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人の行方  作者: 森三治郎
50/67

50、犬④


とにかく見かけからして子供なんだから、大人びた態度はどうしてもムリに背伸びしてるようで違和感がある。

二人は農道を歩いて、東川に出た。川沿いに歩いて行くと、広い土手があった。

土手を迂回(うかい)するかっこうで、川がカーブしていた。上手の流れがやや急で、下手はドンヨリとした(とろ)となっている。二人は、その土手に座り休憩した。


「何と……」


ご先祖様は、心が洗われる思いがした。陽光が、川面にキラキラと映えている。

目に映る全ての木々が草々が、みずみずしく新鮮に見えた。

全てが一斉に春を謳歌し、喜びに満ち溢れているようだ。

流れる水は見事に透き通り、サラサラと心地よいリズムを奏でている。陽炎がゆらゆらと揺れて、穏やかなひよりだ。

ご先祖様は、思い切って出て来て良かったと思った。来た甲斐があった。

ただ流れる水を見ているだけで、、心が不思議と安らぐ。

それにしても、自分はなぜこんなにも水辺に惹かれるのだろうか……と、川の流れを見ながらぼんやりと考えていた。

サクサクサク……と、となりでヘンな音がした。ご先祖様が振り向くと、犬が穴を掘っていた。

『こいつは、何て犬っぽい奴なんだ……』ご先祖様は呆れた。

犬っぽい犬は小さな携帯用ショベルで、芽が出始めたばかりの草の根本を掘っている。掘り出した物を、口に入れた。シャリシャリと小気味良い音ががする。


「それは?」


「あっ、これチガヤです」


「チガヤ?」


「そっ、チガヤです」


犬はシャカシャカと、せっせと掘り採った。


「どうです」


犬が、無造作にその一本を差し出した。


「うん」


ご先祖様は何気なく受け取り、外皮を()いで口に入れた。シャリと軽く歯ごたえがして、ほのかな甘味が口中に広がった。


「甘い!」


「もう一つ、どうです」


犬は自分もチガヤを口にしながら、ご先祖様にも勧めた。ご先祖様は、犬に勧められるまま口に入れシャリシャリと食った。


「あっ!」


犬が何かを思い出した。


「ご先祖様は、断食していたんじゃないですか」


「いや、断食というわけじゃ……」


物が食えないのだ。好きこのんで、断食しているわけではなかった。


「それ……」


犬はチガヤを指した。


「やっ……」


ご先祖様は、自分の手にあるチガヤを見た。たった今、同じ物を口に入れ咀嚼(そしゃく)し飲み下した物と同じチガヤだ。いつの間にか、禁以、断食は破れていた。

ご先祖様の顔に、嬉しいような悲しいような複雑な困惑が浮かんだ。ご先祖様はハッキリ意識してやったわけではないが、断食したことによって、現実世界から超越出来そうな気がしていた。日に日に衰える我が身と共に、物質的束縛そして精神的束縛などから解放され、(カルマ)が少しずつ希薄になってくるように感じていた。

もはや、煩悩(ぼんのう)(さいな)まされることなく、自己の浄化が成りそうだったのだ。

このまま行けばやすやすと現生を脱し、虚無に帰れそうな気がする。そうだ、羽毛のように軽やかな気持ちで……この世を去るのだ、と考えていた。

やっぱり、ここと旧世界では常識が違いすぎる。かといって、新人の常識に合わせるのはおそらくムリだろう。ご先祖様は自分の依るべき所は、ここではないと感じていた。それならば、自然と消えて居なくなることが理想と考えていた。

ご先祖様は、自死を覚悟したのだ。

しかし、気が付くとご先祖様は現実世界へ立ち帰ってしまっていた。たとえ僅かでも、物を食った。食うことは、すなわち生きることを意味する。

『これからも、生きることになるのだろうか』と、思った。

安堵に似た気分がある。正直いって、心のどこかでホッと胸をなでおろす自分がいる。そのくせ、残念なのだ。『悟り』と思った境地が、今はすっかり遠のいていってしまったような気がする。

ご先祖様は、悩ましい顔をしていた。


チガヤ(茅)とは、小さいカヤともいうべき茅族ススキなどの一草です。

芽が出る頃、根が少し膨らみます。(食えます)5~6月頃は、白い花穂を出します。(これも食べられます)


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