第六章 真実とは
「シュンを恨む?どういうこと?」
リオはため息をつきながら考えた。
「それが俺にもわからねぇんだわ。まぁ結局優勝したんだけどな、そのあと医務室行ったら蛻の空。シュンはどっかに消えたんだよ」
「ようするに、シュンを恨まざるを得ない真実とやらにまだセイが辿り着いていないんでしょうよ」
ジナが少しセイを馬鹿にしたように言う。
「あぁ、セイって意外にカバだから」
「ねー」
すっかり意気投合したリオとジナは真剣な話をどんどん茶化していく。
「それで、どうして今一緒にいるんだ?」
オウカが疑問を口にする。
「あぁ、一年ぐらい前かな、偶然会ったんだよ。南の町で。驚いたぜ、ほとんど顔なんて変わってなくて。シュンって歳がいくつなのかさっぱりわかんねぇんだよ」
「え、17とかぐらいじゃないの?私と同じぐらいだとおもったけど」
「8年も顔が変わらないってのはおかしいだろ?成長期の真っ只中で」
「まぁ、セイも随分大人びた顔になっているしな。一応」
オウカはセイの疑問に納得して頷く。
「オウカ、てめぇ馬鹿にしてんのか」
震えるこぶしを抑えて、セイはオウカを睨んだ。
「シュンって、あんまり過去話さないもんね。言いたくないんだよ、きっと。だから私たちのことも聞かないんでしょ」
「まぁな。この森に来るだけの連れ合いだからよ、いきなり親密になれってほうが無理だけど、だからって目的も言わずに同行しあうってのも変な感じだったぜ。テーベルに行くって決めて北上していたらリオにあったんだよな」
「そうそう、聞いてよジナ。セイってば私の入浴を見てたのよ」
「えー」
「ばっか。誰が見るか!頼まれたって覗くか!!」
その言葉にリオの鉄拳がとぶ。
「あ、ねぇねぇ。話もどるけど、シュンって実はおじいちゃんとかって言わないよね?」
「はぁ?」
ジナは相当乗り気になって早口で喋りだす。
「だって若返りの薬とかあるじゃん、それ使ったのかも」
「あれは魔族にしか使えないだろ」
「じゃあシュンも魔族?」
リオはオウカを見る。オウカは首を振った。
「そんな気は感じない。あれは人間そのものだよ」
「じゃあ妖族?」
ジナがセイの顔を見る。
「さあ?妖族って会ったことねぇからわかんねぇよ」
「見た感じは人間ですけどね。気配も別にかわらないし」
ローズマリアも不思議そうに言いながらも、シュン人間説を支持する。
「ま、なんでもいいわよ。シュンはシュンなんだから」
宴会もお開きになって、それぞれ案内された部屋に引き上げていく。
「寝ないのか?」
ずっと幹の高いところから外を眺めていたシュンのところに、セイが上ってきた。
「月が、綺麗でね。見とれていた」
「あぁ、そうだな」
ところどころの隙間から、淡い光が差し込んでくる。
「あのさ」
セイは階段に腰を下ろして言った。
「お前が過去のこと話したがらないのはよくわかってる。でも俺がお前を恨むってのがどうしてもわからねぇ。俺は確かに妖精族だよ。お前がいなくなってからいろいろ調べた。妖精族が住んでいたといわれた森にも行った。そこには石しかなかったけどな。絶滅した時にきっと他の妖族が哀れんで墓石を作ってくれたんだと思う。ほんとうに、お前に会うまでできる限り調べたんだ。誇り高い妖族だと知った。きっとどの種族よりも気高い、自惚れかもしれないけど、それを自慢に思う」
その言葉にシュンはやわらかく笑った。
「俺もそう思うよ。お前が一番、気高い存在だと。…浅ましい人間よりも、愚かな魔族よりも」
「・・・俺が、お前を恨む事実を教えてくれ」
顔をあげて、面と向かってセイは言った。それにシュンの表情は変わらなかった。
「事実を言って、恨んでくれと?どうして恨まれると分かっていることを、言わなければならない」
「俺が恨むとは限らないだろう!」
「恨むよ。君の中に流れている血がそうさせる」
「・・・・・・んなの、わかんねぇだろ」
少し涙声になってセイは俯いた。
「ゴメン」
それだけ言うと、シュンはまた外を眺めた。
「眠れませんか」
一方、老子もまた部屋の窓から外を眺めていた。
「姫様。安心してください、何があってもお守りしますから」
