39、山羊先生の断罪②
「かわいそうに……」
「やっ!」
ご先祖様が振り向くと、そこに山羊先生が立っていた。
ご先祖様は、正直『ほっ!』とした。敵対しうる人を見つけたのだ。あんな弱虫犬では、どうしようもない。
ご先祖様は、矛先を山羊先生に向けた。
「先生、何で俺を殺してくれなかった」
「おお、そんなムチャ言わないで下さい。私はこれでも、医者のハシクレです。殺してくれと言われて、『はい、そうですか』と殺せますか。……それより、喉、渇いていませんか」
山羊先生は、そう言うと水の入ったコップを差し出した。左手には、ヤカンなんか持っている。
そういえば、喉がカラカラに渇いている。ご先祖様は、一瞬躊躇ったが、マクラを投げ捨てコップを受け取りゴクゴクと音を立てて飲んだ。
「ぶはー!」
「おお!」
「なにが『おお』だ。大袈裟な」
「あっ、すみません。これ口癖なもんで」
どうも、なんか勝手が違う。きのう人肉を喰らい、てらてらと哄笑っていた新人たちは……あれは……夢だったのか。ご先祖様は、戸惑ってしまった。
山羊先生は、水の如く平静だった。それでなくとも、どういうわけか山羊先生と話しをしていると、自分がだらしないいいかげんな人間で、クダラナイ事とか不道徳な事を平気でしている人間に思えてしかたない。
その上、現にたった今、理不尽にも犬をイジメた格好になってしまった。その事は、少しばかり悔やんでいる。その直後だけに、ご先祖様はどうしても引け目を感じて弱腰だ。
「ご先祖様は、ご不審なんでしょう。説明しますから、私の部屋に来てください」
さすがに、山羊先生は気の利く人だった。
ご先祖様は、黙って山羊先生のあとについていった。
山羊先生の研究室、兼仕事場はこの建物のはずれにあった。
二人が長い廊下を前後して歩いて行くと、廊下に面した幾つかのドアが細目に開けられ、新人たちがコワゴワと窺っている様子が見える。
山羊先生は、そういう状況を知ってか知らずか、トッㇳットッと歩いて行く。
案外、速足だ。
山羊先生の部屋は、相変わらず整然とした薬品棚やら、キチンと整理された本棚、資料棚があった。そして漬物石やらエンピツ、カマ、ナタ、試験管、シャーレなど手の施しようもなく散らかされて雑然とした机があった。
「さっ、どうぞ」
山羊先生が指示したのは、雑然とした机の方だった。机の脇に、大きなイスと小さなイスが並んでいる。並んでいるというところが、ミソらしい。
山羊先生は人と応対する時、真正面から対面する事はなく、何故かハスに構える。
今回も、そのようだ。
山羊先生は、板状の物で机の上の雑物を一緒にズズーと押し広げ、適当なスペースを作った。
ご先祖様の表情は硬かった。
「あんたらは、人肉を食っているのか……」
ご先祖様は、重い問いを発した。




