢に閉じ込められているのに、どうするのだろう?
身体は動かせないが、気持ちの上で首を傾げていると、身体は石牢に近付いて軽く手を翳した。
すると、あろうことか牢の石壁が靄のように霞んで消えたではないか…。
もう呆然とするしかない。