「そう警戒しなくてもよいところでしょう。みないい人です」
「でも魔族です!」
「魔族の全てが悪いとは思いませんよ。・・・彼女がこれを還してくれました」
老子が目をやると、ローズマリアの手には古文書が握られている。
「二度と、戻ってくるつもりはない。そう言いました」
「そうですか」
老子は安堵の息を漏らした。
「明日は帰りましょう。おばばも心配しているはず」
「そうですね」
「いつまでそこにいるつもりだね、風邪をひくよ」
振り返ると長老が階段を上がってきていた。
「長老・・・」
「あの子は少し泣いていたね」
「見ていたんですか」
少し笑って視線はやはり月に向ける。
「真実を言わないのかね」
「ご存知なんですか」
「あぁ、よく知っているとも。君のことも、父君のことも」
シュンの顔から笑みが消えた。
「年老いても魔族の端くれ。昔はあの方の元で働いたこともある。見分ける力ぐらいは残っているとも」
「そうですか」
シュンは階段を上がって、一番上の踊り場に出た。ここからは月は見えないが、光だけは十分に届く。後からゆっくりと長老も上がってくる。そして壁際においてあった木の椅子に腰を下ろした。
「僕は、セイが大好きです。唯一の友人だと思っている。そしてリオも。だから、怖いんです。失うことが。失って、父のようになるかもしれない。・・・父の思い描いた世界は結局理想郷だった。僕が生まれてこなければ、父と母が愛し合わなければ、こんなことにはならなかった」
シュンはひざを抱えて涙を流した。長老は優しく彼の頭を撫ぜた。
「話して失うほど弱い絆なのかね、君たちは」
「かもしれません。僕は結局誰も信用していない」
シュンはゆっくり顔をあげた。
「長老、この世界に、魔王とは必要な存在ですか」
「そうだね・・・彼は世界の均衡。彼がいなければ少なくとも世界は滅びているだろう。彼は王であり神である。憎まれるべき対象ではない、我々生き物が信じる存在だよ」
「でも、魔王の存在が父を狂わせた。俺はそう思います。だから俺は魔王を殺しに来たんです。この世に魔王なんて必要なかった。王がいなければ、だれも苦しまずにすんだ。父も母も、幸せに暮らせたのかもしれない」
「君の言っていることも、理想郷の1つなのかもしれないよ」
長老の言葉にシュンは口を閉じた。ここへ来たのは魔王ただ1人を殺すため。全ての民を狂わせた元凶を絶つため。それだけを信じて、戻ってきたのだ。父の元へ。
「きゃーっ」
突然、夜の静寂を破る悲鳴が聞こえた。
「何!?」
下から破壊音と獣の声が聞こえてくる。
「まさか!魔族が!!」
長老を振り返る。長老も上から身を乗り出して、下の様子を伺う。
「結界が破られたのか・・・?まさか王の身に何か」
日ごろから、家は他の魔族に疎まれていた。人間を殺さない魔族として忌み嫌われていた。だから結界を張って家を守ってきたのだ。その結果の主は魔王であった。彼が自ら結界を張ることを望んだのだ。もう、100年も昔のことになる。
「お待ちなさいな」
飛び降りようとしたシュンの上に影ができる。見上げてシュンは言葉を失った。
「お前たち・・・」
「女子供は奥へ避難させろ!リオ、頼む」
魔族が侵入したのはリオの眠る部屋の隣だった。既に何人かの魔族が犠牲になっている。
「じいさん、大丈夫かよ」
前線に男たちが集結して、その中に老子も入っていた。
「姫を守るのはわしだ!」
そう言い切ると、どんどん魔族を蹴散らしていく。その様子にセイは感心した。老人も本気になれば相当の力を持っているのだ。いままで出し惜しみしていたのがはっきりと分かる。
「セイ!!」
後ろから聞き慣れた声が聞こえた。
「シュン、遅い・・・」
振り向いた瞬間、セイもまた言葉を失った。
「お前ら!!」
「おひさしぶりねぇ」
シュンの後ろには女性が三人いた。格好はとても珍しい東洋の着物。遊女のようにすこし乱れた着こなしで、肩を晒しだしている。たぶん、化粧を落とせば綺麗な女性だろう。四肢のバランスも悪くはない。そう、問題は化粧。
「歌舞伎三姉妹!!」
「ばか」
セイが叫んだ後で、あわててシュンが小声で非難する。一瞬にして真ん中にいた女性の額に青筋が走る。
