12話
闘技場の中央に、雪と修の二人が向かい合って立っていた。
「それじゃあ、得意な魔術を使ってみてくれないか?」
「得意な魔術……」
困ったように半笑いを浮かべる雪を見て、修はすぐに察した。
「あー……それじゃ、好きな魔術でもいい」
「好きな魔術……」
雪は何度か魔術を使おうとする素振りを見せるが、すぐに小さく首を振ってやめてしまう。
どうやら彼女の魔術の実力は修が想像していた以上に深刻らしい。
「それなら、【灯火】を試してみようか」
「……わかりました」
雪は自信なさげに頷く。
とはいえ、【灯火】は魔術師を志す者が最初に学ぶ基本中の基本といえる魔術だ。
火属性とはいえ、せいぜい小さな明かりを生む程度で、危険性はほとんどない。
「準備ができたら、いつでも始めてくれ」
雪は頷き、深呼吸をひとつ。顔を引き締めて手をまっすぐに伸ばした。
「いきます」
彼女が開いた手のひらの前に、淡い光の線が現れ、ゆっくりと魔法陣が描かれていく。
(……この魔術で詠唱? しかも構築が遅い)
【灯火】は無詠唱でも容易に使える魔術。
徒弟制度に受かった見習いなら、当然のように無詠唱で扱えるはずだ。
ところが雪は、たっぷり時間をかけて魔法陣を構築している。
ただ、修が気になったのはその遅さではない。ほとんど構築が終わっている魔法陣に違和感を覚え、修がじっと目を凝らした瞬間——
「【灯火】!!」
「うわっ!」
闘技場いっぱいに、まるで閃光弾のような強烈な光が炸裂した。
ただ、それは継続するものではなく、幸いにも、光は一瞬で収まり、眩んでいた修の視界もすぐに戻った。
「だ、大丈夫ですか!?」
慌てて駆け寄る雪に修は笑って返す。
「あぁ、大丈夫だよ。それよりも……」
修の頭の中は暴発した魔術ではなく、雪が組み上げた魔法陣で埋め尽くされていた。
「葛西さん。もう一度見せてくれるか? 今度は【雫】を頼む。できるか?」
「は、はい」
少し前のめりになった修に圧されながらも、雪は素直に魔術の準備を始めた。
【雫】はただ水を生み出すだけの基礎魔術で、【灯火】と同等の初歩にすぎない。
しかし、彼女はまたもや、「最も丁寧な構築方法」《フルアセンブリ》で陣を描き始めた。
(……まさか。綺麗すぎる)
一本の線、ひとつの文字に至るまでほとんど狂いがない。
異様なまでの精度で組み上げられていく魔法陣に、修は息を呑む。
「【雫】」
その瞬間、バケツ一杯分の水が彼女の両手からどっと溢れ落ちた。
「す、すみません……」
足元をびしょ濡れにしながら謝る雪。
しかし修は微動だにせず、ただ眉をひそめていた。
「あ、あの……」
「ん? あぁ、ごめん。どうした?」
「いえ、また、失敗してしまって……。すみません、これじゃ参考にならないですよね……」
「いや、むしろ大収穫だ。やってみて良かったよ」
修の声色には落胆どころか、むしろ高揚すら滲んでいた。
その一方で、雪は修の言う「大収穫」の意味が掴みきれず、見捨てられるのではないか、という不安な気持ちを抱えることとなった。
そして、この日はそれで終わり、雪は不安な気持ちのまま帰路につくことになった。