「それは禁句だ!!忘れたのか!!」
シュンが言うのも遅く、大きな扇子を取り出した女性は大きくそれでセイに向かって仰いだ。
「ヤベ・・・みんなふせろ!!」
セイは顔色を一気に青に変えて、周りの男たちに向かって叫んだ。
「うわ!!」
頭すれすれの所を突風が通り過ぎる。侵入してきた魔族が風に負けて壁に叩きつけられていった。
「あぶねぇ・・・」
恐る恐る顔をあげると目の前に風を起こした女が立っている。
「誰が歌舞伎?ですって」
「いや、失礼、間違いです。ミドリ様」
「よろしくてよ」
扇子で口元を隠しながら緑色をベースにした着物を着た女性、ミドリが高らかに笑った。彼女が三姉妹の長女だ。
「こちらにも謝ってくださらないかしら」
「あ、はいはい。俺が間違ってました。すみません、アオイ様、アカネ様」
その両脇にいた女性、青い着物を着た次女、アオイと赤い着物を着たアカネはセイの言葉を聞いてうんうんと頷いた。
「こいつらを怒らすとろくなことがねぇ」
ボソリと呟くのをミドリは聞き逃さなかった。大きな扇子で思い切りセイの頭を叩いた。
「なにか、言いまして?」
「いってぇ・・・」
目じりに涙をためて、セイは後頭部を押さえた。
「すみません」
あくまでこの3人の前では下手にでなくてはならない。それが世渡り上手であろう。
「手伝ってあげてもよろしくてよ」
三姉妹は苦戦を強いられている様子を見て、シュンに向かっていった。彼女たちの種族は魔族人型。美しいものが大好きで、醜いものが大嫌い、という性格で戦闘を見てどう考えても襲ってきた獣族や鳥族のほうが醜い、という判断に至ったらしい。
「お願いするよ。・・・みんなこっちへ戻ってくるんだ!侵入者を一掃する!!」
シュンが叫ぶと、戦っていた『家』の魔族が戻ってくる。彼らも三姉妹の攻撃威力はよく知っている。
「シュン、じいさんが」
セイが指差す方向に、老子がまだ戦っているのが見えた。獣族の咆哮でこちらの声が届かない。
「あれは人間でしょう」
ミドリが尋ねる。
「あぁ」
セイが返事をした。
「じゃあ構わないわ、アオイさん、やりなさい」
扇子を広げて妹に指示を出す。そのアオイも躊躇わずに扇子を取り出して、大きく舞った。
「ちょ」
止める間もなく、大波が起こって魔族を飲み込んでいく。
「飛び込んだらあなたも流されましてよ、妖族さん」
「これは人間には効かないのよ」
技を放ったアオイも自慢げに言う。
それを聞いて安心したセイは視線を老子のほうへ向けた。波が老子の足元に達した瞬間、そのまま老子は波に乗った。
「・・・・・・」
「おい」
その光景に、三姉妹は視線をそらした。老子が魔族と共に流されている。一瞬、なんともいえない沈黙が一帯を包んだ。
「流されたな」
シュンも落ち着いてその様子を見ていった。
「おい!どうするんだよ!!」
「あなた、あれは人間だと言ったじゃないの!!それとも今更魔族だというの!!?」
ミドリは自分たちは悪くないと主張して、セイに掴みかかった。
「人間に決まってるだろ!それなのに」
「どうしたの」
大洪水が起こったあと、静かになったのに気付いて、リオとローズマリア、ジナが戻ってきた。
「わたくしたちは人間を襲いませんわ!襲えないのよ!!そう魔王様と契約したんですから!!」
それを聞いて、セイ、リオ、ローズマリアの視線がシュンに向けられた。
シュンは特にそちらを見る事もなく、黙って歩いた。アオイがすこし顔をゆがめた。失言だ。
「お、おい」
「セイ、ここでお別れだ。案内ありがとう。老子は俺が無事連れて帰るから、ここで待っていてくれよ」
幹の裂け目から外を覗いて、シュンは振り返ってそういった。
「シュンさ」
アカネが止めようとして名を呼ぼうとした瞬間、シュンの目はあの闘技場で感じたときと同じ殺気をアカネに向けた。その威力にアカネは息を詰まらせた。
「俺も」
セイが付いていこうとしたとき、シュンは「ゴメン」といって裂け目から外へ飛び出した。
「シュン!!」
リオが慌てて裂け目から身を乗り出したが、すでに闇夜に包まれた森の中は何も見えなかった。
誰も、すぐにシュンの後を追うことはできなかった。突然の出来事に戸惑っていたのだ。大広間に集まったセイ、リオ、ローズマリア、三姉妹、長老の7人は円を描いて座っていた。
「じゃあ老子は魔族ってわけか」
「そんな・・・」
ローズマリアは驚いて口元を手で覆った。
「彼は・・・父の代からずっと我が家に仕えてくれていたのよ」
「本当にあなたのお父様のときからですか?」
リオはまっすぐにローズマリアを見た。
「古文書を見てください」
ローズマリアは胸にしまっていた古文書を取り出して広げた。それをみんなが覗き込む。
「すべて同じ筆跡です。・・・テーベルが作られてからの歴史が、どう考えても同じ人物が書いたとしか思えない。古文書の管理は老子でした。神官でさえ、50年に一度の儀式のときしか見れなかったんです。だからどんなに多くても一生に一度しか見ない。不思議に思う人なんていない。テーベルの秘密、『ムーテルノース』の言葉によって開かれた門と魔族は深いかかわりを持っている。だから老子は私たち人間がこの森に入るのを拒んだ。・・・私はそう思えて仕方ないんです」
「秘密を守るためか」
セイは溜め息を漏らした。
「だから老子は人間になりすまして北の要を守り続けていた」
「ずっと?何百年も?」
「いいえ・・・」
否定したのはミドリだった。目を細めて、どこか遠くを見ている。
「新たな魔王様が立つまでよ」
「新たな、魔王!?」
魔族以外の3人が叫んだ。
「王は世界の均衡を保つ存在なのだよ。王と古文書がカギであった。魔族と妖族と人族、この均衡を保つために魔族と人族の長は相互不可侵を契約した。ところが人族の寿命は短い。そのかわりにその古文書が契約のカギを担うことにした。それを守っていくのがテーベルの民だ」
長老は目を閉じたまま、話し続けた。
「だが人族は浅ましかった。テーベルから外へは出なかったけれども、役目を忘れてしまった。地下の奥深くに古文書を封印し、触れようとしなかった。嘆いた魔王はあの男を人としてテーベルへ使わしたのだ。不死の身体を与え、北の要を守る役目を与えた。一方の妖族は永遠に中立を誓った。その最たるものが妖精族、セイ、お前の祖先だ」
「長老・・・そのことを知って」
セイは何ともいえない感情を押し殺して、長老を睨んだ。
「妖族は誇り高かった。どんな苦境にも耐え、中立を保とうとしたのだ」
「全ての均衡を、王は守ろうとした。今の王は5代目。何百年も忘れることなく、契約を守り続けた」
「じゃあどうして魔族が人をおそったんですか!?私が・・・古文書を外へ持ち出したからですか?」
リオはミドリに向かって叫んだ。自分のせいで、姉は死んでしまった。
「それもあるのかもしれぬ。だが均衡は既に100年も前から崩れ始めていたのかもしれぬよ」
魔族はそれきり口を閉じた。しばらくしてミドリが立ち上がった。
「わたくしは、彼の元へ行きます。それが王との契約です」
その言葉にアオイ、アカネも立ち上がる。
「ちゃんと説明してよ!!」
リオはミドリの着物を引っ張って、食い下がった。自分の疑問は解決していない。
「・・・」
3人は視線をそらしたままだった。
「シュンはこれを恐れていたのだね。・・・真実を話して、失うことを」
長老の言葉にアカネは涙を流した。彼の気持ちを一番知っているのはアカネだ。これまでどれだけ彼が悩んできたかを、彼女は知っている。
「真実って」
「彼が頑なに拒み続けたことをわたくしたちからは言えませんわ」
ミドリはリオの手を振り払って部屋を出た。
「セイ、リオ、そしてローズマリア。おぬしたちに真実を受け止め、彼を救える力はあるか」
長老はそれぞれの顔を見て言った。3人は困惑の色を露にした。
「その真実を知って、俺はあいつを恨むのか?」
「セイだけではない。リオも彼を恨むだろう」
「私も?」
「だがそれを決めるのはお前たち自身だ。彼を地獄へ突き落とすのも、救うことができるのも、お前たちだと思っている」
3人は顔を見合わせた。
「ひとつだけ、わしの口から言える曲がりない真実・・・」
ゆっくりと顔を上げ、長老は大きく息を吸った。
「彼は魔族だ」




